九州大学 先導物質化学研究所
液晶からブルーカーボンまで
来るモノは拒まないNMR測定
物質化学の学際領域において世界最高水準の研究成果を創出するために、基礎から応用、さらに社会実装にわたる研究を推進してきた九州大学先導物質化学研究所は、共同利用・共同研究拠点として物質・デバイス領域の先端的・学際的共同研究の推進をミッションに掲げています。同研究所内の物質機能評価センターには共同利用大型機器が集約され、高度利用が図られています。また、同センターには技術職員が集中配置され、所内学生に対する測定法の指導、分析法の教育を行うとともに、所内外の研究者、企業からの高度測定の技術相談、受託分析に対応しています。所内外の研究者との共同研究も多い技術職員出田圭子さんにお話をお聞きしました。
先導物質化学研究所
業務内容
物質機能評価センターの体制や普段の業務についてご紹介ください
当センターには5名の技術職員が在籍しており、業務内容としては、それぞれが担当する分析装置の管理・運用が中心です。分析装置を使える状態に保つこと、分析内容の相談を受け実際に分析を行うこと、そしてユーザーに分析装置の使い方を指導することなどです。私はNMR7台とESR1台を主に担当しています。
他にも、分析装置の更新時期に、「こんな機能が欲しい」「ここの使い勝手を良くして欲しい」といった現場の声を、仕様書に盛り込むことも大事な業務の一つです。
何処からどんな経路で測定依頼が入ってくるのですか?
先導物質化学研究所内からの依頼件数が圧倒的に多くて、所外の九州大学内、そして学外と続きます。企業からのご依頼も多いですね。
まず、物質機能評価センターのウェブフォームやメールで問い合わせが入ってきて、測定内容やサンプル受け渡し、支払いについて相談してから、測定を請け負う流れです。
7台ものNMRをどう使い分けているのですか?
当センターには800 MHz、600 MHz、400 MHz、300
MHzのNMRがあり、使えるプローブや測定方法もいろいろです。名前は同じNMRでも、それぞれの装置で結構違いがあるので、サンプルの状態や知りたいこと、さらには予算背景までお訊きして、最適な測定方法や装置をユーザーと一緒に決めていくようにしています。
「800 MHzがあるんだから、どうせならそれで測定してほしい」とか言われたりするんですが、測定の細かな内容を聞いたら、「400
MHzの方がいいんじゃないですか?」という話になることも多いですね。もちろんアルミなど無機物の核種では、ピークが鋭く出て分離能も高まるので800 MHzをお勧めしています。
あと、溶液の測定は数分で終わることがあるのに、固体の場合は1週間かかるとか、時間スケールが全然違うので、やはりこれくらいの台数は必要ですね。
NMR測定の注意点など
事前に何をお伝えすれば良いのでしょうか?
最低限の情報として、試料の状態が溶液か固体か?そして測定したい核種は何か?は伝えて欲しいですね。何も言わずに試料を持ち込まれる方が意外と多いんです。
測定をスムーズに行うためでもありますが、測定依頼の場合は費用もかかってきますので、使う装置や必要な時間をできるだけ正確に判断してユーザーの方にお伝えしたいんです。相談を受けているその場で完全に確定することはできませんが、この想定条件だとこのぐらいというお話はできますので。
他にも、元素の存在比を知りたいならそれに適した測定法を選ばないといけないので、最初にそう伝えていただきたいですね。試料を持ってきて通常の測定をした後で「存在比が知りたくて測定に来ました!」とかは困りますね。最近は減ってきましたが、学生さんあるあるです(苦笑)。
分析方法のアドバイスもされるとか?
何が目的かわからないままに測定に来られる方もいるので、相談しながら、もうちょっと測定の目的をはっきりさせた方がいいんじゃないとか、NMRとMSを組み合わせた方がいいのではというアドバイスをすることもあります。所内の学生さんの場合、どの研究室の所属か分かれば研究内容も大体分かりますので、逆にこちらから試料の調製法の論文を送ってあげることもあります。
測定は何方がやるのですか?
繰り返し使われる学生さんや教員の方には、ご自身で測定できるように指導しています。1日に何度も溶液の測定をされる有機合成分野の方なんかは、使いたいときにすぐ測定できることが大事ですので。ただし、特殊な測定の場合は一緒に測定することも多いです。
NMR TOPICS
液晶のNMR測定はじめました!
学内の先生からの相談がきっかけで、去年ぐらいから液晶のNMR測定をはじめています。液晶は溶液とも固体とも違う、非常に面白い測定対象だと個人的に思っています。測定の際には、まず液体用のサンプルチューブに粉末状態の試料を詰めて、NMRに装填してから液晶状態になる温度にまで上げていきます。実際にとれたスペクトルをNMR学会とかで披露すると、皆さん「こんなのあまり見たことがないな!」という顔をされていました。 今後は所内の先生が研究されている、強誘電性液晶の測定に取り組む予定です。
強誘電性ネマティック相を発現する液晶分子の19F-NMRスペクトル
ブルーカーボンの研究にも挑戦中!
最近はブルーカーボンと呼ばれるワカメや昆布などのマリンバイオマスを、活性炭や電極といった炭素材の原料に使う研究が所内の宮脇先生の研究室で進められています。私もNMR測定のお手伝いをしながら、時間を見つけて研究に参加させていただいています。
木材などの陸上バイオマス (グリーンカーボン) で活性炭をつくろうとすると、原料を加熱して炭素化した後に薬品を使って細孔を導入する工程 (賦活)
が必要で、結構エネルギーが必要です。一方、ミネラルが豊富に含まれるマリンバイオマスの場合、炭素化した後にミネラルを洗浄・除去するだけで、外部からアクセスできる細孔を大量に有する多孔質炭素を得ることができ、製造工程を簡略化させることができます。
熱処理による炭素化の過程でマリンバイオマスの13Cと23Na
NMRスペクトルを測定した結果、600°Cで炭素化した後に水で洗浄すると多孔質炭素が得られることや、900°Cで炭素化した後に炭酸水で洗浄すると賦活工程なしでも約1,200
m2/gという大きな比表面積を有する多孔質炭素が得られることがわかっています。
このマリンバイオマスの測定と研究は、これからも続けていきたいと思っています。
先導物質化学研究所の宮脇准教授と
長年にわたる研究で取得した博士号
博士号取得につながる研究を始められたきっかけは?
最初のきっかけは、20年以上も前に所内のある先生の依頼で石炭・石油由来の試料の溶液NMR測定をしたこと。それまで私は精製された純品試料の溶液NMR測定しか知らなかったんですが、渡された試料には何が入っているのかよくわからなくて、本当に解析できるんだろうか?一体ここの研究室は何をやっているんだろう?と見たことのない正体不明の試料に好奇心が刺激されたんです。その後、その研究室のゼミに出るようになって、今もその流れで宮脇先生のゼミに参加しています。
博士論文の研究テーマは?
ざっくりいうと、固体19F NMRを用いた電気二重層キャパシタ (EDLC) に関する研究です。
EDLCの電極は比表面積の大きい多孔質炭素を用いるのですが、その原料としては多くの選択肢があり、上述した石炭・石油由来の試料もその一つだったんです。このNMR測定がきっかけでEDLCの研究を始めた私はフェノール樹脂を原料に選び、比表面積や細孔サイズを変化させた多孔質炭素で電極を作り、実際に充放電を行って、その前後の電極をNMR測定しました。その結果、メソ孔
(2-50 nm) を持つ多孔質炭素がEDLCの作動に適している(電解質イオンの拡散抵抗が小さく、高速充放電できる)ことが明らかになり、この成果を博士論文にまとめました。
その後の研究で、マリンバイオマスなら賦活工程なしでもメソ孔ができるというメリットが見出されたのです。
技術職員の方で博士号を取得される方は多いのですか?
環境によりけりですね。以前のように研究室に所属する立場であれば、ひとつのテーマを深掘りし易かったのですが。昨今は技術職員が全学的に組織化される流れなので難しいかもしれません。私が研究を続けられたのは、幸いにも周りの先生方に理解していただき、根気強く指導していただけたおかげです。
NMR (600 MHz) の前で技術職員の今村さんと
頼りにしてますJEOLさん!!
今思うと、自分自身のNMR測定のスキルは全てJEOLさん任せだったように思います。
日々のメンテナンスやトラブルの対応をしてくださるサービスエンジニアの方なんて、もう本学の職員並みに所内にいらっしゃいますから(笑)。私が本研究所に赴任した直後は、なんにもわからなくて、頻繁に来所されていたサービスエンジニアの方の後ろについて回ってました。
そして、いざ測定となるとアプリ担当の方に相談して、いろいろ教えていただきました。今だに、NMRで何か新しいことをしようとするときは、いつもアプリの方に相談しています。
例えば、液晶の測定をやりたいと相談すれば、迅速に新しい測定プログラムをつくっていただいたり、測定結果をもとにアレンジしていただいたり、すごく助かってます。
本当に頼りにしていますので、これからもよろしくお願いします。
出田 圭子 (いでた けいこ)
九州大学 先導物質化学研究所 物質機能評価センター
九州大学工学部応用化学科卒業後、九州工業大学情報工学部技官を経て2001年より現職。博士 (工学)。
―研究者からのコメントー
ブルーカーボンに注目しています!
我々の研究室は主に炭素材料の研究に取り組んでいますが、NMR測定では出田さんにきめ細やかにサポートしていただいています。学生でも指導を受ければNMR測定をできるようになりますが、そこから反応メカニズムの理解や解明に進むには、出田さんの解析力が欠かせません。ちなみに、出田さんの電気二重層キャパシタの研究には私も関わっていたのですが、粘り強く積み上げた研究成果が素晴らしい博士論文に仕上がったと思います。
これからの研究の話をすると、世の中はサステナブルでカーボンニュートラルな方向に向かっていますね。その中で、我々のような炭素屋はこれまでの石炭石油関連の知見やスキルを、サステナブルな原料であるバイオマスに展開しようとしています。陸上のバイオマスもよく使われていますが、日本という場所を考えてマリンバイオマスに注目しています。マリンバイオマスは成長速度が速く、収穫までに陸上バイオマスよりも多くの二酸化炭素を吸収します (固定化できます)。加えて、輸送面でも海上輸送が桁違いに効率が良く、また、工場の立地場所が海沿いに多いので、日本近海でのマリンバイオマス採取とよくフィットすると考えています。
日本の場合は海での養殖業も昔から盛んですので、食用品についての養殖ノウハウを炭素材原料用に転換できますよね。だから政府もブルーカーボンなるキャッチーな言葉をつくって後押ししています。食用の場合、ワカメとか昆布とか海苔とかの遺伝子組み換えというとネガティブな印象を持たれる方が多いと思うのですが、炭素材原料用の養殖であれば、心理的な障壁もだいぶ低くなるのかなと思いますので、遺伝子技術も使えると思います。
JEOLさんには、NMRと電子顕微鏡など、異なる分析機器に共通で使えるような測定システムを開発して欲しいですね。例えば、共通のサンプルホルダーみたいなイメージでしょうか。無茶ぶりで申し訳ありませんが、より容易に多様な角度からの測定ができる未来にむけて、ぜひよろしくお願いします。
准教授 宮脇 仁 (みやわき じん)
九州大学 先導物質化学研究所
千葉大学自然科学研究科物質高次科学専攻博士後期課程修了後、米国ペンシルバニア州立大学エネルギー研究所博士研究員、科学技術振興機構博士研究員、九州大学 先導物質化学研究所助教を経て2013年より現職。博士 (理学)。
