高分解能TG-TOFMSを用いたスチレンブタジエンゴムの発生ガス分析②
MSTips No.344
はじめに
スチレンブタジエンゴム (SBR) は自動車のタイヤや工業用品の他、リチウム電池の負極バインダー材料など様々な製品に使用されている。SBRを含む多くの合成ゴム製品には加硫促進剤など様々な添加剤が使用されておりており、加熱により発生するガスの情報は、製品の特性や品質、および安全性を評価する上で極めて重要となる。
熱重量-質量分析法 (TG-MS法) は、加熱に伴う質量変化と発生ガスの定性情報を相関付けて取得することが可能であり、合成ゴムの分析に有効である。一方でクロマトグラム分離を介さない手法であることから、大量発生するゴムの熱分解物 (主に炭化水素) により、微量成分の検出が困難という課題がある。この対策として、高分解能TOFMS JMS-T2000GCによる質量分離について検討を行い、有用な結果が得られたので報告する。前報 MSTips343 では標準的なイオン化法であるEI法で得られた結果について報告した。
今回は電子捕獲イオン化 (Electron Capture Ionization:ECI) 法を採用し、TG-MSでも高感度に負イオン測定が可能な手法を開発したので、その結果について報告する。ECI法はソフトイオン化法の特徴である分子イオンの選択的検出に加え、負イオン化法の特徴である電気陰性度の高い酸素・硫黄・各種ハロゲン化合物の選択的検出という特徴を持つことから、より微量な成分の分析にも有効と考えられる。
実験
サンプルには市販のSBRゴムを用いた。TGにはNETZSCH社製のSTA2500 Regulusを用い、加熱により発生したガスをJMS-T2000Gに導入し分析した (Figure 1)。JMS-T2000GCのイオン化法はECI法を用い、反応ガスとなるArについてはTG加熱炉より導入した。Table 1にTG-MS測定条件の詳細を示す。
Table 1. Measurement conditions
Sample | 2 mg |
TG | STA 2500 Regulus (NETZSCH社製) |
---|---|
Furnace temp. | 45°C → 10°C / min → 600°C |
Transfer-line temp. | 300°C |
Transfer-line column | Blank capillary tube, 3 m, I.D.0.32 mm |
Atmosphere | He, 95 mL / min + Ar, 5 mL / min |
Split ratio | 50:1 |
Furnace | 600°C |
MS | JMS-T2000GC (JEOL) |
Ionization | ECI, Ionization Energy 150 eV Reagent gas Ar (Introduced from TG) |
Mass range | m/z 10~800 |
Ion source temp. | 300°C |
GC-ITF temp. | 300°C |

Figure 1. JMS-T2000GC with TG
結果
Figure 2にEI測定時とECI測定時におけるSBRゴムのTG曲線を示す。ECI法では反応ガスのArをTGから導入したが、TG曲線には大きな変化が見られず、TG炉内でのSBRゴムの熱反応には大きな影響がないことが確認できた。

Figure 2. TG curves
Figure 3にEI測定結果およびECI測定結果のTICクロマトグラムを示す。両者のピーク形状には大きな変化が見られた。最も顕著な違いであるECI法の350°C付近のピーク (エリアC) は硫黄化合物である2-Mercaptobenzothazoleが強く検出されたことによるものであった。

Figure 3. TICC (EI method and ECI method)
Figure 4にEI測定結果およびECI測定結果のTICクロマトグラム上のエリアA ~ Dにおけるマススペクトルを示す。エリアBおよびCでは硫黄化合物である2-Mercaptobenzothazoleのイオン強度が飛躍的に増加しており、ECI法の特徴である硫黄化合物の選択的検出の効果を確認することができた。

Figure 4. Mass spectra of TICC’s area A~D (EI method and ECI method)
Figure 5にECI測定結果のエリアBのマススペクトルについて、m/z 230 ~ 430の拡大図を示す。EI法でも検出されていたロジン成分 (老化防止剤として添加) のDehydroabietic acidに加え、ECI法ではAbietic AcidおよびDihydroabietic acidが観測された。またEI法ではフラグメントイオンのm/z 73のみが観測されていた脂肪酸 (助剤として添加) のPalmitic acidおよびStearic acidの[M-H]-も観測された。

Figure 5. Mass spectrum of TICC's area B (m/z 230-430)
Figure 6にEI測定結果およびTICクロマトグラムおよび主要成分のモニターイオンにおける抽出イオンクロマトグラム(EIC) を示す。Tristyrenatedphenolや2-Mercaptobenzothazoleなど一部の成分はECI法で感度が向上したことにより、EI法より広い温度範囲で観測された。これによりECI法が微量成分の発生温度確認に有効であることが確認できた。

Figure 6. TICC and EIC (m/z ± 0.01 Da) (EI method and ECI method)
Figure 7に硫化物およびハロゲンのEICを示す。EI法では観測されなかった成分もECI法では観測されており、ECI法の有効性を確認することができた。

Figure 7. EIC (m/z ± 0.01Da) of Sulfides and halogens
まとめ
TG-MS法でのSBRゴム分析におけるECI法の有効性を確認することができた。人体への影響が懸念される硫黄やハロゲン化合物を選択的に検出できることから、合成ゴムや樹脂製品の安全性評価において活躍が期待できる。
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