世界一コンパクトな超1GHzのNMR装置の開発に成功
-重量は従来機の約10分の1、液体ヘリウムの継ぎ足し不要-
公開日: 2022/10/25
更新日: 2022/12/14
理化学研究所
ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社
東京工業大学、日本電子株式会社、科学技術振興機構
概要
理化学研究所生命機能科学研究センター機能性超高磁場マグネット技術研究ユニットの柳澤吉紀ユニットリーダー、ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社の斉藤一功取締役/CTO、東京工業大学生命理工学院の石井佳誉教授、日本電子株式会社NM事業ユニットNM開発部第1グループの蜂谷健一グループ長、科学技術振興機構未来社会創造事業の小野通隆未来社会創造事業プログラムマネージャーらの共同研究グループは、ビスマス系高温超電導コイル[1]技術を用いることで、従来機と比べて約10分の1の重量に抑えた世界一*軽量・コンパクトな超1ギガヘルツ[2](GHz、1GHzは10億ヘルツ)核磁気共鳴(NMR)装置[3]の開発に成功しました。また、従来機では年間数百リットル以上を消費していた希少資源である液体ヘリウム[4]の蒸発を、本装置ではゼロに抑えることに成功しています。
本研究成果により、高性能なNMR装置の簡便な利用や、アルツハイマー型認知症に関わるアミロイドβペプチド[5]の解析などの先端研究の進展が期待できます。
今回、共同研究グループは、磁場を発生させるためのNMR装置用超電導マグネット内部の内層側に設置する高温超電導コイルの電流密度(コイル断面積当たりの電流値)を1.5倍に増やし、マグネット全体における高温超電導コイルの磁場分担を50%以上に増やすことで、重量約1.6トンのコンパクトな1.01GHz(=1010メガヘルツ[2][MHz、1MHzは100万ヘルツ])のNMR装置を開発しました。また、極低温冷凍機で液体ヘリウム容器の内部を冷やす機構により、約2カ月にわたる運転の全過程で液体ヘリウムの液面レベルが保たれていたことから、ヘリウムの継ぎ足しも不要であることを確認しました。
本研究は、2022年10月24日に米国ホノルルで開催される国際会議『Applied Superconductivity Conference 2022』の招待講演で発表されました。
*発表日時点
世界初の超1GHzのNMR装置(2015年)と、今回開発した超1GHzコンパクトNMR装置
背景
核磁気共鳴 (NMR) 装置は、磁場中に置かれた試料中の原子核の核スピンの共鳴現象により、物質の分子構造や物性を解析する装置です。分子間の相互作用などの情報も得られるため、生命科学、医薬、有機化学、食品、材料科学といった幅広い分野で利用されています。NMR装置の計測の性能 (計測の感度や分解能) は、磁場が高くなるほど大きく向上します。このため、磁場を発生させるためのNMR装置用超電導マグネット (NMRマグネット) の開発が過去数十年にわたって進められてきており、現在もその技術進展が目覚ましい分野です。
長い間実現されなかった1ギガヘルツ (GHz、1GHzは10億ヘルツ) の磁場を上回るNMR装置 (超1GHzのNMR装置) は、2015年に、日本のグループ (物質・材料研究機構、理研、株式会社神戸製鋼所、日本電子株式会社) が世界で初めて開発に成功しました注1) 。それまでのNMRマグネットに広く使用されてきた金属系低温超電導線材のコイル (低温超電導コイル[6]) を用いたマグネットは、1GHzの発生磁場が事実上の上限です。これに対し日本のグループの超1GHzのNMR装置は、1GHzを上回る磁場中でも超電導状態を維持できる銅酸化物高温超電導線材のコイル (高温超電導コイル) を、磁場が集中するマグネットの最内層部に使用することで、1.02GHzの磁場のNMR装置を実現しました。
その後、世界各国で、より高い磁場の超1GHzのNMR装置の開発が進められ、現在は欧州に拠点を置くメーカーが1.2GHzのNMR装置の商用化に成功しています。日本では、今回の共同研究グループが1.3GHzの次世代NMR装置の開発を進めています。ただし超1GHzのNMR装置は、マグネットのサイズが大型かつ高価であるため、導入できる研究機関は限られます。また、マグネットの中に置かれたコイルを冷却するために希少資源である液体ヘリウムを多量に使用・消費します。これらのことが、超1GHzのNMR装置の幅広い社会実装へのボトルネックとなっていました。
共同研究グループは2019年、高温超電導コイルの電流密度 (コイル断面積当たりの電流値) を高め、マグネット全体における高温超電導コイルの磁場配分を増やすことで、マグネットのサイズを小さくできるという理論的・技術的な検証を報告しました注2)。その報告を基に、本研究では、大型であることが前提となっている超1GHzのNMR装置の常識を覆し、マグネットをコンパクト化した超1GHzのNMR装置の開発を試みました。
注1) 2015年7月1日科学技術振興機構プレスリリース「世界最高磁場のNMR装置 (1020MHz) の開発に成功」
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20150701-3/
注2) R. Piao, Y. Miyoshi, M. Yoshikawa, K. Saito, M. Hamada, S. Matsumoto, H. Suematsu, H. Mochida, T. Takao, Y. Suetomi, M. Takahashi, H. Maeda, and Y. Yanagisawa.: "Design and development of a compact 1 GHz (23.5 T)-class NMR magnet with Bi-2223 inner coils" IEEE Transaction on Applied Superconductivity, 29, 4300407 (2019)
研究手法と成果
共同研究グループは、NMR用マグネットに、ビスマス系銅酸化物の高温超電導コイルを用い、設計磁場 (性能上期待される磁場) が1.05GHzでありながら、従来機 (例えば2015年の1.02GHzのNMR装置) と比べ、マグネットの重量は約10分の1 (約15トンから約1.6トン) と大幅に小さな超1GHzのNMR装置を開発しました (図1)。ビスマス系銅酸化物高温超電導体は、1988年に金属材料技術研究所 (現物質・材料研究機構) で発見された日本発の材料で、2015年の1.02GHzのNMR装置でも使用されました。
今回の開発では、この技術をさらに高度化しました。マグネット内部の内層側に設置するビスマス系高温超電導コイルの電流密度を従来機と比べ1.5倍にし、マグネット全体における高温超電導コイルの磁場分担を50%以上に増やしました (図1)。この影響により、高温超電導コイルの中心部には合計100トン超の重量に対応した電磁力[7]がかかります (100トンはアフリカゾウ10頭の合計体重以上)。このような強大な力がかかりながらもコイルが破壊されないように、高強度金属で補強された高温超電導線材を、緻密に整列させて巻く技術を開発しました。これにより、狭い空間に大電流を集中させ、すなわち高電流密度を実現し、大幅なコンパクト化に成功しました。
今回の試験では、1.01GHz (=1,010メガヘルツ[MHz、1MHzは100万ヘルツ])での運転を行いました。
図1 超1GHzのNMRマグネットの外観と超電導コイル断面
左側は2015年に開発に成功した世界初の超1GHzのNMRマグネット。右側は今回開発に成功した超1GHzコンパクトNMRマグネット。マグネット内部の内層側に位置する高温超電導コイルの電流密度を1.5倍にし、マグネット全体における磁場分担を50%以上に増やすことで、大幅なコンパクト化に成功した。
通常、NMRマグネットの内部では、金属円筒容器の中に液体ヘリウムをため、超電導コイルを漬けた状態で冷やします。この容器は、魔法瓶と同じ原理の断熱容器で、外部からの熱の侵入のため液体ヘリウムが蒸発し、液面が徐々に減っていくので、数カ月ごとに液体ヘリウムを継ぎ足す必要があります。近年、液体ヘリウムの供給が世界規模で不足するヘリウムショックが何度も起きており、ヘリウムを使用する装置はその度に運転停止のリスクにさらされています。
本開発機では、超1GHzコンパクトNMR装置のマグネットに極低温冷凍機を搭載し、液体ヘリウム (約260L) 容器の内部を冷やす機構を設けました。これにより、マグネットに電流を流して磁場を発生させ、その後の定常運転にわたる全過程 (約2カ月間) で液体ヘリウムの液面レベルが保たれていることを確認しました (図2)。これは液体ヘリウムが蒸発せず、減っていないことを意味しており、ヘリウムの継ぎ足しが不要なことが確認できました。
図2 超1GHzコンパクトNMR装置のマグネット内部の液体ヘリウム液面レベル
横軸は日数、縦軸はマグネット内部に貯液されている液体ヘリウムの液面レベル。マグネットに電流を流して磁場を発生させ、運転をしている全過程で、液体ヘリウムの液面レベルが保持された。これは、液体ヘリウムが蒸発せず、消費されていないことを表し、一般的なNMR装置に必要な数カ月ごとの液体ヘリウムの追加が不要となる。
次に、本開発機を用いてNMR計測を行うための検出器と分光計をマグネットに組み合わせ、NMR計測の実証実験を行いました。その結果、水溶液中のタンパク質の分子内の相関を示すNMR計測 (図3) や、固体状態のタンパク質試料のNMR計測が可能なことを確認しました (図4)。いずれも良質な信号が得られており、本開発機が超1GHzコンパクトNMR装置として実際にNMR計測に使用できることが実証されました。
図3 超1GHzコンパクトNMR装置で取得したタンパク質溶液試料のNMRスペクトルの例
76アミノ酸残基からなるユビキチンタンパク質の1mM水溶液 (50mMリン酸塩緩衝液、pH7) を測定した例。化学結合で結合する水素原子 (1H : 1,010MHzに対するppm)、窒素原子 (15N:102MHzに対するppm) とCα原子とCβ原子 (縦軸13C : 254MHzに対するppm) のNMR信号を3次元空間で表した図 (3次元HNCACBスペクトル)。Cα原子は緑 (正の強度)、Cβ原子は茶 (負の強度) で区別され、それぞれのNMR信号が分子内のどの原子から出ているか決める (帰属という) ために使われる。測定時間は20時間だった。5mm直径HCNプローブ (z軸勾配磁場コイル付き) を使用した。
図4 超1GHzコンパクトNMR装置で取得したタンパク質固体試料のNMRスペクトルの例
微結晶状態の56アミノ酸残基からなるGB1タンパク質を測定した例。試料は有機溶媒を含んだ微量の水溶液に浸されており、溶液内のタンパク質と同等な構造が固体状態で保持されている。(a) はGB1のタンパク質の主鎖を構成する13Cαと側鎖13Cの一次元固体NMRスペクトル (CPMASスペクトル) である。(b) の二次元スペクトルは13Cαとそれに結合する1Hαの化学シフトを紐づけており、これによって両者の帰属を明確にできる。一般的に、固体NMRの1Hスペクトルは線幅が数十ppmを超える非常に幅広なスペクトルとなるが、本実験では直径0.75mmの細径試料管に詰めた固体試料を毎秒90,000回転し、1H信号を大幅に先鋭化することで、溶液NMRスペクトルに近いスペクトルを得ている。(a) のスペクトルでは重なっている信号が (b) では分離して観測可能となる。測定時間は (a) が4分、(b) が20分であった。アミロイドタンパク質などに対しても、超1GHzのNMR装置により同様の高分解能・高感度の固体NMRスペクトルが得られることが期待できる。
今後の期待
共同研究グループは、今回開発した超1GHzコンパクトNMR装置を用いて、アルツハイマー型認知症に関わるアミロイドβペプチドの超微量試料の構造解析などの先進研究を進めていきます。
また、今回の開発で得られた高温超電導コイル技術と、並行して開発している高温超電導接合[8]・永久電流[9]といった技術を組み合わせ、今後、現在の世界最高磁場である1.2GHz(28.2テスラ)を超える1.3GHz(30.5テスラ)の世界最高磁場NMR装置の開発を目指します。
学会発表情報
<タイトル>
Present status of the development of a 1.3 GHz (30.5 T) LTS/HTS NMR magnet operated in the persistent-mode
<著者名>
Y. Yanagisawa, Y. Suetomi, R. Piao, T. Yamazaki, M. Ono, M. Yoshikawa, M. Hamada, K. Saito, Y. Takeda, N. Banno, G. Nishijima, K. Inoue, Y. Takano, K. Kobayashi, A. Uchida, H. Kitaguchi, H. Ueda, T. Yamaguchi, K. Ohki, S. Kobayashi, H. Inaba, U. Nakai, J. Shimoyama, H. Maeda, T. Matsunaga, Y. Ishii, J. Hamatsu, K. Hachitani
<学会名>
Applied Superconductivity Conference 2022 (Oct. 23-28, 2022, Hawaii Convention Center, Honolulu, USA)
用語解説
[1] 高温超電導コイル
銅酸化物高温超電導体の線材(ワイヤ)を、コイルとして巻いたもの。主にレアアース(希土類元素)系とビスマス系がある。液体窒素温度(-196℃:絶対温度にして77K)においても超電導状態を示し、また、液体ヘリウム温度(-269℃:絶対温度にして4K)においては、高磁場下でも超電導状態を維持できる。なお、「超電導」と「超伝導」はどちらもsuperconductivityの訳語であり、ここでは超電導に統一した。
[2] ギガヘルツ(GHz)、メガヘルツ(MHz)
ヘルツは周波数の単位であり、核磁気共鳴現象においては共鳴周波数を指す。共鳴周波数は磁場強度に比例し、例えば、2.35テスラの磁場において、水素核は100MHzの周波数で共鳴する(テスラは磁場の単位。1テスラはネオジム系などの強力永久磁石の表面磁場と同等の強さ。)。NMR装置では、慣習的に磁場の強さをメガヘルツ(=1,000,000Hz)で表現するが、近年の高磁場化に伴い1,000MHz以上の装置に対してギガヘルツ(=1,000,000,000Hz)の表現もしばしば用いられる。
[3] 核磁気共鳴(NMR)装置
磁場中に置かれた原子核の核スピンの共鳴現象(核磁気共鳴現象)により、物質の分子構造や物性の解析を行う装置。分子の相互作用などの情報も得られるため、生命科学、医薬、化学、食品、材料物性といった幅広い分野で利用されている。NMRはNuclear Magnetic Resonanceの略。磁気共鳴画像(MRI)装置でもこの共鳴現象が用いられている。NMR装置では、測定する試料に印加される磁場の値が、試料内部において安定・均一であることが求められる。
[4] 液体ヘリウム
液体状態のヘリウム(He)。大気圧における沸点は-269℃(4K)である。超電導マグネットの寒剤として用いられる。希少資源であり、国際情勢などによる供給リスクが大きい。
[5] アミロイドβペプチド
アミロイドβ前駆体タンパク質からプロテアーゼにより切断されて産生される生理的ペプチド。アルツハイマー病で見られるアミロイド斑の構成成分として発見されたことから、この過剰な蓄積がアルツハイマー病発症の引き金と考えられている。アミロイドβペプチドはアミノ酸の長さで種類が分類されており、Aβ1-40、Aβ1-42が同定されており、Aβ1-42が最も神経毒性が高いとして解析されてきた。
[6] 低温超電導コイル
NbTi(ニオブチタン)、Nb3Sn(ニオブスズ)に代表される金属系の超電導体の線材をコイルとして巻いたもの。NbTiは-263.7℃、Nb3Snは-254.9℃の極低温で超電導状態となる。NbTiとNb3SnはNMR装置において、NbTiはMRI装置において広く実用化されている。
[7] 電磁力
磁場の中に置かれた導体に電流が流れると、磁場と電流の相互作用によって電流に力がかかる。これを電磁力と呼ぶ。
[8] 超電導接合
超電導線材のつなぎ目(接合部)でも電気抵抗ゼロで電流を流す技術。酸化物材料を使った高温超電導線材の超電導接合は難しく、長らく不可能ともいわれていたが、近年実現する技術が開発された。
[9] 永久電流
全てが超電導体でできているコイルに電流を流すと、抵抗がないため半永久的に電流が流れ続ける。この現象を永久電流と呼ぶ。超電導接合によって実現される。
共同研究グループ
理化学研究所 生命機能科学研究センター
機能性超高磁場マグネット技術研究ユニット | |
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ユニットリーダー | 柳澤 吉紀(ヤナギサワ・ヨシノリ) |
技師 | 朴 任中(ボク・ニンチュウ) |
基礎科学特別研究員 | 末富 佑(スエトミ・ユウ) |
客員主管研究員 | 前田 秀明(マエダ・ヒデアキ) |
構造NMR技術研究ユニット | |
ユニットリーダー | 山崎 俊夫(ヤマザキ・トシオ) |
先端NMR開発・応用研究チーム | |
研究員 | 松永 達弥(マツナガ・タツヤ) |
ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社
取締役/CTO | 斉藤 一功(サイトウ・カズヨシ) |
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フェロー | 濵田 衞(ハマダ・マモル) |
担当課長 | 吉川 正敏(ヨシカワ・マサトシ) |
日本電子株式会社 NM事業ユニット NM開発部 第1グループ
グループ長 | 蜂谷 健一(ハチタニ・ケンイチ) |
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主務 | 濱津 順平(ハマツ・ジュンペイ) |
東京工業大学 生命理工学院
教授 | 石井 佳誉(イシイ・ヨシタカ) |
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(理化学研究所 生命機能科学研究センター 先端NMR開発・応用研究チーム チームリーダー) |
科学技術振興機構 未来社会創造事業 大規模プロジェクト型
プログラムマネージャー | 小野 通隆(オノ・ミチタカ) |
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(理化学研究所 生命機能科学研究センター センター長室 高度研究支援専門職) |
研究支援
本研究は科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業大規模プロジェクト型エネルギー損失の革新的な低減化につながる高温超電導線材接合技術「高温超電導線材接合技術の超高磁場NMRと鉄道き電線への社会実装(研究開発代表者:小野通隆)」(JPMJMI17A2)、同研究成果展開事業戦略的イノベーション創出推進プログラム超伝導システムによる先進エネルギー・エレクトロニクス産業の創出「高温超伝導材料を利用した次世代NMR技術の開発(開発リーダー:末松浩人)」(H30年度終了)の助成を受けて行われました。