ソフトイオン化法 (CI, FI, PI)を用いたベースオイルのGCxGC-TOFMS分析
MSTips No.285
はじめに
これまでGC-MSを用いたベースオイルなどの石油製品における含有炭化水素の定性解析・タイプ分析は、常に高い需要がある。EI法を用いた包括的二次元ガスクロマトグラフ-飛行時間質量分析(GCxGC-TOFMS) はベースオイルのような複雑な混合物の定性解析に強力な方法だが、EI法はハードイオン化法故にしばしば分子イオンのピークが観測されない。飽和炭化水素化合物などはその典型であるが、そのような化合物の分子イオンの検出には、ポジティブCI, FI, PIといったソフトイオン化法が有効である。
今回3種のソフトイオン化法を用いたGCxGC-TOFMS測定を行い、ベースオイル中の代表的な成分のマススペクトルおよび分子イオン等を比較したので紹介する。
Table 1. Measurement conditions
Sample | Base oil dilution with Hexane (1:25 (CI, FI, PI), 1 : 100 (EI)) |
Instrument | JMS-T100GCV “AccuTOFTM GCv 4G” (JEOL Ltd.) KT2006 (GCxGC module , ZOEX) |
GCxGC conditions | |
Inlet | Cool on column |
Inlet mode | Track Oven |
1st Column | ZB-1HT Inferno (15m x 0.25mm, film thickness 0.1μm, Phenomenex) |
2nd Column | ZB-35HT Inferno (1m x 0.1mm, film thickness 0.05μm, Phenomenex) |
Oven temp. program | 50°C (1min) → 3°C/min → 370°C (23min) |
Carrier gas flow | 1.2mL/min (He, Constant flow) |
Modulation period | 5sec |
Injection volume | 0.5μL |
MS CONDITIONS | |
Ionization mode | EI (+) : 70eV, 300μA CI (+) : 200eV, 300μA, CH4 (95%) + NH3 (5%), 1.0mL/min PI (+) : D2 lamp FI (+) : -10kV, Carbon emitter |
Interface temp. | 300°C |
Ion source temp. | EI : 200°C, CI : 200°C, PI : 200°C, FI : OFF |
Spectrum recording interval | 25Hz (0.04sec/spectrum) |
m/z range | EI, PI, FI : 40 – 900 CI : 100 - 900 |
結果
Fig.1に各イオン化法(EI, CI, FI, and PI)で測定し得られた2次元TICクロマトグラムを示す。TICクロマトグラム中に示すA~Dそれぞれのピークに対して、EIスペクトルのライブラリー検索と、ソフトイオン化法で確認された分子イオン(M+・) などの組成推定により定性解析を行い成分同定した(Fig. 1, Fig.2 and Table 2)。
Fig.1に示したベースオイル中の直鎖n-パラフィン(ピークA)と分枝型パラフィン(ピークB)のマススペクトルを比較したところ、特にFIスペクトルにおいて異なったピークパターンを示した。FIでは分枝型パラフィンにおいても分子イオンは観測されるものの、分岐部分を示すフラグメントイオンも強く観測される傾向があった。パラフィンのEIマススペクトルでは主にフラグメントイオンが観測されており、分子イオンは殆ど検出されなかった。ポジティブCIとPIでは、多くのフラグメントイオンとともに、ベースピークとして分子イオンや[M-H]+イオンとして検出された。
ステロイド(ピークC)と芳香族化合物(ピークD)は、特にFIとPIにおいて最も強く分子イオンが検出された。
全体的にFIはすべての化合物でフラグメントが最も少なく、よりソフトなイオン化法であると言える。分子イオン情報を用いたタイプ分析はFIが最も適していた。PIは分子イオンとフラグメントイオンの両方が観測されるため、分子式決定とともに構造情報を得ることが可能であった。

Fig.1. 2D TIC chromatogram

Fig.2. Mass spectra
Table 2. Comparison of the molecular-ion detection
EI | CI | FI | PI | |
n-paraffin | Fragments (mainly) M+・ (Very weak) |
[M-H]+ (mainly) + Fragments |
M+・ | M+・ (mainly) + Fragments |
---|---|---|---|---|
Branched-paraffin | Fragments (mainly) M+・(Very weak) |
[M-H]+(mainly) [M-H]+ + Fragments |
Fragments (mainly) M+・ |
M+・(mainly) + Fragments |
Steroids | M+・(mainly) + Fragments |
[M-H]+(mainly) + Fragments |
M+・(mainly) + Fragments |
M+・(mainly) + Fragments |
Aromatics | M+・(mainly) + Fragments |
[M-H]+(mainly) + Fragments (weak) |
M+・ | M+・ |
結論
EIマススペクトルのNISTライブラリー検索は定性解析の強力なツールであるが、パラフィンのように分子イオンが検出されにくい成分においては、ライブラリー検索結果の候補を絞り切れないケースも出てくる。そのような場合、ソフトイオン化/高分解能TOFMSシステムを用いた分子イオンの組成推定を行うことで、EI法のライブラリー検索のみでは絞り込めなかった化合物候補を一意に決定することが可能になる。また、NISTライブラリー検索では同定できなかった成分に対しても、各スペクトルで観測された分子イオンやフラグメントイオンの組成推定から分子式決定や構造解析を行うことが可能となる。
CI法はGC-MS用ソフトイオン化法として最も普及しているが、観測されたイオンは複雑で帰属が難しいケースがある。FI法はGC-MSを測定する上で最もソフトなイオン化法であり、容易に分子イオンを検出できる方法である。PI法は、EI法とFI法の中間的なデータが得られ、分子イオンとフラグメントイオンの両方の情報が得られるため、構造解析にも利用できる。FI法とPI法は、CI法のように反応ガスを必要としない点において、取り扱いが容易である。
JEOL AccuTOF™ GCシリーズは、EI/FI共用イオン源とEI/PI共用イオン源を有しており、EI法とソフトイオン化法をイオン源交換無しに切り替えて行うことが可能である。
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