岩石試料の総合非破壊分析ワークフロー ー元素分析から薄膜試料作製,TEM観察までー
EM2022-03
はじめに
岩石試料の観察・分析においては,これまで光学(偏光)顕微鏡や走査電子顕微鏡(SEM)による組織観察あるいは電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)による化学組成分析が主として行われてきた。火成岩や深成岩などの均質かつ平衡状態にある試料はこれらの方法で十分であるが,堆積岩や隕石試料といった不均質かつ非平衡な組織の試料については,これらの手法に加えて透過電子顕微鏡(TEM)による微細組織観察や相同定が必須である。
TEMで観察・分析を行うには,試料が電子線を透過しなければならない。そのため,SEMやEPMAでの観察・分析に用いるバルク試料は使用することができず,電子線を透過するTEM用の薄膜試料を別途作製する必要がある。近年,バルク試料の特定の箇所からTEM用薄膜試料を加工・作製できる集束イオンビーム装置(FIB)が注目されており,岩石・鉱物試料にも応用可能である。
本稿では,岩石試料のマクロ~ミクロ・スケールの観察・分析の総合ソリューションの提供を目的に,不均質かつ非平衡な組織を有する岩石を対象に,EPMA分析用試料作製(バルク試料作製),EPMA分析,FIBによる薄膜試料作製,そしてTEM観察・分析を行い,その一連のワークフローを紹介する。
岩石試料観察・分析ワークフロー

試料準備 | 薄膜範囲 視野選択 |
加工装置 | 試料損失 | |
---|---|---|---|---|
粉末法 | 非常に容易 | 広い(但し,視野探しが必要) 特定視野の選択困難 |
不要 | 多い |
イオンミリング法 (IS, PIPS(Gatan社)など) |
薄膜化の前処理工程が多い 相応の技術が必要 |
広い 光顕による特定視野の選択可 |
必要 | 多い |
FIB法 | 薄膜化の前処理工程が比較的容易 (SEM/EPMAと同等) |
狭い ピンポイントで特定視野の選択可 |
必要 | 少ない |
試料概要およびEPMA分析用バルク試料作製
本報告では,北大東島にて採集された天然の炭酸塩岩(東北大学大学院地学専攻井龍康文教授ご提供)を試料として用いた (図1) 。本炭酸塩岩は北大東島を構成する主要な岩石であり,造礁サンゴを主とする海洋生物の活動により形成された礁性石灰岩が,堆積後に続成作用(ドロマイト化)を経て形成されたと考えられている (Suzuki et al., 2006)。
先行研究(Suzuki et al., 2006)におけるX線回折分析より,本試料はMg炭酸塩鉱物であるドロマイト(CaMg(CO3)2)を主要構成鉱物とし,Ca炭酸塩鉱物であるカルサイト(CaCO3)を含んでいることが示唆されている。また,SEM観察により,カルサイトとドロマイトからなるcore-rim構造を持つ組織の存在が示唆されているが,その詳細な組織観察・分析結果は報告されておらず,両相の相関系や成因に関しては議論の余地を残している。
今回用いた試料は,採集地点の異なる2つの炭酸塩岩(試料1, 2)である。 EPMA分析に先立ち,精密切断にて観察面を切り出した試料片をベークライト樹脂で包埋した後,観察面の粗研磨~鏡面研磨を行うことでEPMA分析用バルク試料を作製した。帯電防止のため,研磨後観察面へのカーボン蒸着を行った。

図1 炭酸塩岩(天然試料)
EPMAによるバルク組織観察および元素分析
鉱物同定および元素分析には,JEOL製電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)JXA-iSP100を用いた。
図2,3(a)(b)に,試料1,2の後方散乱電子(BSE)像および波長分散型X線分光器(WDS)による元素マッピングの結果を示す。また,WDSによる定量結果を表1,2に示す。
<試料1>

図2 試料1の (a)BSE像(x100) (b)BSE像(x750) (c)元素マップ
表1 試料1の定量分析結果(カチオン比, O=6)
Spot | 1 (ア) |
2 (ア) |
3 (イ) |
4 (イ) |
---|---|---|---|---|
C | 1.99 | 1.98 | 2.04 | 1.99 |
Ca |
1.22 |
1.24 |
1.07 | 1.14 |
Mg | 0.80 | 0.81 |
0.85 |
0.88 |
Total | 4.01 | 4.02 | 3.96 | 4.01 |
酸素数を6として計算したときの, 各陽イオンの相対濃度を示す。
試料1は,多孔質な組織を呈する炭酸塩岩であり,空隙中には自形の炭酸塩結晶が多く成長している様子が観察された(図2(a))。
BSE像において,試料空隙中の自形炭酸塩結晶内に,core-rim構造様の組織が確認された(図2(b))。
元素マッピングおよび定量分析から,この自形結晶全体がドロマイト様の化学組成を示す一方,中央の明るいcore部分(炭酸塩(ア))はCaにやや富んでおり,周囲の暗いrim部分(炭酸塩(イ))はMgにやや富んでいることが分かった(図2(c),表1)。
<試料2>

図3 試料2の (a)BSE像(x100) (b)BSE像(x400) (c)元素マップ
表2 試料2の定量分析結果(カチオン比, O=6)
Spot | 1 (ウ) |
2 (エ) |
3 (エ) |
4 (オ) |
5 (オ) |
---|---|---|---|---|---|
C | 2.01 | 1.81 | 2.00 | 1.70 | 2.11 |
Ca | 1.03 | 1.20 | 1.05 |
2.00 |
1.41 |
Mg | 0.95 | 1.17 | 0.96 |
0.59 |
0.36 |
Total | 3.99 | 4.19 | 4.00 | 4.30 | 3.88 |
酸素数を6として計算したときの,各陽イオンの相対濃度を示す。
試料2は,その大部分が塊状の組織(炭酸塩(ウ))からなる炭酸塩岩であり,まれに存在する空隙中には,試料1同様自形の炭酸塩結晶が成長している様子が観察された(図3(a))。
ある空隙中に,BSE像にて明瞭な輝度差を示す2相からなる自形の炭酸塩結晶(炭酸塩(エ)および(オ))が観察された(図3(b))。
定量分析結果より,暗い炭酸塩(エ)は,空隙周囲を覆う炭酸塩(ウ)と同様のドロマイト様の化学組成を示す一方,明るい炭酸塩(オ)はカルサイト様の化学組成を示した。さらに炭酸塩(オ)は,炭酸塩(ウ)および(エ)の半分程度のMgを含有することが分かった(表2)。
FIBを用いたTEM観察用薄膜試料作製手順
TEMで観察を行うには,試料を薄膜化する必要がある。
EPMA分析の結果をもとに,炭酸塩岩試料1,2中からTEM観察に向けた薄膜化箇所を選定し,薄膜試料作製を行った。薄膜試料作製は,JEOL製複合イオンビーム加工観察装置(FIB)JIB-4700Fを用いて行った。
図4に,試料の目的視野の選定~薄膜化の一連の流れを示す。最終仕上げは加速電圧3kVのイオンビームで行いて,試料を厚さ約80 nmまで薄くした。
JIB-4700F
複合ビーム加工観察装置
(FIB)
- 加速電圧 :1~30 kV
- イオン源 :Ga
- 照射電流 :1 p~90 nA
(SEM)
- 加速電圧 :0.1~30 kV
- 電子銃 :ショットキーエミッタ電子銃
- 照射電流 :1 p~300 nA

図4 FIBによる薄膜化の様子
TEMを用いた観察・分析結果
図5~8は,JEOL製透過電子顕微鏡(TEM)JEM-F200を用いて,炭酸塩岩試料1,2のFIB加工薄膜試料を観察・分析した結果である。
JEM-F200はTEM像,電子回折図形,STEM像などの観察・記録の他,エネルギー分散形X線分光器(EDS)や電子エネルギー損失分光器(EELS)などを搭載することで試料の化学組成,状態分析が可能となる。EDSについては,検出素子面積100㎜2のシリコンドリフト型検出器(SDD)を2本備えることが可能で,高感度かつ高速X線分析を行うことができる。
<試料1>

図5 試料1の (a)FIB薄膜加工箇所 (b)FIB薄膜試料(加工後) (c)TEM明視野像 (d)(e)制限視野電子回折図形

図6 試料1のSTEM-EDS元素マップ
STEM-EDS元素マッピングより,EPMA分析結果と同様,炭酸塩(ア)に比べ炭酸塩(イ)の方がMgに富むことが確認された(図6)。
一方,電子回折図形からは,炭酸塩(ア),(イ)はどちらもドロマイトと同定された。さらに,両者の回折スポットの位置が完全に一致していることから,炭酸塩(ア),(イ)は単一の結晶であることが分かった(図5)。
以上の結果から,EPMAで観察された試料1中のcore-rim構造を持つ自形の炭酸塩結晶は,Mg/Ca比のわずかに異なる2つの領域を持つドロマイト単結晶であることが示唆される。
<試料2>

図7 試料2の (a)FIB薄膜加工箇所 (b)FIB薄膜試料(加工後) (c)TEM明視野像 (d)(e)制限視野電子回折図形

図8 試料2のSTEM-EDS元素マップ
電子回折図形から,炭酸塩(エ)はドロマイト,炭酸塩(オ)はカルサイトとして同定された。カルサイトとドロマイトは特定の結晶学的方位関係にあり(図7(d)),両者は密接な関係で形成されたことが示唆される。さらにTEM像からは,カルサイトードロマイト境界は,比較的シャープな境界を持つことが分かった(図7(c))。
また,STEM-EDS元素マッピングより,カルサイト中には微小なドロマイト結晶やケイ酸塩が存在し(図8),電子回折からケイ酸塩は非晶質であることが分かった (図7(e))。カルサイト中のドロマイト微結晶の存在は,EPMA分析において炭酸塩(オ)から微量のMgが検出された結果と調和的である。
以上の結果から,EPMAで観察された試料2中の2相炭酸塩結晶は,ドロマイトやカルサイト,ケイ酸塩からなる多結晶集合体であることが示され,試料1のcore-rim 構造を持つドロマイト単結晶とは異なる成因を経て形成された可能性が高いことが示唆される。
おわりに
本アプリケーションノートでは,EPMA分析~FIBによる薄膜試料作製~TEM観察・分析の一連のワークフローを示し,岩石試料のマクロ~ミクロ・スケールでの観察・分析の総合ソリューションを紹介した。EPMAだけでは観察・分析が困難な岩石中のナノスケールの組織や相関係を,TEMを用いた微細組織観察・分析から明らかにすることができた。この結果から,不均質かつ非平衡な組織を有する複雑な岩石試料の研究において,TEMでの微細組織観察・分析は非常に強力な手法であり,岩石の詳細な形成・変成過程の解明において重要な役割を担う可能性を示すことができた。
一方,このような複雑な試料を扱うにあたり, TEMでの微細組織観察・分析の前段階として,SEM/EPMAを用いたマクロな観察・分析による試料の概要把握は必須である。従って,SEM/EPMAで観察・分析した箇所からピンポイントに目的の領域のTEM用薄膜試料作製を行うことのできるFIBは極めて有効な手段である。さらに,FIBを用いた試料作製法は,従来のイオンミリング法に比べて圧倒的に試料損失が少ないという利点もあり,隕石や希少鉱物を含むような岩石試料の解析には最適である。SEM/EPMAでの観察・分析に留まっている試料が手元にあるならば,FIB試料作製およびTEM観察・分析を是非一度ご検討いただければ幸いである。
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