ヘッドスペース-GC-MSによるコーヒー試料の網羅的解析+未知成分解析 ー多変量解析PCA分析による特徴成分の抽出と高分解能MSによる成分同定ー
MSTips No.242
はじめに
質量分析装置の高性能化に伴い、今まで観測できなかった微量成分や未知成分を分析できる時代がはじまっている。得られる情報量が増える一方で、観測された数多くの成分を簡便に分析する手法を望む声は多く、多変量解析をはじめとする網羅的解析の需要と必要性が高まっている。
本報では高分解能GC-MSを用いた網羅的解析と、ソフトイオン化法とEI法による未知成分解析を組み合わせた新しいノンターゲット分析のアプローチについて紹介する。
測定方法
測定条件をTable1に示す。試料は産地の市販のコーヒー4種 (A:インドネシア産、B:エチオピア産、C:ガテマラ産、D:ブラジル産) とした。測定は一試料n=5で行った。試料調整は以下の通りである。
- 22mL容量のHSバイアル瓶にコーヒー豆1gを入れ、100°Cに沸騰させた水を15mL注いで密封した。
- 室温まで冷却後、上澄み液10mLをHSバイアルに取り、内部標準液 (p-Bromofluorobenzene)2µLを注入した。
- 2mL毎にHSバイアルへ封入したものをサンプルとし、測定に供した。
Table1 Mesurement condition
Head Space condition
System | MS-62070STRAP (JEOL) |
---|---|
Mode | Trap mode |
Extract | 3 times |
Heating condition | 60°C, 15min |
GC-TOFMS condition
System | JMS-T200GC (JEOL) |
---|---|
Ionization mode | EI+: 70eV, 300μA, FI+: -10kV, 8mA (Carbotec 5μm) |
GC column | ZB-WAX (Phenomenex社製), 30m x 0.18mm, 0.18μm |
Oven temp. | 40°C (3min)→ 30°C/min→ 250°C (10min) |
Inlet temp. | 250°C |
Inlet mode | Split30:1 |
He flow | 1.0mL/min (Constant Flow) |
m/z range | m/z 35-600 |
Spectrum recording speed | 0.3 sec |
Software | AnalyzerPro (SpectralWork社製) |
結果
Fig.1に得られたTICクロマトグラムを示す。各試料において観測された成分のうち、高強度で検出された成分の差は目視で確認することができたが、それでも全ての差異成分を1つ1つ手動で解析するには膨大な時間が掛かる。また低強度の成分や、TICベースラインに埋もれた極微量成分の解析は、分析者が変わると結果が変わる可能性があるため、試料間の観測成分比較・差異分析においては、ピーク検出などを同一の解析条件とできるソフトウエアを使った自動解析が有効である。今回、コーヒー中揮発成分の網羅的解析には、SpectralWorks社製のAnalyzerProを用いた。AnalyzeProでは、はじめにデコンボリューションを実行しクロマトグラムから対象成分を抽出する。そして、デコンボリューションで得られた成分のマススペクトル全てに対してNISTライブラリ検索を自動で行う。得られた結果をリスト化し、それらリストを用いたPCA分析や分散分析を行うことが可能である。
Fig.2 にPCA分析結果を示す。PCAスコアプロットにおいて測定データを産地毎に分類することができた。特に第1主成分軸でインドネシア産 (A) とその他の地域原産のコーヒーを分離することができた。次にPCAローディングプロットを作成し、第1主成分の正の分離に寄与した成分、つまりインドネシア産 (A) に特徴的だった成分の定性分析を行った。PCAローディングプロットのうち、第1主成分軸の正側の拡大図 (Fig.2中赤枠部分) をFig.3に示す。
Fgi.3に示した4成分は第1主成分の正側の分離にもっとも寄与した成分であるが、4成分のうち3成分はNISTライブラリ検索によって同定することができた。例えばPyridineはコーヒーの香気成分として知られる成分であるが、インドネシア産 (A) のコーヒーにおける含有量は他地域の2倍以上であり、インドネシア産に特徴的な成分であることが分かった。

Fig.1 TIC chromatograms.

Fig.2 PCA score plot and loading plot.

Fig.3 Enlarged view for the PCA loading plot.

Fig.4 EI and FI mass spectra and accurate mass measurement results for the unknown component in the Indonesian coffee.

Fig.5 Estimated structure formula for the unknown component in the Indonesian coffee.
Fgi.3に示した4成分のうち1成分(図中?の成分)に対してNISTライブラリ検索を行った結果、Match Factorが1位の候補で682と低く、この成分はNISTライブラリデータベースに未登録であると推測された。そこでこの成分に対し、ソフトイオン化法FI法による分子式の推定と、EI法で観測されたフラグメントイオン組成演算結果を用いた構造式の推定を行った。
Fig.4にFIマススペクトルと同位体パターン及び精密質量解析結果、EIマススペクトルと精密質量解析結果を示す。FIマススペクトルで観測されたm/z124の同位体パターン及び精密質量解析を行ったところ、その組成はC7H8O2、不飽和数4と推定された。不飽和数が整数値だったため、このm/z124は分子イオンと判断された。次に得られた分子式候補C7H8O2の元素種・個数でEIフラグメントイオンの精密質量解析を行ったところ、全ての組成を得ることができた。このことからも、この未知化合物の分子式がC7H8O2であることが示唆された。得られたEIフラグメントイオンの組成式から、Fig.5に示す構造を推定した。EIフラグメントイオンとして観測されたm/z96は、分子イオンからのCO脱離とエチレン脱離によって生じたダブレットピークであった。高分解能MSでは、このような同じ整数値をもつフラグメンテーション(CO脱離、エチレン脱離は共に28uの脱離である)でも、異なる精密質量を有しているため、各々で生じるフラグメントイオンを分離して検出することが可能である。観測されたEIフラグメントイオンの組成を正確に知ることで、構造式の推定が可能となることが示された。
まとめ
多変量解析PCA法は、多検体間において差となっている特徴的な成分を抽出することが可能である。しかし、抽出した成分がNISTライブラリデータベースに未登録だった場合、低分解能GC-MSではその同定が困難となる。そのような場合、精密質量解析が可能な高分解能GC-MSを用いたソフトイオン化法による分子式の推定、EI法による構造式の推定が有効である。
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