熱分解GCxGC-MSを用いたイオン交換樹脂の定性分析
MSTips No.274
はじめに
第5世代のGC-TOFMS、JMS-T200GC AccuTOF GCx-plusは、GC-MSで一般的に使用される電子イオン化(EI)法の他に、電界イオン化(FI)法、光イオン化(PI)法といった多彩なイオン化法を用いた測定が可能な高分解能GC-MS装置である。
PI法はイオン化室内に真空紫外(VUV)光を照射し、8~10eV程度の光エネルギーを試料分子に与えてイオン化する方法である。一般的な有機化合物のイオン化エネルギーは8~11eVであるため、イオン化する際のエネルギーが低くフラグメントイオンの生成を抑制できるソフトなイオン化法に分類される。
本MSTipsでは、熱分解GCxGC-MS法と、EI法、PI法2つのイオン化法を用いてイオン交換樹脂の劣化前後の比較を行ったので報告する。

Vinylpyridine and Divinylbenzene copolymer structure
結果
熱分解GCxGC/TOFMS条件をTable1に示す。
Table 1 Measurement condition
[Pyrolysis condition] | |
---|---|
Pyrolysis Temp. | 450°C |
[GCxGC condition] | |
1st column | Trajan SGE BPX5, 30m x 0.25mm, 0.25um |
2nd column | Trajan SGE BPX50, 2m x 0.1mm, 0.1um |
Oven temp. | 50°C (3 min) → [5°/min] → 320°C (13 min) |
Inj. Temp. | 300°C |
Inj. Mode. | Split mode (200:1) |
Column flow | 1.2 mL/min |
Modulation period | 6 sec |
[MS condition] | |
MS | JEOL, JMS-T200GC |
Ion source | EI/PI combination ion source |
Ionization | EI+, 70 eV, 300 uA PI+, D2 lamp: 115-400 nm (10.8 eV@115 nm) |
Mass range | m/z 40-600 |
はじめに熱分解法とGCxGCを組み合わせた方法の高い分離能を評価するために、通常の1DGCと2DGCのデータのピーク分離について検討した。Fig.1に熱分解1DGCと、熱分解2DGCのTICクロマトグラムを示す。熱分解1DGCのデータでは多くのピークが共溶出しているため、各ピークの成分を正確に同定することは困難であった。一方、熱分解2DGCデータでは、1次元カラムでは共溶出している成分も2次元カラムにより分離することができた。
今回測定したイオン交換樹脂劣化前サンプルの熱分解GCxGCデータを自動解析したところ、約600成分が検出された。

Fig.1 Comparison of the 1DGC and 2DGC TICCs
Fig.2に劣化前後の熱分解GCxGC/EIのTICクロマトグラムを示す。 劣化後のTICクロマトグラムでは、モノマー領域、ダイマー領域、トライマー領域において熱分解生成物が増えていることが分かる(Fig.2中の赤点線の領域)。今回の劣化は非酸化性雰囲気下でイオン交換樹脂を200℃に加熱することで行った。この劣化処理により、劣化前の通常品に比べて反応性の高い不安定な末端を有したコポリマーが多く生じ、その結果、それら末端不安定コポリマーがより多くの熱分解生成物を生じさせたものと推測される。
Fig.3にNISTライブラリーサーチし同定できた成分を示す。モノマー領域においては、Di-alkyl benzene類、 Vinyl benzene類、そしてPyridine類を明確に分離して検出することができた。ダイマー領域、トライマー領域においても多くの化合物を分離して検出することができたが、多くの成分でマッチファクタースコアが低く、それらはライブラリーデータベースに未登録の未知成分であると推測された。未知成分の定性解析を行う場合、ソフトイオン化法データを用いた分子イオン解析が有効である。例としてFig.3中の成分A、B、C、Dの精密質量解析結果をFig.4に示す。4つの成分に対してPI法で分子イオンを確認することができており、また分子イオンの精密質量解析と同位体パターン解析により組成式候補を一意に決定することができた。

Fig.2 Comparison of the 2DGC TICCs

Fig.3 GCxGC/EI qualitative analysis result

Fig.4 Mass spectra and accurate mass analysis for the compound A , B. C and D on the 2DGC TICC.
まとめ
- GCxGC TICCを比較することで、劣化前後サンプルの差異を容易に見つけることが可能であった。
- EIデータを用いたNISTライブラリーサーチはGC-MS定性解析で有用ではあるが、それだけでは同定できない成分は多数存在する。
- 未知成分の定性解析を行う場合、ソフトイオン化法データを用いた分子イオンの精密質量解析が有効である。
イオン交換樹脂などの合成高分子の熱分解測定では、多種多様な成分が生じるが、熱分解GCxGCによる高分離能と、TOFMSならではの精密質量解析が成分同定に有効であることが示された。
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