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クライオEMで探る「ソフトマテリアルの世界」

INTERVIEW 21

兵庫県立大学大学院理学研究科
生命科学専攻 細胞構造学分野
西野 有里 准教授

「エマルションの状態を観察したい」。2012年、食品メーカーからの相談を受け、兵庫県立大学の宮澤淳夫教授のもとでクライオ電子顕微鏡 (クライオEM) による観察が行われました。実際の観察を担当した研究グループの一員である西野有里准教授 (当時理化学研究所研究員) は、この経験がその後のソフトマテリアル観察との関わりのきっかけになったと振り返ります。

その後、西野准教授がソフトマテリアル関連の学会に参加すると、「エマルションやスラリー中の微細構造を見たいのだけれど、見る方法がなくて困っている」といった声をたびたび耳にするようになります。こうした経験から、装置の有無だけでなく、試料を凍らせて観察するクライオEMという手法自体が、当時はまだ十分に知られていなかった状況が見えてきました。

生物を専門とする西野准教授にとって、クライオEMはなじみ深い装置です。実際、研究室には比較的早い時期にクライオ透過電子顕微鏡 (クライオTEM) に加えてクライオ走査電子顕微鏡 (クライオSEM) も導入されていました。
クライオEMの名前が広く知られるようになるのは、2017年のノーベル化学賞受賞がきっかけです。

ちなみにエマルションは乳化液のこと。牛乳やマヨネーズ、それに乳液やリキッドファンデーション、ヘアトリートメントのように水 (あるいは水溶液) の中に油滴が分散しているものを「O/Wエマルション (oil-in-water emulsion)」といい、逆に油分の中に水性成分が分散しているバターやマーガリン、保湿クリームなどを「W/Oエマルション (water-in-oil emulsion)」といいます。いずれも食品業界や化粧品業界で扱うことの多い素材です。

また、スラリーは液体中に固体の微粒子が分散したもので、粒子径は0.1 µm~1 mmほど。電池の電極材料やインク、塗料などの用途で多く利用される素材です。

粒子は凝集していないか、径は不均一になっていないか、経時変化はあるのかないのか。それを知りたくてもこれらの素材は液体状態ですから、試料を乾燥させることが必要不可欠な従来の電子顕微鏡では、粒子を本来の状態で見ることができなかったということです。

「初めて見た」と喜びの声が

「それならば観察画像を見せてみよう」ということで西野准教授らはクライオEMを使っていくつかのエマルションを撮影してみます。企業の人々にそれを見せると「初めて見た」「素晴らしい」と喜びの声が上がりました。

こうした反応を受けて、クライオEMによるソフトマテリアル観察への関心は徐々に広がっていきます。特に強い関心を示したのが、燃料電池を研究する自動車関連企業でした。

燃料電池のなかで重要な役割を果たす触媒層(水素の酸化や酸素の還元など電気化学反応が起きる部分)はインクを塗布後、乾燥させて製造しますが、インク中の微粒子の構造や分散状態は、それまで直接見ることができませんでした。ですがクライオEMを使うことで触媒となる粒子(炭素基材に白金ナノ粒子を担持させた粒子)などインク中の物質の状態を確認することができ、製造方法の改善に役立てることができたのです。

クライオSEM (JSM-IT800) による生クリームの観察像
クライオウルトラミクロトームで切削した平面を無コーティングで観察すると、油滴は水相部分と比較して暗いコントラストで検出される

さらに西野准教授らはこうした成果を学会で発表し、共同研究は徐々に増えていきます。なかには自らクライオEMを導入する企業も現れ始めました。

電顕サマースクールでの講演の様子

新たなノウハウがたまっていく

クライオEMの利用に多くの企業が関心を持ち始め、西野准教授がそれをサポートするようになると、ある課題が立ち上がってきました。それは多様な素材それぞれの観察に適した試料の調製方法を模索しなければならないということです。試料の作り方は一通りではないのです。

溶液が水であるとは限りません。試料によってはアルコールをはじめとした有機溶媒であったり油であったりします。水がまったく含まれていない試料もあります。そうするとそれぞれで適した凍結方法が異なります。電子線のダメージの受けやすさも異なり、また観察方法によっては思わぬ物理挙動をする試料もあるといいます。生物試料であれば液体成分はほぼ水であり、その扱いのノウハウは知られています。ですがそうでない試料の低温真空下での挙動はほとんど知られていなかったのです。西野准教授の手探りが始まりました。

幸い、様々な企業との共同研究や大学のオープンファシリティ制度を利用した技術提供を通して、そうした試料の作り方や扱い方、観察方法といったノウハウが徐々に西野准教授のもとに集まるようになりました。蓄積されたノウハウはセミナーやワークショップの場で発信します。その影響も手伝ってクライオEMに対する企業の関心はさらに高まっていったようです。

新たなクライオSEMに驚きの進歩

冒頭でも述べたように兵庫県立大学にはクライオTEMとクライオSEMがあります。どちらを使うかは主に観察対象のサイズで決めているようです。観察したいものが数百 nm~数µm程度ならクライオSEMを使い、数 nm~数十 nmなら、クライオTEMを使います。今のところエマルションやスラリーといったソフトマテリアルの観察では圧倒的にクライオSEMを用いるケースが多いといいます。

兵庫県立大学は新たなSEMを2024年に導入しました。日本電子の走査電子顕微鏡JSM-IT800です。これにクライオステージと真空クライオトランスファーシャトルのドッキングポートを付けてクライオSEMとしても利用できるようにしました。古いクライオSEMは10数年ほど前に導入したものでしたので、比較すると多くの点でその進歩に驚かされたといいます。

JSM-IT800ショットキー電界放出形走査電子顕微鏡
クライオステージを用い、ソフトマテリアルの観察に活用されている

「まず目を見張ったのは像が鮮明なことでした」(西野准教授)。「高倍率にするとその鮮明さを強く実感します」。

クライオSEM (JSM-IT800) による燃料電池インクの反射電子像
乾燥後の触媒層構造が主に観察されてきた従来手法に対し、クライオSEMでは塗布・乾燥前のインク中における粒子分散状態をそのまま可視化できる。

ドリフト補正機能にも感動したそうです。クライオSEMでは像の揺れ (ドリフト) がしばしば起きます。導電性の金属コーティングをしないので、電子線の連続照射によって試料が帯電 (チャージアップ) してしまうことがあり、それが原因で検出像が揺れてしまうのです。古い機種ではこの揺れに苦労させられましたが、最近の機種にはソフトウェアで補正する機能があるので、ほとんどの場合、揺れのない像が得られるそうです。

反射電子検出器の感度が上がったこともうれしい進化だといいます。「反射電子像をライブモードで見ようとすると以前は (感度が低くて) ほぼ見えなかったのですが、ちゃんと見えるようになりました」(西野准教授)。また反射電子検出器の像が十分きれいなので、二次電子検出器の像ではなく、反射電子検出器の像を観察結果とすることも十分可能になりました。反射電子検出器の像は組成由来の像なので、二値化して面積比率を出すなど画像解析にも利用しやすい像なのです。

ソフトマテリアル研究の未来とクライオEM

ソフトマテリアル分野でクライオEMの利用は広がってきましたが、「これからまだ広がる」と西野准教授は確信を持っています。今、食品業界、化粧品業界、それに電池分野での利用は広がりつつありますが、ソフトマテリアルを扱う業界/分野はそれらにとどまりません。クライオEMが認知されていない業界/分野も多くあります。そうした業界に、西野准教授らは今後も啓発を続けていくそうです。新たに導入したクライオSEMで撮影した鮮明な画像はその際の強力なプレゼン資料のひとつになるのかもしれません。

西野 有里 (にしの ゆり)

兵庫県立大学大学院理学研究科 生命科学専攻 細胞構造学分野 准教授

2001年より理化学研究所放射光科学総合研究センターにて研究員。
2013年より兵庫県立大学理学研究科にて特任助教。
2025年より現職。

製品情報

【販売終了】JSM-IT800 ショットキー電界放出形走査電子顕微鏡

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