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世界最小、高性能分光計 誕生の裏側

2013年秋、最大の山場を乗り越えたNMR spectrometer Z(JNM-ECZSシリーズ)開発は、社内のあらゆる人間を巻き込み、怒濤のごとく突き進み始めた。

「やってやる」

秋が訪れた。
ソフトウェアチームのスタッフが全精力を注ぎ込んだプログラムが、ついに完成し、新分光計の開発はハードウェアとソフトウェアを “ドッキング”させる段階に移っていた。
装置の開発は、ドッキングしてからが本番だ。さまざまな使用シーンを想定したテストを繰り返し、不具合や改善点を見つけてはそれを一つずつ修正・調整していく。システムを最適化していくには、長期間、気の遠くなるような作業が続くものだが、リリース予定の日はすぐ近くまで迫っていた。
「(2014年のブラジル)ワールドカップまでは難しいだろうな」
「いや、(2016年のリオ)オリンピックも怪しいんじゃないか」
口さがない社員は、そう噂した。
だが、その噂が、蜂谷の闘争心に火をつけた。
「やってやる」
ここまで血を吐く思いで開発を続けてきたスタッフたちに、傷を付けさせるようなことはしない。ドッキングを果たしたことで、自身の中にも芽生え始めていた安堵感を振り切って、蜂谷はもう一度鬼の形相でスタッフの前に立った。
「間に合わせる。リリースまでノンストップでテストを続けるぞ」
半年前、配属から間もない「新兵」同然に右往左往していた彼らであれば、その顔は歪んでいたところだ。だが、そうならなかった。あれからハードウェアチームは不可能と思われた小型化をやりとげた。ソフトウェアチームもゼロから再スタートとなった作業を見事に仕上げてきた。絶望的とも思えた状況を乗り越えたことで、自分たちにはやれるという自信が生まれていた。新兵は、一人前の戦士に成長していたのだ。

人を引きつける

その熱は、開発スタッフ以外にも伝わっていた。装置のテストやブラッシュアップは、開発スタッフたちだけでできるものではない。並行して作業を進めるためには、試作機の手配が何台も必要で、関連部署のスタッフが総出で当たる。これだけの規模の装置をテストするには、基礎から応用にわたる様々な用途やシーンを想定したリソースも必要だ。
テストを手伝ってほしい、とスタッフたちは社内を走り回り、頭を下げた。すると、だれもが快く協力を引き受ける。片手では足りない数の試作機がたちまち制作され、社内のあちこちに配置された。9月、10月、11月。日を追ってテストに携わる人間は増え、そのスピードも加速度的に高まっていった。

「会社全体が、この装置のために集中してくれた」と蜂谷は振り返る。

JEOL RESONANCEにとって分光計のフルモデルチェンジは10数年ぶり。それに加え、世界最高クラスの性能と世界最小のサイズ、これまでにない洗練されたデザインというトピックが、否が応でも興味をかき立てていた。まるで、プロジェクト自体が磁力を発しているかのように、周囲の人間をひきつけていたのだ。

最後の山

「ん、この信号はなんだ」

2013年冬、テスト測定を行っていたあるスタッフがつぶやいた。特定の条件が細かく重なったときに、きれいに観測できない信号が発見された。こういうものは、得てして土壇場で顔を出すものだ。
その頃、検証作業は、まさに社をまるごと巻き込んでの仕事になっていた。
自身もNMRの元エンジニアで、前機種の開発に携わっていた社長の穴井までもが作業に顔を出すようになっていた。
多くのスタッフは、これまでも山ほど装置のトラブルを克服してきたのだから、今度もすぐ解決できるだろうと思っていた。だが、穴井はその信号に不可解なものを感じていた。

「これは長引くんじゃないか」と

予言は的中した。調査を繰り返してみたが、突破口がなかなかつかめない。12月の終わりから1月にかけて、毎日、緊急夕礼が行われた。穴井や技術統括部長の末松も毎夕、会に加わった。その日行った作業と報告がなされては、次の案が出されていく。幾度となく試行錯誤が繰り返された。「レアケースでも見逃すことはできない、あとこれだけなのに」蜂谷の心には、焦りとも嘆きとも違う感情が大きく影を伸ばしていた。
アイデアが枯渇すると、スタッフは全社を回ってエンジニアを引っ張ってきた。「過去にこんな症状を見たことはありませんか」すがるように尋ねる。アドバイスを受けて、ありとあらゆる可能性を試していく。
そんな検証を重ねて、1か月が過ぎようとしたころ、なんとなく尻尾を捕まえた。システムを最適化する上で、ある部品選定に改善の余地があることが分かった。だが、その部品を変更するとなると、場合によっては根本設計を組み直す必要も出てくるかもしれない。さすがに今からではリリース予定に間に合わない。さしもの蜂谷も、心が折れかけた。

揺るがぬ思い

「飲みにいこう」
テストの手を休めようとしないスタッフたちに、技術部統括部長の末松が声をかけた。つかの間の休息だった。
居酒屋に席を移しても、テスト手法の議論は続く。ハードウェア設計リーダーのMは、その輪の中心で口角泡を飛ばしていた。気づくと、隣にいつの間にか末松が席を移してきていた。今日試した方法についてひとしきり反省会めいた議論をした後、末松がさりげなく尋ねてきた。
「改修、間に合うと思うか?」
蜂谷に聞いても、やれるとしか言わない。事実、蜂谷はなんとしてもやり遂げるつもりだった。だが、発売を告知した後、万が一にも遅れが生じては、待ち望んでいる顧客に迷惑をかけてしまう。上層部としては、現場の正直な感覚をつかんでおきたかった。
コップを飲み干すと、Mはまっすぐに統括部長を見据えた。

「蜂谷さんが『できる』といっているので、できると思います」

数日後、その言葉は、がぜん真実味を帯びることとなった。あらゆる可能性を洗い直している中で、あるスタッフが、試験的に予備実装しておいた機能に着目した。基板から削除するかどうかの議論があったが、「念のために」と蜂谷が判断し、そのままにしておいたものだった。進化に伴って不要になった尾てい骨のような存在だったが、その機能を使えば、根本設計を変えなくてもいけるかもしれないと気づいたのだ。
「こんなこともあろうかと!」蜂谷は場をなごませようと大声を上げたが、内心、藁にもすがる思いだった。

潮流の行方

2014年9月16日 1号機を出荷

「それでいこう」
蜂谷が、声の震えを押し殺してうなづく。チームは、総出で改修にかかった。本来は業者に依頼する作業である小さなチップの装着を、急ぎ手はんだで張り替えては実験。ボードを壊してしまうこともあったが、時間にはかえられない。担当の枠もとっくに消えてなくなり、疲労のピークはとっくに越えている。だが、スタッフの士気は衰えない。改修にともなって発生する問題をひとつずつクリアしていく。これで行けるか、まだ見えない。これならどうだ、もう少し。実験のたびに足がかりを一つずつ見つけては、また一歩、また一歩、最後の坂道を登っていった。

2014年8月。NMR spectrometer Zがリリースされた。

絶体絶命のピンチに何度となくさらされてきたことを思えば、驚異的なスピードだ。
なんとしても世に送り出してみせる。世界を驚かせてみせる。蜂谷の強烈な思いが、熱を帯びて周囲に伝播。ついには全社を動かす潮流を引き起こすまでになった。
記者からの取材を終えた統括部長の末松が、蜂谷の手をとった。
「よくやったな」
蜂谷が答える。
「やったのは僕じゃありません。彼らスタッフの力ですよ」
“黒鬼”の表情が崩れたのを、末松は見逃さなかった。

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