半整数四極子核の一次元スペクトル、MQMASスペクトルの磁場依存性
NM250001
一次元スペクトル
スピン量子数Iのスピンには2I+1個のエネルギー準位が存在し、2I個の一量子遷移が存在する。NMRではほとんどの場合この一量子遷移を観測する。半整数スピン (I = 3/2, 5/2, 7/2, 9/2) の±1/2の準位間の遷移を中心遷移 (CT) と呼び、それ以外の遷移をサテライト遷移 (ST) と呼ぶ。STは四極子の一次の摂動を受け、MHz単位で信号が広幅化する。それに対して、CTは四極子の二次の摂動のみを受け、STより狭い範囲に信号が分布する。STは信号が広幅で感度が低く、また信号パターンも複雑である場合が多い。そのため半整数四極子核ではCT信号を観測、分析の対象とする場合がほとんどである。
Figure 1 | Na4P2O7の23Na 一次元スペクトル ST信号は極めて広い範囲に信号が分布し (左) 、感度が低く複雑な信号パターンを持つ。CT信号はSTと比較して狭い範囲に分布し感度も高い (右) 。*はコイル由来の63CuのBG信号である。
CT信号の線幅 (Hz単位) は共鳴周波数の逆数に比例し、したがって分解能 (ppm単位) は共鳴周波数の逆数の2乗に比例する。共鳴周波数は磁場の大きさに比例するため、大きな磁場を使うほど尖鋭で分解能の高いスペクトルが得られる。しかしながら、多くの場合高磁場を用いてもなお信号を完全に分離することは難しい。
Figure 2 | Na4P2O7の23Naスペクトル、CT信号の磁場依存性 高磁場装置を用いることで信号が比較的尖鋭になり、分解能も向上する。
MQMASスペクトル
MQMAS (Multiple Quantum Magic Angle Spinning) という手法により、縦軸にIsotropic shiftと呼ばれる高分解能なスペクトルが得られる。Isotropic shift軸は化学シフトと四極子の大きさの二つの情報の足し合わせとなっている。そのため、 一般的なNMRの二次元測定 (COSY,HMQC等) と異なり、縦軸方向における信号の位置 (ppm単位) は磁場によって変化する。Fig.3 に複数の磁場で取得したNa4P2O7の23Na MQMASスペクトルを示す。縦軸方向の信号の位置は変化し、またその変化は線形でないことが分かる。
Figure 3 | Na4P2O7の23Na MQMASスペクトル 左から順に400, 500, 600, 700, 800MHzの装置で取得したMQMASスペクトル
MQMASのIsotropic軸においては、必ずしも磁場が大きいほど信号の分離がよくなる訳ではない。Isotropic 軸上で複数の信号が重なる場合や、異なる磁場を使った場合に信号の位置が入れ替わる場合もあるので注意が必要である。厳密な議論のためには、同じ試料について複数の磁場でMQMASスペクトルを取得して比較することが望ましい。Fig. 4 に複数の磁場で取得したRbNO3の87Rb MQMASスペクトルを示す。この試料中には3個の87Rbの化学種が存在するが、500MHzのスペクトルではそのうち2個の信号が重なっている。また、400MHzと600, 700MHzのスペクトルでは信号の位置が入れ替わっている。
Figure 4 | RbNO3 87Rb MQMASスペクトル 左から順に400, 500, 600, 700 MHzの装置で取得したMQMASスペクトル
参考文献
Duer, M. J. (Ed.). (2001). Solid‐State NMR Spectroscopy: Principles and Applications. Blackwell Science Ltd.