高速スキャンシステムによるPt3Coの加熱in situ STEM観察
EM2024-01
はじめに
材料の特性は界面や表面などにおけるナノレベルの局所構造が大きく影響する。より高性能・高機能な材料の開発には、その特性の発現メカニズムの解明が必須であるため、ナノレベルで材料の構造を解析することは極めて重要である。走査透過電子顕微鏡法 (Scanning Transmission Electron Microscopy, STEM) は、微小に絞った電子プローブで試料上を走査し、試料を透過・散乱した電子を検出して結像する観察手法である。さらに電子顕微鏡に球面収差補正装置を搭載することで、空間分解能が向上し、原子カラムなどの観察が可能である。しかしながら、従来のSTEMは、一枚の画像を得るために一定の時間が必要なため時間分解能は低く、in situ観察などの試料の動的観察には不向きであった。近年開発した高速スキャンシステムでは、従来よりも15倍以上速い走査画像の取得が可能であり、高い時間分解能を実現している。本アプリケーションノートでは、高速スキャンシステムを用いた原子分解能での加熱in situ観察について紹介する。
高速スキャンシステム
従来のSTEMにおいて画像取得の速度が制限される要因は、①flyback時におけるスキャンコイル電流のリンギング、②シンチレータの残光、である (Fig. 1)。電子プローブの走査はスキャンコイルの電流によって制御される。電子プローブが1列の走査を終えて次の列へ移動 (flyback) する際、スキャンコイルの電流に一時的なリンギング (振動) が発生する。リンギングの発生中に得られる像は歪むため、画像取得を待機する必要があり (flyback時間)、結果、1列にかかる走査時間が長くなる。また、STEM検出器として一般的に用いられるシンチレータ型検出器は、電子をシンチレータで光に変換して信号を伝達する。シンチレータの残光時間が長い場合、一つ前の画素の情報が次の画素へ重畳するため、電子プローブが一つの画素に滞在する時間 (ピクセル滞在時間) が長くなる。
高速スキャンシステムでは、①低インダクタンスの専用スキャンコイルと②残光時間の短いLu2SiO5 (LSO) シンチレータを使用した電子検出器、により画像取得時間が大幅に向上した (Fig. 1)。専用スキャンコイルは、コイルの巻き数を従来の1/20にしてインダクタンスを低減することで、電流のリンギングを抑制し、flyback時間を20 μs/line (従来の1/25) に短縮した。また残光時間の短いLSOシンチレータを用いることで、ピクセル滞在時間を最短0.08 μs/pixel (従来の約1/8) に短縮した (現在はより改良を加えたシンチレータを使用している)。以上により、高速スキャンシステムでは、512×512ピクセルの画像サイズで、30 fps以上の画像取得がSTEMで可能になった。
Fig. 1 高速スキャンシステムの概略
Pt3Co触媒の加熱in situ STEM観察
試料および実験方法
試料にはPt3Coを使用した。Pt3Coは純粋なPtに比べ、Ptの使用量を抑制でき、かつ酸素還元反応 (Oxygen Reduction Reaction, ORR) に高い触媒活性をもつことから、燃料電池分野で強い注目を集めている。本稿ではこれらの相転移挙動について原子分解能in situ観察を試みた。
Pt3Coは約600°Cを閾値として、低温側で秩序相、高温側で無秩序相となる。Figure 2は、加熱試料ホルダー (EM-Z20328TASHTH) を用いてPt3Co粒子を加熱し、加熱温度を650°Cから550°Cに変化させて無秩序相から秩序相へ相転移させた時の650°Cおよび550°Cで取得したPt3Co粒子の原子分解能像である。Pt3Coの秩序相はL12型の結晶構造をもち、環状暗視野 (ADF) で観察するとZコントラストの違いから、PtカラムはPt&Coカラムより明るくなる (Fig. 2b)。一方、無秩序相はPt原子とCo原子がランダムに分布し、秩序相のようなカラム毎のコントラスト変化は観察されない (Fig. 2a)。動画は、試料温度を650°Cから550°Cへ変更後すぐに高速スキャンシステムにて画像取得し、10枚ごとの画像を積算して10倍速で連続表示したものを掲載している。試料表面近傍にて秩序相のようなコントラストが徐々に現れ、相転移の進行を観察できる。
相転移の挙動に関してさらに詳細に調べるため、試料を550°Cに一時間程度保持しながら、約30 fpsで画像を取得し、それらのシリーズ画像から10枚ずつ積算し、Ptカラムの紙面横方向 (方向) への強度プロファイルの時間変化を解析した (Fig. 3)。10枚積算後の像は約0.3秒間のスナップショットである。本稿ではこれらの相転移挙動について原子分解能in situ観察を試みた。

Fig. 2 Pt3Co[110]のADF像 (a) 650°C (b) 550°C (橙線部は拡大図)

◀550°Cに変更直後の動画。約30 fpsで画像取得後、10枚ずつ画像積算し、10倍速で連続表示した (10枚積算後は約0.3秒/frame)。試料表面近傍にて相転移が進行していく様子が分かる。
結果と考察
図中橙線で示したPtカラムの紙面横方向 (方向) への強度プロファイルの時間変化に注目する。Fig. 3aでは試料の厚みの減少に伴って原子カラムのピーク強度が減少している。 Fig. 3bから3dに伴って、強度プロファイルの変化が観察された。まず表面第4層のピーク強度が表面第3層と第5層のピーク強度より低くなる変化が起こり (Fig. 3b)、続いて表面第2層のピーク強度が表面第1層と第3層よりも低くなるように変化する (Fig. 3c)。さらに表面第2層、第4層のピーク強度が表面第1層、第3層、第5層よりも低くなり (Fig. 3d)、時間が経過するとFig. 3aのように試料の厚みに対応した強度プロファイルに戻ることが分かる (Fig. 3e)。その後2サイクル目の変化が起こり (Fig. 3f)、これらの一連の変化が繰り返していることが分かった。以上のように、従来のSTEMの時間分解能では捉えられない短い時間間隔での強度プロファイルの変化を観察することができた。触媒反応は表面で起きていることを考えた場合、今回見られた極表層での原子カラムコントラストの時間変化は、触媒のモデルや組成比を設計する上で非常に重要な知見となると考えられる。
Fig. 3 a-f 高速スキャンシステムにより取得したPt3Co[110]のADF像と強度プロファイル (橙線部) 約30 fpsで取得した後、10枚ずつ画像積算した。10枚積算後の時間分解能は約0.3 s/frame。Fig. 3aの取得開始時刻をt=0.0 sとした場合 (a) t=0.0~0.3 s (b) t=0.4~0.7 s (c) t=1.0~1.3 s (d) t=1.5~1.8 s (e) t=3.0~3.3 s (f) t=3.3~3.6 s。
おわりに
本研究では、高速スキャンシステムを用いることで、高い時間分解能で触媒試料の時間変化を捉え、その相転移挙動を解析することができた。高速スキャンシステムは、加熱試料ホルダーのみならず、液中観察やガス環境ホルダーなどの様々なin-situ試料ホルダーと併用することができ、様々なin situ観察への応用が期待できると考えられる。
本アプリケーションノートの一連のデータ取得については一般財団法人ファインセラミックスセンター様にご協力いただいた。なお、本研究で使用した装置 (電子顕微鏡) は、ファインセラミックスセンター様が防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度 (JP004596) の支援を受けて導入したものである。