【文献紹介】 1H-NMRスペクトルによる日本酒の分類
NM210011
*本アプリケーションノートは、大阪大学大学院工学研究科、独立行政法人酒類総合研究所、および株式会社JEOL RESONANCEによる原著論文[1] (Hayashi, Y., Komatsu, T., Iwashita, K., Fukusaki, E., "1H-NMR metabolomics-based classification of Japanese sake and comparative metabolome analysis by gas chromatography-mass spectrometry" J. Biosci. Bioeng. 131 (2021) 557-564, DOI: 10.1016/j.jbiosc.2020.12.008.) の紹介になります。
NMRは、非侵襲的な分析法であり、食品や生体試料などの混合物を簡単な試料調製を経てスループットよく、かつ、再現性のよいスペクトルを得ることができます。これらの利点は、食品や生体試料のNMRスペクトルを用いて、試料の分類をしたり、ある特性値の回帰モデルをつくったり、そのモデルからその特性値の予測するのにつかわれたりします。本アプリケーションノートで紹介する研究例では、日本酒対象に分類および精米歩合 (原料米の精米の度合い。たとえば精米歩合60%なら、玄米を精米して米の芯の60%のみを原料として用います。) の予測モデルの構築をおこなっています。日本酒は米、麹、および水を主な原料とする醸造酒の一種です。麹によるでんぷんからブドウ糖への異化反応、および酵母によるブドウ糖からアルコールへの異化反応を同一容器中で同時におこない製造されます。日本酒は、日本の酒税法により、その原料とする米の精米歩合や醸造アルコールの添加の有無などより6つのカテゴリーに分類されます。大吟醸酒、吟醸酒、および本醸造酒は、醸造アルコールが原料に用いられます。大吟醸酒および吟醸酒の精米歩合は、それぞれ50および60%以下と定められています。一方、純米大吟醸酒、純米吟醸酒、および純米酒は、醸造アルコールの添加が認められておりません。
精米歩合や醸造アルコールの添加の有無、米品種など条件の異なる様々な25の市販の日本酒を用いました (Table 1)。500 uLの日本酒に重水で調整された200 mMのリン酸緩衝液 (Sodium trimethylsilylpropanesulfonate (DSS) を内標準物質として含む) を200 uL加えて混和させ、それをNMR試料としました。本論文では、GC-MSによる日本酒成分の網羅的分析もおこない比較していますが、GC-MSの試料調製と比較して非常に簡便です。1H-NMR測定にはシングルパルスNOESYを用い、試料中のエタノールに由来する信号は、シフトラミナーパルスによるプリサチュレーションにより抑制しました[2]。NMR測定は、JNM-ECZ400SおよびROYALPROBE™を用いて連続測定されました。
それぞれの試料に対してn=4で試料調製したため、合計100スペクトルが得られました。これらのスペクトルをバケット積分し、行列を得ました。ここで、水の範囲は除外し、また、内標準物質として加えたDSSの面積を基準にノイズのみの変数を除外しました。この行列を説明変数に用いて、主成分分析およびPLS (Partial Least Squared) 回帰を用いて、ノンターゲットにデータマイニングをおこないました。
Table 1. 原著論文で用いられた日本酒試料
No. | Category | Rice variety | Polishing ratio |
---|---|---|---|
1 | Junmaidaiginjo | Yamadanishiki | 40 |
2 | Ginjo | Yamadanishiki | 40 |
3 | Junmaidaiginjo | Yamadanishiki | 50 |
4 | Daiginjo | Yamadanishiki | 50 |
5 | Junmaiginjo | Yamadanishiki | 60 |
6 | Junmai | Yamadanishiki | 70 |
7 | Honjozo | Yamadanishiki | 70 |
8 | Junmai | Yamadanishiki | 80 |
9 | Junmai | Gohyakumangoku | 60 |
10 | Honjozo | Gohyakumangoku | 60 |
11 | Junmai | Gohyakumangoku | 70 |
12 | Honjozo | Gohyakumangoku | 70 |
No. | Category | Rice variety | Polishing ratio |
---|---|---|---|
13 | Junmaidaiginjo | Omachi | 40 |
14 | Daiginjo | Omachi | 40 |
15 | Junmaidaiginjo | Omachi | 50 |
16 | Daiginjo | Omachi | 50 |
17 | Ginjo | Omachi | 60 |
18 | Junmai | Omachi | 70 |
19 | Junmai | Omachi | 80 |
20 | Daiginjo | Miyamanishiki | 39 |
21 | Junmaiginjo | Miyamanishiki | 50 |
22 | Junmai | Miyamanishiki | 60 |
23 | Honjozo | Miyamanishiki | 60 |
24 | Junmai | Miyamanishiki | 70 |
25 | Junmai | Miyamanishiki | 80 |


Figure 1. 日本酒の1H-NMRスペクトル。
上段: 1Hシングルパルススペクトル。日本酒には10%強のエタノールと90%弱の水が主成分であり、これらの信号を抑制しないと、ほかの微量成分が検出困難である。下段: シフトラミナーパルスによる信号抑制を加えてシングルパルスNOESYスペクトル。右: JNM-ECZ400Sで測定された。日本生物工学会より図の許可をいただき転載する[1]。
Figure 2 に主成分分析のスコアプロットおよびローディングプロットを示します。第一主成分 (PC1) において醸造アルコールの有無が説明される傾向が確認できました。今回の分析では、信号の帰属をほとんど実施していないですが、3.4-5.2 ppmの間の信号が醸造アルコールを添加に特徴的であることが示唆されました。
精米歩合を目的変数としてPLS回帰をおこない、NMRデータを説明変数とした精米歩合のモデルを構築しました (Figure 3)。PLS回帰では、目的変数と共分散が最大になる潜在変数を説明変数の線形結合からつくり、その潜在変数を用いて回帰分析をおこなう多変量解析の手法です[3]。NMRデータを目的変数とするとき、多重共線性が問題になりますが、その問題を回避することができます。構築したモデル精度の定量的な指標はパラメータR2Yで与えられ、モデルによって説明することが出来るデータセットの分散の割合を示します。一方、モデルの予測性能は、Q2Yを用い、7-foldクロスバリデーションより得られたR2Yに相当します。5つの潜在変数から構築されたPLS回帰モデルのR2YおよびQ2Yからモデルを評価しました。一般的にモデルの評価においては、Q2Y > 0.5で良しとされ、Q2Y > 0.9で非常に良いとされます[4]。


Figure 2. 日本酒の1H-NMRを説明変数とした主成分分析。
(a) スコアプロット (PC1 vs PC2)。醸造アルコール添加の有無をプロットで示した。(b) ローディングプロット (PC1 vs PC2)。データは内標準物質の面積でノーマライズされ、各変数はオートスケーリングされた。日本生物工学会より図の許可をいただき転載する[1]。


Figure 3. 日本酒の精米歩合を目的変数、1H-NMRを説明変数としたPLS回帰。
(a) 回帰値と精米歩合。回帰には5つの潜在変数を用いた。(b) 各変数のVIP。VIPが1以上のものを示す。日本生物工学会より図の許可をいただき転載する[1]。
回帰モデルにおける各変数の寄与は、VIP (variable importance in the projection) 値を用います。重要な化合物を示すVIP値の閾値として一般的に1が設定されます。VIP値が1以上の変数 (バケット) をFigure 3 (b) に示します。
原著論文では、GC-MSでの分析を並列しておこない比較をしています (本アプリケーションではGC-MSの部分は割愛します。原著論文を参照ください)。GC-MSにおいても同様の結果が得られていますが、NMRを用いる利点として試料調製の簡便さ、スループット、化学的性質の異なる幅広い成分をすべて1回の測定で測定可能な点、およびデータ再現性の良さなどがあげられています。またLC-MSやGC-MSでは厄介なキャリーオーバーやマトリックス効果がないことも言及されています。
NMRは基本的には、非分離分析で単離・精製された試料を測定することが一般的で、混合物の分析では、分離分析であるGC-MSやLC-MSなどが使われることが一般的です。しかしながら、これまであがったような利点を生かし、かつ多変量解析などを用いてノンターゲット分析的な手順で分析する方法論は、食品の品質評価や育種などの分野で活用されることが期待されます。
参考文献
- [1] Hayashi, Y., Komatsu, T., Iwashita, K., Fukusaki, E., "1H-NMR metabolomics-based classification of Japanese sake and comparative metabolome analysis by gas chromatography-mass spectrometry" J. Biosci. Bioeng. 131 (2021) 557-564, DOI: 10.1016/j.jbiosc.2020.12.008.
- [2] Monakhova, Y.B., Schafer, H. et al. "Application of automated eightfold suppression of water and ethanol signals in 1H NMR to provide sensitivity for analyzing alcoholic beverages" Magn. Reson. Chem, 49 (2011) 734-739.
- [3] Wold, S., Sjostrom, M., "PLS-regression : a basic tool of chemometrics" Chemometr. Intell. Lab. Syst., 58 (2001) 109–130.
- [4] Eriksson, L., Johansson, E., Kettaneh-Wold, N., and Wold, S., "Multi and megavariate data analysis part I. Basic principles and applications", pp. 97. Umetrics AB, Umea, Sweden (2006).
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