半整数四極子核の固体NMR ⑥ MQMASから得られる情報/プロセシング
NM240006
MQMASから得られる情報
半整数四極子核のCT信号は四極子の二次の相互作用によって大きく広幅化しており、そのままでは解析が難しい場合が多いが、MQMASによって詳細な解析が可能となる。いくつかの利点があるため、順を追って説明する。
1. 信号の分離
MQMASでは間接観測軸に等方シフトを得ることが可能である。Fig. 1にRbNO3の87Rb (I = 3/2) MQMASスペクトルを示す。1次元スペクトルでは信号が重なっており解析が困難であったが、MQMASを用いることで縦軸に等方スペクトルが得られており、複数の化学種が存在していることが分かる。このサンプルではRb核が3種類の環境にあることが分かる。さらに、2次元スペクトルの切り出しを見ることで各切り出しについて1次元スペクトルと同様の解析を行うことが可能である。
2. 真の化学シフトを求める、四極子の大きさを求める
MQMASでは横軸 (通常のMASスペクトル) と縦軸 (等方スペクトル) のほかに、傾き1のCS軸 (Chemical Shift 軸) および傾き-10/17のQIS軸 (Quadrupolar Induced Shift 軸) が定義される。CS軸からは、核四極子相互作用の影響を消した純粋な化学シフトが得られ、QIS軸からは化学シフトの影響を消した純粋な核四極子相互作用の大きさを計算することが可能である。
Figure 2 | MQMASスペクトルの4つの軸 横軸 (MASスペクトル) と縦軸 (等方スペクトル) に加えて、傾き1のCS軸や傾き-10/17のQIS軸が定義される。
3. 試料が結晶か非晶か、非晶の場合は信号の分布が何に起因しているのかを見極める
四極子核のCT信号はしばしば広幅な信号を持つが、広幅化している原因はいくつか考えられる。MQMASスペクトルから、広幅化の原因を見極めることが可能である。試料が結晶の場合、広幅化の原因は四極子の二次の相互作用によるものである。この場合、MQMASスペクトルの等方シフト軸では尖鋭な信号が得られる。試料が非晶の場合、化学シフトに分布がある場合と核四極子相互作用の大きさに分布がある場合の2通りがある。化学シフトに分布がある場合はCS軸に沿って信号が分布することになり、核四極子相互作用の大きさに分布がある場合にはQIS軸に沿って信号が分布することとなる。このように、MQMASスペクトルにおける信号の出現パターンから信号の広幅化の原因を見極めることができ、すなわち試料の状態に関する情報を得ることが可能である。
Figure 3 | 試料の状態とそれに対応するMQMASスペクトルの見え方 (左) 試料が結晶の場合 縦軸方向には尖鋭な信号が検出される (中) 試料が非晶であり、化学シフトに 分布がある場合 CS軸に沿って信号が分布する (右) 四極子相互作用の大きさに分布がある場合 QIS軸に沿って信号が分布する。
MQMASのプロセシング
MQMASは通常のCOSYスペクトルやHSQCスペクトル等とは異なり、直接観測軸および間接観測軸をそれぞれフーリエ変換しただけでは解析に適したスペクトルが得られない。Shearingと呼ばれる操作とScalingと呼ばれる操作を行うことにより、解析に適したスペクトルが得られる。
1. Shearing
MQMASでは通常Echo信号を取り込むがEchoの結ぶt2の点がt1依存的に変化する (Fig. 1) 。そのため得られたデータをそのままフーリエ変換すると信号が斜めに傾いた二次元スペクトルが得られる。傾いたスペクトルは解析が困難であるため、Echoの結ぶ点がフーリエ変換の始点に来るように移動させる処理を行う。これをshearingと呼ぶ。Shearing処理を行った後フーリエ変換をすることで信号の傾きのないスペクトルが得られる。
Figure 4 | MQMASのshearing処理
2. Scaling
MQMASでは多量子遷移を用いてt1展開を行うため、縦軸方向に伸びたようなスペクトルが得られる。このままでも解析は可能であるが、縦軸方向のスケールを変更することで縦軸と横軸の単位を等しくするのがよい。この操作をscalingと呼ぶ。通常であれば3量子遷移を用いた場合は1/3に、5量子遷移を用いた場合であれば1/5にすればよいが、shearingを先にしている関係で少し係数がずれる。p量子遷移を用いたMQMASでsharingで修正した傾きがRの場合、scaling factorは1/(p-R)とするのが適切である。
Figure 5 | MQMASのscaling処理 (a) フーリエ変換のみ (b) shearing処理 (c) shearing処理およびscaling処理
参考文献
Amoureux, J. P., Huguenard, C., Engelke, F. & Taulelle, F., Chem Phys Lett 356, 497–504 (2002).