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wPMLG法による高分解 1H 固体NMRの実験条件設定と処理の流れ

NM200010

1Hは100%近い高い天然存在比と高い磁気回転比により、最も感度良くNMR信号を与える核種であり、溶液1H NMRは有機化合物の構造解析において無くてはならない重要な分析法です。一方、固体NMRでは、これらの特徴が1H間の強い双極子結合ネットワークを生じさせ、静止下では50 kHz以上におよぶ非常に広幅なスペクトルになってしまいます (Fig.1a)。Magic Angle spinning (MAS) によって1H双極子相互作用の1次の項を取り除くことはできますが、一般的なMAS周波数 (~20kHz) では不十分で高分解能スペクトルは得られません (Fig.1b)。高分解能固体1Hスペクトルを得るためには、この双極子結合を消去する必要があり、一般にrfパルスによって磁化を回転させる多重パルス法とMAS法を併用するCRAMPS法 (Combined Rotation And Multiple Pulse Spectroscopy) が用いられてきました。さらに近年のMAS技術の発展により、100kHzを超える超高速MASプローブが開発され、MASのみでも高分解能スペクトルが得られるようになってきています (Fig.1c)。超高速MASは感度よく測定でき、測定や信号処理も容易なため、大変魅力的ですが、超高速MASプローブのような特殊な装置を必要としない従来のCRAMPS法も依然として有用で、分解能からみると超高速MASよりも良いことも多いです。本アプリケーションノートでは、CRAMPSの中でも最も広く用いられているwPMLG (windowed phase modulated Lee-Goldburg) による高分解能1H固体NMRスペクトルを得るための実験パラメータを最適化するプロセスとデータ処理のプロセスを紹介します。

Experimental set-up of high-resolution 1H solid-state NMR by wPMLG

Fig 1
Solid-state NMR spectra of L-tyrosine.HCl at a) the static condition, b) 12 kHz MAS, c) 70 kHz MAS, and d) 12 kHz MAS with wPMLG acquisition. While a-c are observed by 1H single pulse experiments, d) is observed under wMPLG 1H-1H decoupling. The spectra were observed by JNM-ECZ600R spectrometer at 14.1 T static magnetic field with 2 mm HXMAS (a, b, d) and 1 mm HXMAS (c) probes. Samples were packed into the full volume of rotors without any spacers.

Fig.2にwPMLGのスキームを示します。wPMLGは位相をリニアに変化させたパルス束 (通常3~5パルス) PMLGにより1H-1H双極子相互作用のデカップルを行い、観測窓 (window) でサンプリングをする測定法です。また180°位相をシフトさせたブロックを挿入し、磁化をz軸に沿って発展させるz-rotaion法を併用することが一般的です[4]。これにより、アーティファクトを軽減し、他の複雑なシーケンスにもwPMLGを簡単に実装することが出来ます。

Experimental set-up of high-resolution 1H solid-state NMR by wPMLG

Fig 2
Pulse schemes of wPMLG 1H high-resolution method. The magnetization is excited by the initial 90 degree pulse and evolves under following wMPLG irradiation. NMR signal is sampled at every acquisition windos. φk= φlast(k+0.5)/5 for k=0-4 and π+φlast(9.5-k)/5 for k=0-4. φlast is typically set to 208 degree due to historical reason, but can be changed, giving additional resolution.[5, 6]

wPMLGを用いて高分解能1H固体NMRスペクトルを得るには、測定条件を最適化することが重要です。具体的には、cycle time、1H offset, acquisition windowの長さなどです。最適な条件はプローブやMAS周波数、試料に依存しますので、試料ごとに最適化が必要になります。ここではPruskiらによって提案された最適化の方法[7]を紹介します。
パラメータの調整にはPMLG照射を組み込んだスピンエコー法 (Fig.3) を用います。スピンエコーの信号強度は試料のT2’に依存します。固体試料のT2’は1H-1H双極子相互作用によってほぼ決まりますが、このT2’を最大化するように、すなわちスピンエコー後の1H-1H双極子相互作用を最小化して高分解能1H NMRスペクトルが得られるように調整します。

Experimental set-up of high-resolution 1H solid-state NMR by wPMLG

Fig 3
Spin echo sequence with wPMLG irradiation during echo evolution. Note that the 1H signal is observed without wPMLG irradiation. Thus the 1H resolution doesn’t change parameters to parameter. Instead of resolution, one can find the condition which maximizes the signal intensity.

測定の流れ

先ほども述べたように、各パラメータの最適値は試料に依存しますので、パラメータの最適化は標準試料ではなく、実試料で行うことをお勧めします。特に重要なパラメータはcycle time、offset、MAS周波数です。
まずはcycle timeの調整を行います。Offsetはまずは5ppm (もしくは違う値でもよい)、RF磁場は120-160kHzにします[6]。この磁場強度は一般的なMASプローブでは最大磁場強度ですのでobs_amp_pmlgは100%にします。Fig.4にcycle timeを10~50 usまで1 us毎に変化させたスピンエコースペクトルを示します。

Pulse program: pmlg_echo_t2.jxp
Criterion: maximize the signal intensity
Experimental demonstration

Experimental demonstration

Fig 4
A set of 1H spin echo spectra with wPMLG decoupling during echo time (see Fig 3) of L-tyrosine.HCl under 12 kHz MAS at 14.1 T.
The cycle time (defined in Fig 2) is varied from 10 to 50 us every 1 us. Total spin echo duration is set to 2 ms. Inset shows representative wPMLG spectra obtained at each cycle time.

Fig.4に示すようにスピンエコー強度はcycle_timeに依存して変化し、cycle_time = 16 usで最大強度が得られました。Fig.4に併せて示したwPMLGスペクトルをみると、スピンエコー強度とwPMLGスペクトルの分解能が直接関連していることがわかります。例えば非常に幅広な1H wPMLGスペクトルが得られたcycle_time = 40 usでは、スピンエコー強度はほぼ0であったのに対し、スピンエコー強度の極値が得られたcycle_time = 24 usや、最大値が得られたcycle_time = 16 usでは、高分解能な1H wPMLGスペクトルが得られました。また、よりスピンエコー強度の大きかった16 usの方が、より分解能の高いスペクトルとなりました。
次に1H offsetの最適化を行います。1H offsetの最適化はcycle_timeと同様に、スピンエコー法で行うこともできますし、1H wPMLGスペクトルを直接観測しながら行うこともできます。どちらの方法でも良いのですが、後者の方が、wPMLG測定ではアーティファクトも観測できるので良いかもしれません。アーティファクトはwPMLGのような観測窓を設けた測定では必ず生じてしまいますので、スペクトルのエリア外に置くか、最低でも興味のあるピークと重ならない位置になるように調整しないといけません。Cycle_timeには前のステップで得られた最適値(Fig.4では16 us)を入力し、X_offsetを-15~15 ppmまで1 ppm毎に変化させます(Fig.5)。ここでは10 ppmで最も高分解能なスペクトルが得られました。Cycle_timeとx_offsetは収束するまで順に最適化させます。ここで観測時間acq_time(=x_points*cycle_time)は50 msよりも短くなるようにしてください。観測中、ほぼ連続的に1H RFが照射されていますので、これ以上長くするとプローブの故障につながります。

Pulse program: wpmlg5.jxp
Criterion: maximize the resolution, avoid artifacts overlapping to peaks.

Experimental demonstration

Fig 5
A set of 1H wPMLG spectra of L-tyrosine.HCl under 12 kHz MAS at 14.1 T. The 1H offset is varied from -15 to 15 ppm every 1 ppm.

前述したように、x_offsetはスピンエコー強度によって最適化することが出来ます (Fig.6)。最大強度はx_offset=10ppmでwPMLGで観測した場合と一致しますが、スピンエコーではどこにアーティファクトが現れるかがわからないため、最終的にはwPMLGで直接観測しながら調整するのが良いでしょう。

Experimental demonstration

Fig 6
A set of 1H spin echo (wPMLG) spectra of L-tyrosine.HCl under 12 kHz MAS at 14.1 T. The 1H offset is varied from -15 to 15 ppm every 1 ppm.

Experimental demonstration

Fig 7
wPMLG spectra of L-tyrosine.HCl at 14.1 T under a) 10 kHz, b) 12 kHz, and c) 15 kHz MAS. The spectra were shown after optimization at each MAS rate.

最終的に達成可能な分解能はMAS周波数に依存します。また必ずしもMASが速いほど分解能が良くなるわけではありません。実際に10、12、15 kHzで調整した場合、12 kHzで最も分解能の良いスペクトルが得られました(Fig.7)。ですので、できればいくつかのMAS周波数で調整することをお勧めします。またこうすることでアーティファクトを誤って帰属することを避けることが出来ます。例えばFig.7で薄緑でマークした部分がアーティファクトかどうかがわからない場合、いくつかのMAS周波数で比べてみると、どの周波数でも現れていることから、実信号であると結論付けられます。さらに分解能をあげるにはacquisition window、RF磁場強度、φlast [5, 6]などを調節します。また、wPMLGはRF磁場の均一性にも敏感ですので[8]、スペーサを用いて試料体積を少なくすればより良い分解能が得られるかもしれません。

どうやってアーティファクトと実信号を区別するのか?

一つ目の方法は、上述したように、異なるMAS周波数で最適化したスペクトルを比較することです。別の方法、あるいはこれに加えて行う方法としては、同じMAS周波数でパラメータを変化させたスペクトルを比較する方法です。Fig.8は12 kHz MAS下でoffset(a)とcycle_time(b)をそれぞれ変化させた様子です。アーティファクトはパラメータの変化に伴い、現れる位置が変化します (あるいは変化しない) ので、アーティファクトがどこに現れているかが簡単にわかります。このように分解能が悪くならない範囲でこれらのパラメータを変化させて、アーティファクトの位置を興味ある信号に重ならないようにずらします。

Experimental demonstration

Fig 8
A set of wPMLG spectra of L-tyrosine.HCl under 12 kHz MAS at 14.1 T with varying a) offsets and b) cycle time. Artifacts are marked with green.

データ処理

上述の調整で高分解能1Hスペクトルを得ることが出来ました。しかしながらwPMLGのppmスケールは実際の化学シフトよりも縮んでおり、データ処理をする際にスケーリングファクターで補正しないといけません。処理は1)ppmのリスケールと2)リファレンス補正の2つのステップで行います。まず1)のリスケールには化学シフトが既知の2つのピークが必要になります。実試料では通常このようなことは難しいので、標準試料を用いてwPMLG測定をします。offsetは標準試料で最適化してもいいですが、それ以外のパラメータは実試料で最適化したパラメータと同じにしてください。
例としてL-tyrosine.HClを標準試料としたケースをご紹介します。70kHzMASで測定した高分解能スペクトルの両端のピークの化学シフト差は10.06 ppmです (Fig.9)。wPMLGスペクトルでの化学シフト差は5.19 ppmですので、スケーリングファクターは5.19/10.06 = 0.516となります。プロセスリストに"linear_ref"(Display->reference->Linear Reference)を挿入し、"alpha"にスケーリングファクターの逆数を入力します。この処理により、wPMLGの両端の化学シフト差が補正され、10.06 ppmになります。L-tyrosine.HClが無い場合、あるいは超高速MASプローブが無い場合は文献値がある試料を参考にされるのがよいでしょう。これで横軸のスケーリング補正が出来ました。次はリファレンスの設定を行います。

Experimental demonstration

Fig 9
a) Spin echo at 70 kHz MAS and b) wPMLG at 12 kHz MAS spectra of L-tyrosine.HCl at 14.1 T. The separation of chemical shift is corrected by linear_ref function in the process list, resulting in correct peak separation.

リファレンス設定は用いた標準試料のMASスペクトル中にはっきりしたピークがあれば可能です。例えば、 L-tyrosine.HClはFig.1bに示すように12 kHzのMASでも12.2 ppmにピークを確認できますのでこれを用います。もし標準試料のMASスペクトルにはっきりわかるピークが無い場合は、offsetも含め、全て同じパラメータで高分解能スペクトルを得ます。最終的なリファレンス設定は"reference" (Display -> Reference -> Reference)で行います。Linear_ref処理をした後の最も左側のピーク位置は2.76 ppmでしたが、このピークの正しい位置は12.2ppmですので、"Position"に2.76 ppm、"Reference"に12.2 ppmを入力します。最終的に得られたwPMLGスペクトルを超高速の70kHzでのMASスペクトルとともにFig.10に示します。超高速MASスペクトルと同等、場所によってはより分解能の高いスペクトルをwPMLG法で得ることが出来ました。

Experimental demonstration

Fig 10
Reference processing (left) and 1D comparison of L-tyrosine.HCl between 1H single pulse at 70 kHz MAS (brown) and wPMLG at 12 kHz MAS (green).

References:

  • [1] K.R. Mote, V. Agarwal, P.K. Madhu, Prog. Nucl. Magn. Reson. Spectrosc 97 (2016) 1-39.
  • [2] Y. Nishiyama, Solid State Nucl. Magn. Reson. 78 (2016) 24-36.
  • [3] E. Vinogradov, P.K. Madhu, S. Vega, Chem. Phys. Lett. 5-6 (1999) 443-450.
  • [4] M. Leskes, P.K. Madhu, S. Vega, J. Chem. Phys. 128 (2008) 052309.
  • [5] X. Lu, O. Lafon, J. Trebosc, A.S.L. Thankamony, Y. Nishiyama, Z. Gan, P.K. Madhu, J.-P. Amoureux, J. Magn. Reson. 223 (2012) 219-227.
  • [6] Y. Nishiyama, X. Lu, J. Trebosc, O. Lafon, Z. Gan. P.K. Madhu, J.-P. Amoureux, J. Magn. Reson. 214 (2012) 151-158.
  • [7] K. Mao, M. Pruski, J. Magn. Reson. 203 (2010) 144-149.
  • [8] J. Hellwagner, L. Grunwald, M. Ochsner, D. Zindel, B.H. Meier, M. Ernst, Magn. Reson 1 (2020) 13-25. doi.org/10.5194/mr-1-13-2020
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