qNMRの活用例~有機リン系農薬の品質管理~
NM090010
NMRは分子を構成する原子の数をスペクトルから読み取ることができます。従って、基準物質と測定対象物質の信号の積分強度比より定量することが可能です。 定量NMR(quantitative NMR:qNMR)では測定対象物質そのものの標準品を必要とせずに定量分析を行うことが可能ですので、他の定量分析よりも測定対象物質の範囲や応用が広がります。 このアプリケーションノートでは有機リン系農薬(イソキサチオンオキソン)標準品のロット違いの2製品をNMRによって純度決定を行った結果を示し、qNMRの品質管理への活用例をご紹介します。
測定対象物:イソキサチオンオキソン
測定対象試料として残留農薬試験用のイソキサチオンオキソン標準品2ロット(Lot1,Lot2)を用いた。試薬に添付されている情報は表1の通りである。
イソキサチオンオキソン表1 イソキサチオンオキソン標準品添付文書情報
サンプル | Lot | 純度(%)* | 症状 | 融点(℃) |
イソキサチオンオキソン 標準品 |
1 | 96.9 | 黄褐色結晶性粉末 | 49.5 |
2 | 98.9 | 白色結晶性粉末 | 51.7 |
qNMR用基準物質の設定とSIトレーサビリティの確保
qNMR用基準物質としては種々報告されているがここではHMD(ヘキサメチルジシラン)を使用した。
HMDは沸点112-113 ℃であり、TMSと同様に0ppmに信号(18H)が観測される。しかしながら、SIトレーサブルなHMDは流通していないため、認証標準物質であるフタル酸ジエチル(NMIJ CRM 4022-b 純度99.74±0.09 %)を一次標準物質として用いてHMDの厳密な濃度校正を行った後、HMDを二次標準物質として測定対象物質のqNMR測定を行う方法を採用した。
これにより、HMDをqNMR標準物質として用いた際の定量値のSIトレーサビリティは、CRMのフタル酸ジエチルを介して実現される。
qNMR測定条件
測定条件は表2に示した。NMRによる定量分析では各信号の面積を精確に得るように条件を設定しなければならない。重要なポイントは飽和現象が起こらないように緩和時間(T1)の5倍以上、繰り返し時間を設定することである。
表2 測定条件(JNM-ECA600 パラメータ)パラメータ名 | |
観測核 | 1H |
観測範囲 | -5ppm~15ppm |
データポイント数 | 32K |
デジタルフィルタ | ON(8倍) |
繰り返し時間 | 60秒 |
フリップ角 | 90° |
積算回数 | 8回 |
測定温度 | 25℃ |
スピニング | OFF |
NMRによる定量分析法の詳細については弊社ホームページ技術情報 ー 分析機器 ー 「より良いNMRスペクトルを得るために」もご参照ください。
測定結果と考察
図1 各イソキサチオンオキソンのqNMRスペクトル
図1に1H-NMRスペクトルを示した。Lot.1とLot.2のスペクトルより、Lot.1の方が不純物と思われる信号(*)が多く見られ、Lot.1の純度はLot.2よりも低いことが予想される。qNMR測定で得られた分析値を表3にまとめた。Lot.2は各信号から求められた純度値を平均すると98.5±1.3%であり、試薬に添付されている情報とほぼ一致した。一方、Lot.1は各信号から求められた純度値を平均すると 75.4±0.2%であり、試薬に添付されている純度値96.9%と値に開きがあった。GC分析による純度測定は、不揮発性成分が含有されていないことを前提とし、さらにあらゆる不純物のレスポンスファクターが主成分と同一であると仮定して、クロマトグラム上に観察されるすべての成分のピーク面積の総和に対する測定対象化合物の面積百分率を求めて純度値とするとしてい る。すなわち、GC分析では、レスポンスファクターの異なる不純物を含む混合物の場合、精確な純度値が得られない。一方、qNMRによる定量分析では、各信号のレスポンスファクターが分子構造によらず一定であるため、厳密に試料調製を行い※適切な条件で測定をすれば、測定対象の信号強度から精確な純度値や絶対量が求められる。GC/MSにより2つのロットの含量比を求めたところ、qNMRより得られた純度%の比と一致した。従って、NMRスペクトル上に不純物の信号がはっきり観察されていることも含めると、Lot.1に関しては添付文書に記載されている出荷時のGC分析から得られた純度値を質量%として取り扱うのは不適切であると考えられた。 以上のようにqNMRはスペクトル上で不純物を確認できる点と迅速に定量分析ができる点から、品質管理をはじめとする、より広範囲への応用が今後期待される。
※厳密な試料調製を行うためには精秤が必要です。
NMR信号 (ppm) | 平均 | GC/MS Area ratio |
|||||
a 7.85 |
b 7.49 |
c 6.81 |
d 4.25 |
e 1.32 |
|||
Lot.1 | 75.3% (0.8)a) |
75.1% (0.9)a) |
75.5% (0.7)a) |
75.8% (0.9)a) |
75.4% (0.9)a) |
75.4% (0.2)a) |
75.3%b) |
Lot.2 | 99.0% (0.3)a) |
99.3% (0.5)a) |
96.3% (0.2)a) |
99.4% (0.6)a) |
98.6% (1.1)a) |
98.5% (1.3)a) |
98.5%b) |
b) 各Lotのピーク面積の実測値は Lot.1は459744, Lot.2は602045。qNMRで求められたLot. 2の純度値98.5%とした比で表した。
参考文献
M. Tahara, N. Sugimoto,T. Suematsu et. al, Jpn.J.Food Chem.Safety, 2009, Vol.16(1), 28-33