脱酸素等による溶液試料の ESR 信号の線形変化
ER240001
溶液試料中の溶存酸素の ESR 信号への影響
溶液試料の ESR 信号が構造式から予測される線幅よりも広く観測されることがあります。その要因の一つとして溶媒中の溶存酸素があります。室温の大気中に置かれた有機溶剤には意図しない酸素が溶けていることがありますが、酸素は常磁性をもつため広幅化の原因となります。
例えば溶液Aのように溶存酸素量が多い場合、常磁性物質が酸素と触れ合う頻度が多くなるため、ESR 信号の線幅が増大します。これは常磁性物質と酸素上の不対電子との磁気相互作用によるものです。溶液 B のように溶存酸素量が少ない場合、常磁性物質は酸素と触れ合う頻度が少ないため、本来の ESR 信号の線幅にて観測されます。そのため試料を脱気して溶存酸素を取り除くことにより線幅に埋もれた超微細構造を観測できる場合があります。
図1. 溶存酸素濃度が異なる溶液
脱酸素前の溶液試料の ESR 信号
ガルビノキシルフリーラジカルを ベンゼンに溶解した試料の測定例をご紹介します。溶存酸素の存在下でこの試料を室温にて ESR 測定しますと図 2 の ESR 信号が観測されます。
図 2. 脱酸素前の ESR 信号
理論的にはこの試料の ESR 信号は 1 個のメチンの水素、リング上の 4 個の水素と 36 個の t-ブチルの水素の超微細分裂により370本(2×5×37 = 370)の ESR 信号が予想されます。
脱酸素後の溶液試料の ESR 信号
試料を脱気することより酸素を溶媒から取り除いて ESR 測定しますと図3(A) の ように1 個のメチンの水素(AH = 0.595 mT)とリング上の 4 個の水素(AH = 0.138 mT)による超微細分裂が明瞭となります。
以上のような試料の真空脱気に加えてラジカル濃度や ESR 測定条件についても慎重に調整することで、36 個の t-ブチルの水素(AH = 0.0047 mT)の超微細分裂の観測が可能となります(図3(B)、(C))。
図 3. 脱酸素による ESR 信号の線形変化