光照射による水素引き抜きで生成するラジカルの測定 (スピントラップⅠ)
ER220008
ESRアプリケーションノート ER220007 で、イソプロピルアルコール (IPA) に光照射して起きる水素引き抜き反応により生成するIPAラジカル (IPA・) のダイレクト測定例を示しました。IPA・は極めて短寿命という訳ではありませんが、約20分間の測定時間が必要でした。多くの有機化合物の光分解性を検討するにあたっては、より短時間に計測できる方法が求められます。
比較的低分子のラジカルを計測する方法として、スピントラップ法が知られています。これは、本来は非常に短寿命のラジカルを安定化するスピントラップ剤1) を使用し、短時間で測定することを可能とするものです。スピントラップ剤は、それ自体は反磁性物質でありESR信号を与えませんが、ラジカルをトラップして形成した付加体は安定ラジカルとなりESRで測定が可能となります。今回は、最も良く使用されているスピントラップ剤である5,5-Dimethyl-1-pyrroline N-Oxide (DMPO) を使用して、IPAの光分解に対する波長依存性を検討した結果を示します。
IPA・とDMPOの反応は以下のようになります。形成されたDMPO-IPA付加体は、ラジカル近傍のNおよびβ位のHの核スピンにより図1に示したESRスペクトル を与えます。


図1 DMPO-IPA のESRスペクトル
試料と測定条件
IPA (3.28M)、DMPO (25mM) を含む水溶液を扁平セルに採取して測定しました。
ESR装置: JES-X320、測定磁場: 337.2±5 mT、変調磁場幅: 0.1 mT、掃引時間:10 s
時定数: 0.01 s、マイクロ波出力: 4 mW、積算回数: 1、温度: 室温
紫外線照射装置: ES-13080UV2Aをキャビティに接続し、出力: 10%で光照射しながら測定しました。3種類のカットフィルター (F-①、F-②、F-③) をそれぞれセットして、照射波長を図2に示したように制限し、DMPO-IPAの信号強度を全光照射の場合と比較しました。連続的に10回測定し、初回および8~10 回目を暗条件としました。
図2 ES-13080UV2Aの発光スペクトルとフィルター透過光
結果
図3 照射波長ごとのDMPO-IPA比較 (60s時)
図4 照射波長ごとのDMPO-IPA経時変化
図4 のように、全光と280~400 nm照射の場合、照射時間と共に信号は増加しました。280~400 nm照射では、信号強度は全光照射の概ね60%でした。
いずれの場合でも、照射停止後に増加は観察されず、ほぼ一定強度となりDMPO-IPAの状態であれば安定であることが示されました。
このように、IPAからの水素引き抜き反応は300 nm以下の波長で生じることが明らかになりました。これは、300 nm以下の波長の光を遮ることにより、IPAの水素引き抜きによる劣化が抑制されることを示唆しています。