半整数四極子核の固体NMR ① 基本事項
NM240001
半整数四極子核とは
NMR測定のしやすさ、には主に ①スピン量子数 ②ラーモア周波数 ③天然存在比の3点が関係している。
① スピン量子数 (I)
核スピンの持つ固有の値であり、整数あるいは半整数の値を持つ。この値によってNMRの観測対象としての性質が大きく異なる。
I = 0 : 測定不可能 (12C, 16O等)
I = 1/2 : 比較的測定が容易 (1H, 13C, 15N , 19F 等)
I = 1, 3... : 難しい (2H, 14N)
I = 3/2, 5/2, 7/2… : やや難しい (7Li (3/2) , 23Na (3/2) 27Al (5/2) 等)
② ラーモア周波数
原子核が磁場中に置かれると核スピンが歳差運動を起こす。この歳差運動の周波数をラーモア周波数と呼ぶ。一般的にラーモア周波数が大きい方が感度、分解能の面で観測がしやすい。また、ラーモア周波数は外部磁場の大きさに比例する。
③ 天然存在比
同じ原子でも同位体の存在により、 複数種類の核スピンをもつ場合が多くある。そのような場合には測定対象とする核スピンの存在比が高い方が感度の面で観測が容易であることが多い。また、天然存在比の低い核種について測定をする際には同位体標識した試料を用いることで感度を稼ぐという方法もある。同位体標識を行うコストは必要だが低感度の核の測定には極めて有効な手段のひとつである。
1/2より大きい半整数のスピン量子数を持つ核を半整数四極子核と呼ぶ。半整数四極子核はNMR測定可能な核の3/4程度を占めており、非常に重要な分析対象である (Fig. 1) 。半整数四極子核にはラーモア周波数が低いものや天然存在比の低いものも多くその測定は容易ではないが、これまで多くの優れた測定法が開発されてきた。
Figure 1 | 周期表 半整数四極子核を持つ核種に白丸を付けている。多くの核種が半整数四極子核の同位体を持っている。
半整数四極子核のエネルギーレベル
スピン量子数Iを持つスピンは (2I+1) 個のエネルギー準位を持っており、(2I) 個の遷移を持つ。1Hや13Cに代表されるI = 1/2核では、2つのエネルギー準位を持っており、1つのエネルギー遷移を持つ (Fig. 2左) 。NMRではこの一量子遷移を観測する。次に23Na等のI = 3/2核のエネルギーについて考える。I = 3/2核は4つのエネルギー準位と3つの遷移を持つ (Fig. 2右) 。中心の遷移を中心遷移 (Central Transition, CT)、外側の遷移をST (Satellite Transition, ST) と呼ぶ。複数の遷移が存在する場合も基本的にはI = 1/2核と同様1量子の遷移を観測する。また、I≧1の 核は四極子核と呼ばれ、電荷分布が楕円体状であるために四極子モーメン トをも ち、その周りの電荷が作る電場勾配と静電的な相互作用を形成する。これを核四極子相互作用と呼ぶ。溶液NMRのように分子の運動性が高い系では核四極子相互作用が平均化され、3つの遷移のエネルギーが等しくなり1つの信号として検出されることになる。それに対して固体NMRでは分子の運動性が低いために核四極子相互作用が平均化されず残るため3つの遷移のエネルギーが等しくなくなり、複数の信号として検出されることになる。CTは四極子の一次の相互作用を受けず二次の相互作用を受け、信号の位置がシフトし、また少し信号が広幅化する。それに対してSTは一次の相互作用を受け、極めて広い範囲に信号が分布することとなる。
Figure 2 | I = 1/2核 (左) およびI = 3/2核 (右) のエネルギーレベル I = 3/2核は3つのエネルギー遷移を持ち、CTとSTに分けられる。
試料回転 (Magic Angle Spinning) の効果
固体NMRでは試料を静磁場から54.74度傾けた軸上で回転させることで種々のNMR相互作用を時間平均し、溶液に近い状態を作る。これをMagic Angle Spinning (MAS) と呼ぶ。Fig. 3左に13C,15N glycineの静止状態 (上段)、MAS下 (下段) での1Hスペクトルを示す。このように、MASは信号を尖鋭にする効果がある。またFig. 3中央にRbNO3の87Rb (I = 3/2) スペクトルのCT領域を示す。CT信号はI = 1/2核と同様な挙動を示し、MASによって静止状態よりやや尖鋭になった信号が観測される。Fig. 3右にRbNO3の87Rb (I = 3/2) スペクトルのST領域も含めた領域を示す。ST信号は極めて広幅であり、試料回転がない場合には感度が低くほとんど観測されていない。それに対しMAS状態では無数のスピニングサイドバンドとして検出されている。
STに試料の構造に関する情報がないわけではないが、感度も低く複雑であるため四極子核の測定ではCTのみを対象とする場合が多い。
参考文献
Duer, M. J. Introduction to solid-state NMR spectroscopy. (2004).