通常GCからFastGC-MS/MS法への移行方法と農薬分析 Fast GC パッケージについて
MSTips No. 345
はじめに
食品中の残留農薬測定では多数の検体をいかに早く処理するかが大きな課題の1つである。ハイスループットGC-MS/MSシステム"JMS-TQ4000GC"では1秒間に最大1000種のイオンを定量測定できる。このシステムにFast GC条件を適用すると、農薬の一斉分析が15分で可能となる。しかしながらFast GC法については、厚生労働省の通知法「GC/MSによる農薬等の一斉試験法 (農産物)」で採用されているGC条件 (以下通常GC) と比べて測定例が少なく、測定条件設定をどのようにすべきかを懸念する声があるのも事実である。今回通常GC法からFast GC法への移行方法について、その要点と方法をまとめたので報告する。また合わせて日本電子が推進する農薬分析 Fast GC パッケージについても紹介する。
Fast GCについて
一般的に「Fast GC」とは、通常よりも細く、短いカラムを使用することで分離能を保持しつつ、GCオーブンの昇温レートを上げることで対象成分の溶出時間を早め、分析時間を短縮する手法のことを言う。Fast GCを選択する最大の目的は分析時間の短縮であり、そしてスループット向上による時間やコストの節約である。しかしながら、Fast GC条件については満たすべき特定の条件は存在しない (明確な規定は無い)。そのためFast GCを食品中残留農薬分析へ適用するにあたり、どのような条件設定を行うべきか、その明確な指標はない。そこで今回、以下3つの点について検討を実施したので報告する。
① 分離カラムの選択
② 測定条件 (GC条件) の設定
③ 通常の測定条件からFast GC条件へのメソッド移行手順の確立

JMS-TQ4000GC UltraQuad™ TQ
高感度・高速・多成分MS/MS測定を同時に実現したGC-MS/MSシステム
Fast GC用分離カラムの選択
食品中残留農薬分析において、通常使用されるカラムは微極性 (5系)、内径 0.25mm、膜厚 0.25μm、長さ 30m である。食品中残留農薬分析は複雑なマトリクス中の多成分一斉分析であるため、イオンの選択性が高いMS/MS測定が前提とは言え、できる限り分離能は落とさず測定できることが望ましい。またカラム内径が細いほど分離能は向上するが、カラムへの試料負荷量が下がってしまう。そこで、分離能に関連する各種パラメータから相比および理論段数を算出し、ほぼ同等の分離能が得られるカラムを選択することとした。通常GC法で使用されるカラムの相比と理論段数を計算したところ、それぞれ250、約140,000が得られた。試料導入量を極端に減らすことなく、通常GC法と同等の相比・理論段数を得るため、日本電子では内径 0.18mm、膜厚 0.18μm、長さ 20m の微極性カラムをFast GC用カラムとして選択し、測定法の開発を行うこととした。
[相比]
β = I.D. / 4df (β : 相比、I.D. : 内径、df : 膜厚)
通常GC法の相比 : 250 / (4 x 0.25) = 250
Fast GC法の相比 : 180 / (4 x 0.18) = 250
[理論段数]
N = 16 (tR / W)2 (N : 理論段数、 tR : 保持時間、W : ピーク幅)
通常GC法の理論段数 : 140,000
Fast GC法の理論段数 : 133,200
測定条件 (GC条件) の設定
通常GC法におけるGC条件で測定した場合、測定時間は31.5分となる。Fast GCとしての運用を考えれば、測定時間は通常GC法の半分以下である15分以下を目標としたい。そこで通常GC法における昇温速度及びHe流量を、測定時間15分以下となるよう最適化した以下に示すGC条件をFast GC条件として採用することとした。
[通常GC法]
カラム : 微極性 (5系)、内径 0.25mm、膜厚 0.25μm、長さ 30m
オーブン温度 : 50°C (1min) → 125°C (25°C/min,0min) → 300°C (10°C/min, 10min)、合計31.5min
流速 : 1.0mL/min
[Fast GC法]
カラム : 微極性 (5系)、内径 0.18mm、膜厚 0.18μm、長さ 20m
オーブン温度 : 50°C (1min) → 125°C (50°C/min,0min) → 300°C (30°C/min, 6min)、合計14.3min
流速 : 0.7mL/min
通常の測定条件からFast GC条件へのメソッド移行
通常の測定条件からFast GC条件へ移行する上で、残る課題は対象成分の保持時間を正確にアサインすることである。もちろん変更した測定条件で標準試料のデータを取得し、成分ごとに保持時間を確認しても移行は可能であるが、数百成分の保持時間を再確認する作業は非常に時間がかかる作業である。そこで、弊社多成分一斉定量解析プログラム「Escrime™」に搭載されているn-アルカン混合試料を用いた保持時間予測機能を使い、通常GC法で得た保持時間情報をFast GC法で使用可能な保持時間に変換することが可能かどうかを評価した。
通常GC法における農薬約400成分と対応するn-アルカンのSRMトランジションや保持時間の情報はEscrime™にプリインストール済みである (Fig.1)。プリインストール済みの通常GC法の保持時間情報を、Fast GC法で取得したn-アルカン測定データの保持時間と上記Escrime™の保持時間予測機能を用いて更新した結果と、実際にFast GC測定で得られた保持時間を比較したところ、両者の保持時間さは最大でも3秒程度と高精度に予測することが可能であった (Table 1)。

Fig.1 SRM transitions and retention times of n-alkanes and 400 pesticide components with conventional GC method
今回検討を行ったFast GC条件への変更に関しては、アルカン混合試料を用いた保持時間予測機能により通常の測定条件からの移行は容易に可能であると考えられる。つまり、SRM情報や通常GC法の保持時間情報は全てデータベースとして提供するため、Fast GC法に移行する際に必要な操作は「アルカン混合試料を1回測定する」だけである。
高感度・高速・多成分MS/MS測定を同時に実現したGC-MS/MSシステムJMS-TQ4000GCは、Fast GC法に最も適した装置である。今回日本電子が提案するFast GC法をまとめると、
- カラム : 内径 0.18mm、膜厚 0.18μm、長さ 20m の微極性カラム
- オーブン : 50°C (1min) → 125°C (50°C/min,0min) →300°C (30°C/min, 6min)
- He流速 : 0.7mL/min
- 保持時間更新方法 : 上記条件で取得したn-アルカン測定データの保持時間とEscrime™の保持時間予測機能の使用
となる。通常GC法からFastGC法への移行は容易であり、本システムを用いたFast GC測定を残留農薬分析に適用することで、スループット性の大幅な向上が期待できる。
Table 1 Retention time prediction accuracy
化合物名 | 保持時間 (設定) |
保持時間 (補正後) |
保持時間 (実測) |
保持時間差 |
---|---|---|---|---|
Atrazine | 12.36 | 6.04 | 6.03 | 0.01 |
Azinphos-methyl | 19.78 | 8.60 | 8.60 | 0.00 |
Benthiocarb | 14.70 | 6.85 | 6.84 | 0.00 |
Bifenthrin | 18.89 | 8.28 | 8.28 | 0.00 |
Chlorfenapyr | 16.87 | 7.59 | 7.58 | 0.01 |
Chloropyriphos-methyl | 13.74 | 6.51 | 6.51 | 0.00 |
cis-Permethrin | 20.84 | 9.06 | 9.03 | 0.03 |
Cyfluthrin 1 | 21.22 | 9.24 | 9.21 | 0.03 |
Cyfluthrin 2 | 21.32 | 9.29 | 9.25 | 0.04 |
Cyfluthrin 3 | 21.38 | 9.32 | 9.29 | 0.04 |
Cyfluthrin 4 | 21.42 | 9.34 | 9.30 | 0.04 |
Diflufenican | 18.34 | 8.09 | 8.08 | 0.02 |
Dimethoate | 12.16 | 5.97 | 5.97 | 0.00 |
Fenamiphos | 16.26 | 7.38 | 7.38 | 0.00 |
Fenarimol | 20.24 | 8.79 | 8.78 | 0.01 |
Fenpropimorph | 14.73 | 6.86 | 6.86 | -0.01 |
Flucythrinate 1 | 21.70 | 9.50 | 9.47 | 0.03 |
Flucythrinate 2 | 21.90 | 9.61 | 9.58 | 0.03 |
Fluvalinate 1 | 22.63 | 10.03 | 9.99 | 0.03 |
Fluvalinate 2 | 22.70 | 10.07 | 10.03 | 0.04 |
Kresoxim-methyl | 16.70 | 7.53 | 7.51 | 0.02 |
Malathion | 14.47 | 6.77 | 6.76 | 0.01 |
Methidathion | 15.94 | 7.27 | 7.27 | 0.00 |
Norflurazon | 17.94 | 7.96 | 7.95 | 0.01 |
Omethoate | 10.67 | 5.45 | 5.45 | 0.00 |
Oxadiazon | 16.55 | 7.48 | 7.47 | 0.01 |
Penconazole | 15.44 | 7.10 | 7.09 | 0.01 |
Pendimethalin | 15.30 | 7.05 | 7.05 | 0.01 |
Procymidone | 15.70 | 7.19 | 7.18 | 0.01 |
Pyrethrin 1 | 17.43 | 7.78 | 7.77 | 0.01 |
Pyrethrin 2 | 20.10 | 8.73 | 8.71 | 0.02 |
Spiroxamine 1 | 13.80 | 6.53 | 6.55 | -0.01 |
Spiroxamine 2 | 14.32 | 6.71 | 6.73 | -0.01 |
Tefluthrine | 12.94 | 6.24 | 6.23 | 0.01 |
Terbufos | 12.63 | 6.13 | 6.14 | 0.00 |
Terbutryn | 14.32 | 6.71 | 6.70 | 0.01 |
trans-Permethrin | 20.72 | 9.00 | 8.97 | 0.03 |
Trifluralin | 11.34 | 5.68 | 5.66 | 0.02 |
農薬分析 Fast GC パッケージ
この度日本電子では、農薬分析のFast GC測定に必要な物品、メソッド、アプリケーションサポートを揃えた「農薬分析 FastGC パッケージ」をリリースした。上記Fast GC法への移行から分析業務の立ち上げまで徹底サポートするパッケージとなっている。
Fast GC法によるスループット性向上が、食の安全を守る分析業務効率化の一助になれば幸いである。
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