Close Btn

Select Your Regional site

Close

ダイヤモンド半導体、実用化はすぐそこ

INTERVIEW 14

国立大学法人佐賀大学
理工学部 理工学科 電気電子工学部門
嘉数 誠 教授

ダイヤモンド半導体はパワー半導体や高周波デバイスとして注目されているが、最近は基礎研究の段階を脱し実用化へ向かっていることを示す動きが相次いでいる。ダイヤモンド半導体の実用化を進める佐賀大学の嘉数 誠 教授に、これまでの研究のエピソードや実用化を目指すプロジェクトについて聞いた。

EVやBeyond 5Gに応える半導体

嘉数教授のダイヤモンド半導体研究が、ここに来て周囲を巻き込み始めた。

まず宇宙航空研究開発機構(JAXA)および呉工業高等専門学校(呉高専)とともに、宇宙通信向けマイクロ波電力増幅デバイスの開発を始めると発表した(2023年12月)。超小型衛星などに搭載して宇宙実証を目指すという。そしてその発表からおよそ1年後、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)とダイヤモンド半導体の社会実装に向けた研究で連携した(2025年1月)。
嘉数教授はさらに新会社「ダイヤモンドセミコンダクター」を立ち上げてその動きを加速させる。2026年度中には同社からダイヤモンド半導体のサンプルを出荷する計画だ。

そもそもなぜダイヤモンド半導体が注目されているかというと、シリコン(Si)をはるかにしのぐ各種ポテンシャルを持っていて、シリコンでは難しい分野での活用が期待されているからだ。

例えば電気自動車(EV)などで電力制御を行うパワー半導体は需要が高まっているが、その特性として絶縁破壊電界強度が高いことと、その一方でキャリア(自由電子あるいは正孔)が存在する部分では電流が流れやすいことが求められている。ダイヤモンド半導体の絶縁破壊電界強度はシリコンの33倍あり、キャリアが存在する部分では大きな電流が流せる。パワー半導体の性能を示す指標(バリガ性能指数)では、シリコンはもちろん、次世代パワー半導体として期待されている炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)よりも高い数値を示す。

Si SiC GaN ダイヤモンド ダイヤモンド
半導体の特性
バンドギャップ 1 2.9 3.0 4.9 5倍の高温で動作
絶縁破壊電界強度 1 9.3 16.6 33 33倍の高電圧で動作
熱伝導度 1 3.8 1.2 17 17倍放熱しやすい。温度上昇がない
バリガ性能指数 1 580 3,800 49,000 5万倍大電力で高効率のデバイス特性
ジョンソン性能指数 1 420 1,100 1,225 1,200倍の6G向け高速パワーデバイス特性

ダイヤモンド半導体の物性値(資料提供:嘉数教授)

また高周波デバイスの適性を示す指数(ジョンソン性能指数)も高い。このため「Beyond 5G(※1)」の携帯基地局での利用が期待されている。さらにダイヤモンド半導体は放射線にも強いので宇宙環境での通信用途でも有望視されているのだ。

ダイヤモンド半導体の研究が盛んになったのは1980年代前半からなので、比較的新しい研究分野といえる。きっかけは日本でダイヤモンド膜のエピタキシャル成長(※2)に成功したこと。メタンと水素からなる原料ガスをプラズマの中で反応させるマイクロ波プラズマ化学気相成長法(MPCVD)で実現した。人工ダイヤモンドといえばそれまでは天然ダイヤモンドの成長をシミュレーションするかのように高圧(約5万気圧)をかける方法が一般的だったが、それが低圧(例えば0.1気圧)で作れるようになった。当時の無機材質研究所(現在の物質・材料研究機構)がこの方法を見いだし公開したことから、国内外の多くの研究者がダイヤモンド研究を始めたのだ。

  • 第5世代移動通信システムの性能をさらに高度化した次世代(6G)情報通信インフラ。2030年頃からの実用化が見込まれている

  • 単結晶基板上に新しく単結晶の薄膜を成長させる技術。下地となる基板結晶と成長させたい結晶が同じ格子定数である場合をホモエピタキシャル成長、異なる場合をヘテロエピタキシャル成長と呼ぶ。ダイヤモンド半導体ではヘテロエピタキシャル成長を採用することがほとんど

朝と夕方だけ通電するデバイス

嘉数教授が日本電信電話(NTT)物性科学基礎研究所でダイヤモンド半導体の研究を始めて疑問に感じることがあった。MPCVDで成長させたダイヤモンド薄膜(※3)を空気中に置いておくと電気を通すことがあるのだが、その要因が正確には分からなかった。いくつもの説があり、「(空気中の)水と二酸化炭素によるものだ」という説が海外の有名な科学学術雑誌に載ったこともあった。だが嘉数教授が水に浸したり息を吹きかけたりしても思うように通電しない。いったい何が要因なのか。

「自分で確かめるしかない」。そう思い立った嘉数教授は、窒素(N2)、酸素(O2)、二酸化炭素(CO2)、アルゴン(Ar)など大気中にあるいろいろな気体を試した。だがどれも通電しない。

不思議な測定値にあるとき気づいた。通電チェックのためダイヤモンドに電圧をかけ1週間以上そのまま放置していたところ、朝の9時ごろと夕方の5時ごろに大きな電流が流れていたのだ。決まって平日の9時と5時。そして土曜と日曜は流れない。いったい何だろう。

午後3時。それは研究所が設けたティータイムの時間。他の部署の研究員たちも三々五々、お茶やコーヒーを持って集まって来る。そこでくだんの"9時5時現象"の話をしてみた。みんなはどんなことを言ってくれるだろう。「それ、二酸化窒素(NO2)ではないかしら」。化学部署の女性が指摘してくれた。

NO2は自動車の排気ガスに含まれる気体なので、通勤時間帯になると濃度が増える。その変化がダイヤモンドの電流変化と似ているという指摘だった。通勤の自動車が原因だとしたら土曜と日曜に通電しないこととも符合する。さっそくNO2を作る装置と測る装置を貸してもらい実験した。するとまさに電流が流れたのだ。

その後、同じ効果をもたらす気体がないか探してみると、オゾン(O3)、二酸化硫黄(SO2)、一酸化窒素(NO)でも通電することが分かった(※4)。これらの気体が表面に付着し、水素終端から気体分子へ電子が移動してダイヤモンド表面にキャリアが生じるものと考えられる。気体の種類と濃度を変えると出来るキャリアの密度はどう変化するかも実験した。

  • 正確にはメタンがなくなった後も水素プラズマの雰囲気の中に30分程度さらし、表面に水素を結合させたダイヤモンド薄膜。水素終端ダイヤモンドと呼ばれる

  • O3以外は自動車の排気ガスに含まれる気体であり、O3は自動車の排気ガスに含まれるNOxやHCが太陽光からの紫外線を受けて光化学反応を起こし生成される。つまり4種の気体はいずれも自動車の排気ガス由来だった

半導体デバイスとして動作させるためにはキャリアの存在する部分が必要であることは前述したとおりだが、現在、ダイヤモンド半導体でキャリアを生成させる基本的な手法は終端処理(ダイヤモンド膜の表面に水素など他の原子を結合させる処理)であり、特に水素による終端処理が今のところ実用化に向けた最も有力な方法といわれている。これは他の半導体では行われていないダイヤモンド特有のキャリア生成方法だ。

「大気に触れると通電するというが、何が要因なのか」。研究を始めたときに感じた疑問に正面から立ち向かったおかげで嘉数教授は効果的にキャリアを誘発する無機分子の種類、そして濃度などのデータを解明した。それは実用化を有利に進めるノウハウにもなっている。

電力と電圧で世界最高値をたたき出す

実用化を意識した研究成果は2021年ごろから顕著に増えてきた。まず新たな構造の電界効果トランジスタ(FET:Field Effect Transistor)を考案した。劣化しにくい構造にすることでデバイス寿命を延ばすとともに出力電力を当時の最高レベルの179MW/cm2とした(2021年4月)。半年後にはそれらの記録を更新する。ウエハの径は2インチになり、出力電力は345MW/cm2に上がった(2021年9月)。

さらに翌年、出力電力875MW/cm2を記録し、出力電圧は2586Vを達成した(2022年5月)。これらの値はダイヤモンドとしては世界最高値である(※5)。論文は米国電気電子学会(IEEE)のElectron Device Letters誌に掲載され、注目論文として表紙を飾った。またこの成果が評価されて「半導体・オブ・ザ・イヤー2023」(産業タイムズ社の電子デバイス産業新聞が開催)の半導体デバイス部門で優秀賞に選ばれた。

2023年にはダイヤモンド半導体を組み込んだパワー回路を作り動作検証を行った。スイッチング動作は10ns以下と高速で、動的特性に問題がないことを示した(2023年4月)。連続動作の試験もした。190時間を経ても特性劣化はなかったという。こうした実用化をにらんだ取り組みが、冒頭で述べた周囲を巻き込む動きとなったのだろう。

  • この記録は2025年4月現在においても世界最高値である

電子ビーム描画装置と走査電子顕微鏡を導入、集積回路の開発へ

2024年4月、嘉数教授は高額な装置を導入した。電子ビーム描画装置である。もちろん集積回路(IC)を作るためだ。嘉数教授のダイヤモンド研究はICを作る段階に入った。具体的には冒頭で述べた宇宙通信向けマイクロ波電力増幅デバイスの開発を想定している。

購入した電子ビーム描画装置は日本電子の「JBX-8100FS」。当初、他社からより低価格な製品の売り込みがあったが、嘉数教授は「装置を買うということは技術を買うことだ」と考えこれを断った。電子ビーム描画装置を使うのは操作に不慣れな研究者である。分かりやすい操作性と信頼性を備え、技術サポートも厚い製品でないとスピード感のある開発はできない。共同研究のパートナーJAXAも予算の多くを電子ビーム描画装置に割くことを快諾してくれた。

同じ年の9月にはもう一つ、日本電子の装置を導入した。ショットキー電界放出形走査電子顕微鏡「JSM-IT800(i)」である。半導体デバイスの組成など内部の様子を確認する用途に使う。

JBX-8100FSを利用して作ったマイクロ波用トランジスタは、応用物理学会の2025年春季学術講演会(2025年3月14日(金)~17日(月)、東京理科大学 野田キャンパス)で発表された。掲載された画像はJSM-IT800(i)で撮影したものだ。

実はダイヤモンド半導体の実用化を進めているのは佐賀大学だけではない。国内だけでも複数のベンチャーが名乗りを上げている。だから「スピード感を持って研究を進めたい」(嘉数教授)。ダイヤモンド半導体を日本発・佐賀発の産業として発展させたいと嘉数教授は使命感を持って臨んでいる。

社会からの注目度が高いのはJAXA、呉高専と進めている宇宙通信向けマイクロ波電力増幅デバイスの開発だろうか。このプロジェクトは2023年度から5年間の予定である。プロジェクトが終わる2028年度にはデバイスが完成する予定だ。成果は新聞等で報道されるだろう。その日を迎えるまで日本電子の装置と技術も引き続き貢献を続けていく。

嘉数 誠(かすう まこと)

嘉数 誠(かすう まこと)

国立大学法人佐賀大学 理工学部 理工学科 電気電子工学部門

1990年日本電信電話株式会社に入社し、基礎研究所に所属。研究に取り組みながら、日本国内の大学、ドイツやフランスの大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所などで講師や研究員を務める。2011年に佐賀大学大学院の教授に就任。

https://www.sao.saga-u.ac.jp/admission_center/ouensite/research/01/より)
掲載:2025年06月

製品情報

お問い合わせ

日本電子では、お客様に安心して製品をお使い頂くために、
様々なサポート体制でお客様をバックアップしております。お気軽にお問い合わせください。