光と電子の強い相互作用(3) *** 強磁性薄膜の『 強結合 』状態 ***
ER200008
マイクロ波光子とスピンの結合定数 𝑔𝑚 は、Application Note ER200007 の式(1)に示したように、スピン数(磁気モーメント)の平方根に比例する。そのため、スピン数の多い強磁性体で、特に線幅が細い試料を通常の方法でFMR測定すると、『Purcell effect』よりもさらに強い相互作用による『strong coupling (強結合)』の状態が達成され、正常なスペクトルが得られない。図1(a)は、そのような『強結合』状態になってしまったときの異常スペクトルの例である。図1(d)のように、充填率を大幅に下げ、『弱結合状態』にすると、図1(c)のように正常なスペクトルが得られる。

図1 強磁性薄膜試料(yttrium iron garnet(YIG))の強結合状態・弱結合状態のFMRスペクトル測定例
(a) 強結合状態によりESR装置からの異常信号を伴うYIG-FMRスペクトル。(b) (a)のスペクトルを測定したときの試料のキャビティ内配置。(c) 弱結合状態でのYIG-FMRスペクトル。(d) (c)のスペクトル測定したときの試料のキャビティ内配置。(e) YIG薄膜試料。
『強結合状態』におけるキャビティ周波数スペクトル

図2 YIG-CMPのキャビティ周波数スペクトルの例
図2は、上記試料をキャビティ中心にセットした状態で、キャビティの周波数スペクトル(Q-dip)を各磁場で測定した結果の二次元マップである。『Purcell effect』と違って、共鳴磁場に近づくと、スペクトルのピークが完全に分離して大きくシフトしていく。矢印で示した、共鳴磁場におけるスペクトル分裂幅から、結合定数 𝑔𝑚 ∕ 2𝜋= 36 MHzと見積もることが出来る。QL 値約8200 ( 𝑘𝑐 ∕ 2𝜋 = 0.55 MHz) 、半値幅 (HWHM) 約75μT( 𝛾𝑚 / 2𝜋 = 2.1 MHz)より、𝑔𝑚 > 𝑘𝑐 , 𝛾𝑚 なのでこの系は『強結合』状態にあると言える。このように、キャビティと強磁性体のマグノンが強結合状態にある系を『cavity-magnon polariton (CMP)』と呼ぶ。CMPは、マイクロ波の光子とマグノンのスピンが一体化して生成した『擬似粒子』とみなされる人工的な量子であり、近年、量子光学、量子情報物理等の分野で注目されている系である[1]
Reference: [1] M. Harder and C.-M. Hu, Solid State Physics 69, 47 (2018).
- このページの印刷用PDFはこちら。
クリックすると別ウィンドウが開きます。
PDF 682.2KB