JMS-S3000 "SpiralTOF™-plus"を用いた紫外線照射によるポリエチレンテレフタレートの劣化のイメージング質量分析
MSTips No.307
マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計(MALDI-TOFMS)は、ポリマーの分析において強力なツールである。MALDIはおもに1価イオンを生成するために、マススペクトルの横軸(m/z)がポリマー由来イオンの質量となる。高質量分解能MALDI-TOFMSを使用すれば、繰り返し単位や末端基の組成の違いによるポリマーシリーズの識別が容易に可能となり、またそれぞれの分子量分布を算出することができる。最近では、ケンドリックマスディフェクト(KMD)法を用いることで、複雑な高質量分解能マススペクトルに含まれるポリマーシリーズを容易に可視化することができるようになった。また、MALDI-TOFMSを用いたイメージング質量分析(MSI)では、試料表面のポリマーの局在情報の可視化も可能である。MALDI-MSIは主に凍結組織切片に含まれる、タンパク質、ペプチド、代謝物、投与薬物などの局在情報を得るために技術開発がすすんでいる。工業材料では、ポリマー中の添加剤の局在分布の可視化に用いられることが多いが、ポリマーそのもの局在情報の可視化への応用例はまだ少ない。既報[1]では、ポリマー局在分布を可視化する方法として、KMD法と組み合わせる手法を報告した。本報告では、耐光性に優れるポリエチレンテレフタレート(PET)の紫外線による劣化解析にMSIを適用すべく条件検討を行ったので報告する。
実験

Fig. 1 Schematic of the model sample.
サンプルには、Poly(ethylene terephthalate) (SCIENTIFIC POLYMER PRODUCTS, INC. 製)を10mg/mLとなるようにへキサフルオロイソプロパノール(HFIP)に溶解した。マトリックスには、2,4,6-トリヒドロキシアセトフェノン(THAP)を10mg/mLでテトラヒドロフラン(THF)に溶解した。まず、PET溶液を測定領域の右上部にスポットし、ハンディキュア100(ミズカプランニング社製)を用いて紫外線照射を行った。20分後に紫外線照射を中断し、測定領域左上部にPET溶液をスポットした。その後、さらに10分間紫外線照射を行った。最後に測定領域下部にPET溶液をスポットした。すなわち、紫外線照射時間は、右上部、左上部、下部でそれぞれ30, 10, 0分となる(Fig. 1参照)。このサンプルの上からTHAP溶液をエアブラシでスプレーした。MALDI-MSI測定は、JMS-S3000のSpiralTOF正イオンモードで測定を行った。ピクセルサイズは50µmとした。MSI解析にはmsMicroImager™を、KMD解析にはmsRepeatFinderを用いた。
結果
Fig. 2に測定領域全体の積算マススペクトルを示す。積算マススペクトルには、PETのモノマーに相当する192u 間隔(C10H8O4)のシリーズが主に2つ観測された。積算スペクトルのピークリストをエクスポートし描画したKMDプロット(Base unit C10H8O4, X = 193)を示す。主なシリーズの1つ(KMDプロット中 青色 シリーズI)は, 紫外線照射前から観測されていた環状オリゴマーのナトリウム付加イオンである。もう1つは(KMDプロット中 赤色 シリーズII)は, 紫外線照射による劣化後に観測されたシリーズであり、光酸化反応により生成したCOOH/COOH末端をもつシリーズのナトリウム付加イオンと推定される。

Fig. 2 Accumulated mass spectrum of measurement region (a) and KMD plot (base unit C10H8O4, X=193) (b). Cyclic oligomers of PET(Series I) and photo-oxidative degradation PET series (Series II) were mainly observed.
次にシリーズI, IIのイメージを作成した(Fig. 3)。各シリーズのイメージは、KMDプロットでグループ化してピークリストを抽出し、そこに含まれる各m/z のマスイメージを抽出し合算した。シリーズIは、紫外線照射前に最もイオン強度が強く、照射時間が長くなると減少していることが分かる。また、シリーズIIは、紫外線照射前には観測されておらず、照射時間が長くなるにしたがってイオン強度が増加していくことが分かる。Fig. 4には、紫外線照射時間0, 10, 30minの領域のROI(関心領域)マススペクトルを示す。紫外線照射0minのマススペクトルをみると、環状オリゴマーのシリーズ以外に、環状オリゴマー+C2H4Oのシリーズのナトリウム付加イオン(シリーズIII)が観測されている。シリーズI, IIIは、紫外線照射が経過するにしたがってイオン強度が減少していることが分かる。また紫外線照射にしたがって増加するシリーズとして、前述のシリーズII以外にCOOH/OH末端をもつシリーズのナトリウム付加イオンと推定されるシリーズが観測された(シリーズIV)。

Fig. 3 Images of the cyclic oligomer of PET series (series I) and the ultraviolet degraded PET polymer series (series II).

Fig. 4 ROI mass spectra of UV irradiation time 0, 10 and 30 minutes. The originally observed polymer series, I and III, were reduced according to the irradiation time. On the other hand, the polymer series generated by photo-oxidative degradation, II and VI, were increased according to the irradiation time.
まとめ
本報告では、PETの紫外線照射による劣化を用いて、MSIにおける合成高分子の劣化の解析方法を検討した。その結果、高質量分解能MALDI-TOFMSを用いれば、劣化により元来観測されていたシリーズの減少や、劣化により新しく生成するシリーズの増加を分離検出できるため、それを指標に劣化の度合いやその空間分布を捉えられることが分かった。
参考文献
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