フタル酸エステル類に代わる代替素材を可塑剤に使用したPVC樹脂中の不純物分析
MSTips No.240
概要
樹脂の可塑剤として使用されるフタル酸エステル類は、内分泌攪乱物質としての人体への影響が懸念されていることから、その使用については様々な規制により制限されている。電子・電気機器の分野では、欧州におけるRoHS指令がフタル酸ジイソブチル(DIBP)、フタル酸ジブチル(DBP)、フタル酸ブチルベンジル(BBP)、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)の4種類を規制しており、玩具・育児用品の分野では、DBP、BBP、DEHP、フタル酸ジ-n-オクチル(DNOP)、フタル酸ジイソノニル(DINP)、フタル酸ジイソデシル(DIDP)の6種類が欧州、米国、中国、日本で規制されている。
これら規制対象のフタル酸エステル類については、代替素材を使用する対策が進められているが、フタル酸エステル類は製造工程や保管時にコンタミネーションが起こり易いことが知られている上に、トリメリット酸トリス-2-エチルヘキシル(TOTM)等の一部の代替素材については、原材料の不純物に起因してDEHP等の規制対象成分が含有している可能性がある。本報では、代替素材を可塑剤に使用している市販製品のPVC電線をIEC 62321-8:2017[1]において定められているPY/TD-GC-MS法で分析し、規制対象のフタル酸エステル類について定量すると同時に、規制対象外のフタル酸エステル類やその他不純物についても検出を試みたので結果を報告する。
実験
サンプルのPVC電線は金属導線を除去した樹脂部分のみを約0.5mg切り出してPY/TD-GC-MS法により測定した。定量に必要な標準試料は、産業技術総合研究所が製造・販売する認証標準物質 NIMJ CRM 8152-a(P/N:782301924)を使用した。NIMJ CRM 8152-aは、DIBP、DBP、BBP、DEHP、DNOPを約1000ppmの濃度で含有するPVCのペレットであり、測定に際しては50mg/mLのTHF溶液として調整した上で、試料カップに10μLをマイクロピペッターで分取し、更に当該試料に含まれていないDINPおよびDIDPについて、予め調製した0.1mg/mLのn-ヘキサン溶液を5μL添加し、標準試料とした。サンプルおよび標準試料の測定条件をTable 1に示す。
Table 1. Measurement condition of PY/TD-GC-MS
PY | |
---|---|
Furnace temperature | 200 ℃→20℃/min→300℃→5℃/min→340℃(1min) |
Interface temperature | 300℃ |
GC | |
Column | UA-PBDE, Length 15m, Internal Diameter 0.25mm, Film thickness 0.05μm |
Injection port temperature | 320℃ |
Column oven temperature | 50℃(0min)→30℃/min→200℃(0min)→20℃/min→300℃(5min) |
Injection mode | Split(50:1) |
Carrier gas | He, 1mL/min |
MS | |
Ion source temperature | 230℃ |
Interface temperature | 320℃ |
Ionization mode | EI, 70eV |
Ionization current | 50μA |
Relative EM voltage | +300V |
Measurement mode | SIM/Scan simultaneous acquisition |
SIM monitoring ion(※1) |
|
Scan range | m/z 50~1000 |
※1 …Bold and underlined numbers are Quantification ions
測定結果
PVC電線を測定した際のScan測定のTICCとSIM測定のEIC(m/z 223、279、293、307)をFigure 1に示した。Scan測定からは、テレフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHTP)、DIDP、DINP、TOTMが検出され、SIM測定からは、DBP、DEHPが検出されている。標準試料を一点検量線とした定量解析により算出した各フタル酸エステル類の含有濃度は、DBPが266ppm、DEHPが90ppm、DINPが3650ppmであった。DIDPは、定量解析の結果より10%を超える濃度が推定されており、TICC上のピーク強度が極めて大きいTOTMと併せて可塑剤としての意図的な使用が考えられる。一方、それ以外の成分については、ppmの濃度で検出されていることから不純物と考えられる。
DEHTPとDNOPについて
今回検出された可塑剤のうちDEHTPは、構造異性体のDNOPと保持時間が極めて近接している。PVC電線から検出されたDEHTPのマススペクトルと標準試料におけるDNOPのマススペクトルをFigure 2に示す。両化合物のマススペクトルは、ともにDNOPの定量イオンであるm/z 279のピークを有するが、マススペクトルのパターンには大きな違いが見受けられる。特にm/z 261はDEHTPに特有であり、両者の違いを示す大きな特徴となる。当該質量はSIMにおけるモニターイオンに設定されていないため、DEHTPとDNOPを識別するためには、SIM測定だけで無く、Scan測定によるマススペクトルの確認が重要である。また、確認イオンであるm/z 167とm/z 279の強度比にも大きな違いが見受けられるため、SIM測定において両者の識別に利用することが可能である。

Figure 1. Measurement result of PVC resin by PY/TD-GC-MS

Figure 2. Mass spectrum of DNOP & DEHTP
[1] Determination of certain substances in electrotechnical products - Part 8 : Phthalates in polymers by gas chromatography-mass spectrometry(GC-MS), gas chromatography-mass spectrometry using a pyrolyzer/thermal desorption accessory (PY/TD-GC-MS), Edition 1.0 2017-03
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