SpiralTOF による高質量分解能インソース分解の測定
MSTips No.228 日本電子株式会社 MS事業ユニット
はじめに
マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)とインソース分解(ISD)を組み合わせたタンパク質やペプチドの分析では、N末端やC末端からのアミノ酸配列情報を得ることができ、インタクトなタンパク質やペプチドのトップダウンシーケンシングに有効な手法である。しかし、MALDI‐ISDのフラグメントイオンの生成には高いレーザー強度が必要であり、質量分解能の低下につながる。本報告では、17mのらせん状のイオン軌道を実現し、高い質量分解能を達成できるJMS-S3000 “SpiralTOF™” を用いたペプチドのMALDI-ISD測定例を報告する。
実験
ACTH fragment 18-19とInsulin B chainをそれぞれ0.1%トリフルオロ酢酸溶液に10 pmol/μLの濃度で溶解した。マトリックスには、ISDのフラグメントイオンを高いS/Nで観測することができる1,5-diaminonaphtalene (DAN)を用いた[1]。DANは、0.1%トリフルオロ酢酸/50%アセトニトリル溶液に10 mg/mLの濃度で溶解した。試料溶液とマトリックス溶液は等量混合し、1 μLをターゲットプレートに滴下した。
結果
はじめに、ペプチドの分布をMALDIイメージングを用いて調べた。Fig.1a、bはそれぞれ、DANの結晶の光学顕微鏡像とInsulin B chainのISDにより生成したy10-ion (m/z 1215.6)のマスイメージである。両者を比較するとy10-ionは、DANの円形の結晶の縁から多く検出できた。そこで以下の測定では、レーザー照射を縁に沿って行うことで、 MALDI-ISDのフラグメントイオンを効率よく検出し、高感度なマススペクトルを取得できた。ACTH fragment 18-39とInsulin B chainのISD測定で得られたマススペクトルをそれぞれFig.2a、bに示す。 ACTH fragment 18-39のフラグメントイオンは主にc-ionが生成したのに対し、Insulin B chain からはy-ionが主に生成した。 MALDI-ISDの開裂経路は、塩基性アミノ酸がN末端にある場合はc-ionが主に生成し、C末端側にある場合はy-ionが主に生成する[2]。すなわち、これら開裂経路の違いは、末端基ペプチドに塩基性アミノ酸が存在についての情報を与える。次に、ACTH fragment 18-39、Insulin B chainのフラグメントイオンの質量精度を外部標準法で評価した結果(N=3)をTable 1、2にまとめた。ACTH fragment 18-39、Insulin B chainのフラグメントイオンの質量誤差(絶対値の平均)は4 ppm、と4.7 ppm以内と高い質量精度が得られた。
【Fig.1 (a) Optical microscope image of DAN crystal、(b) MALDI imaging of m/z 1215.6 (y10 ISD fragment ion of oxidized Insulin B chain (width 3.0mm x height 3.0mm、interval 0.05mm).】
【Fig.2 ISD mass spectra for (a) ACTH18-39, (b) oxidized Insulin B chain.】
![]() 【Table1 Accurate mass measurement results for c-ion series of ACTH fragment 18-39.】 |
![]() 【Table2 Accurate mass measurement results for y-ion series of oxidized Insulin B chain.】 |
まとめ
本報告では、SpiralTOF™ を用いた標準品ペプチドのMALDI-ISDの測定例を報告した。MALDI-ISD測定では、通常の測定よりも高いレーザー強度が必要となり、従来のリフレクトロンTOFMSでは質量分解能や質量精度の低下を招くが、 SpiralTOF™ を用いれば高質量分解能 (20,000~30,000) を達成でき、 外部標準法でも高質量精度でフラグメントイオンをアサインできることがわかった。
参考文献
- Issey Osaka, Mami Sakai, Mitsuo Takayama, 5-Amino-1-naphthol, a novel 1,5-naphthalene derivative matrix suitable for matrix-assisted laser desorption/ionization in-source decay of phosphorylated peptides, Rapid Communications in Mass Spectrometry, Volume 27, Issue 1, pages 103–108, 15 January 2013.
- Mitsuo Takayama, The Characteristics of In-source Decay in Mass Spectrometric Degradation Methods _Hydrogen-Attachment Dissociation (HAD), J. Mass Spectrom. Soc. Jpn., Vol. 50, No. 6, 2002.
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