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逆スピンホール効果の電力変換

ER230002

逆スピンホール効果による起電力発生の流れ

スピントロニクスあるいはエネルギーハーベスティングといった新しい学問分野や社会的要請への期待から、電子の持つスピンの性質を利用した技術への関心が高まっている[1]

強磁性薄膜が強磁性共鳴(Ferromagnetic resonance:FMR)を起こすと、自身の表面や表面と接合する非磁性薄膜へ“スピン流”が流れ出す。この現象はスピンポンピングと呼ばれる[2]。磁場がかかった状態では、スピン流は互いに直交する方向へ曲げられる。これは、逆スピンホール効果と呼ばれ、薄膜の両端に起電力を生じさせる[3]。スピン流に由来する発電は、スピンポンピングのような磁気共鳴を利用した方法のほかに、“スピンゼーベック効果”と呼ばれる温度勾配によっても生じることが知られており[4]、それぞれ新しい光-電力変換、熱-電力変換機構として注目されている。

図1に示すのは、FMR由来の発電過程にかかわる電力変換の流れを模式的に表したものである。電力変換には、大きく3つの段階がある。まずはFMRによる磁性体の共鳴エネルギーの吸収(吸収率:𝑦𝑎𝑏)である。次のステップは、共鳴吸収電力がスピンポンピング電力(𝑃𝑠𝑝)へと変換される過程である(変換率:𝑟𝑠𝑝)。最後は、𝑃𝑠𝑝が起電力(𝑃𝑡𝑚𝑎𝑥= 𝑉𝑒𝑚𝑓2/𝑅𝐿 )へと変換される過程となる。ここでは、その変換率として、実効的スピンホール角を定義している[5]

図1 逆スピンホール効果と電力変換の模式図

強磁性共鳴電力の直接検出

一般的に、逆スピンホール起電力の大きさは、FMR励起電力、すなわちキャビティへ投入したマイクロ波電力を基準として議論される。しかし、よく知られているように、試料へのマイクロ波の照射効率はキャビティのデザインによって異なる上に、試料の材質や形状によって、マイクロ波の吸収量も変化する。したがって、デバイスの形状や評価装置の特性に左右されずに、デバイスが吸収した電力を基準にしたエネルギー変換効率を議論する方が、より実際的で効果的な評価を可能にすると考えられる。

図2 FMR吸収電力評価システムの例
(a)アンテナによるマイクロ波のプローブ機構、 (b)得られるFMR吸収電力スペクトルの例 (B0は外部磁場、Brは共鳴磁場を表す)

* 測定試料は、大阪公立大学鐘本勝一先生よりご提供いただきました。

図2にプローブアンテナを用いたFMR吸収電力スペクトルの計測システムと、スペクトル測定例を示す。プローブアンテナから得られるスペクトルのベースラインは、キャビティに投入される電力(𝑃𝑖𝑛 ∝ 𝑉02)を表す。そのうち、FMR共鳴により試料が吸収した電力分(𝑃𝑎𝑏 ∝ Δ𝑉2)だけ信号レベルが減少するので、その比率(Δ𝑉∕𝑉0)2は、 FMRによる磁性体の共鳴エネルギーの吸収率(𝑦𝑎𝑏)に相当する。したがって、実際に試料が吸収するマイクロ波の電力𝑃𝑎𝑏は、𝑦𝑎𝑏×𝑃𝑖𝑛となる。

スピンポンピング電力

FMRによって吸収された共鳴電力𝑃𝑎𝑏は、スピンポンピングによってさらに電力変換されて、非磁性層へと伝搬される。このときFMRスペクトルは、図3に示すように、強磁性単層膜と強磁性/非磁性2層膜とで異なる線幅を示すようになる(アプリケーションノートER190002でも同様のデータを紹介しています)。スピンポンピングの促進効率(𝑟𝑠𝑝)は、次式のような強磁性単層膜と、強磁性/非磁性2層膜のそれぞれのFMRスペクトルの線幅(Γ𝑚 , Γ𝑏)の比で表せると考えられる。

𝑟𝑠𝑝を用いると、非磁性層へ流れ出るスピンポンピング電力𝑃𝑠𝑝は、𝑟𝑠𝑝×𝑃𝑎𝑏となる。 デバイスにつなげた負荷抵抗を𝑅𝐿( 𝑅𝐿は高抵抗値とする)、逆スピンホール起電𝑉𝑒𝑚𝑓とすると、正味の出力電力は、𝑃𝑡𝑚𝑎𝑥= 𝑉𝑒𝑚𝑓2/𝑅𝐿 となり、

と表すことができる。 𝜃'𝑆𝐻は、実効的なスピンホール角とみなされる[5]

図3 スピンポンピングによるFMRスペクトルの線幅増大
* 測定試料は、大阪公立大学鐘本勝一先生よりご提供いただきました。

電力変換の吸収電力特性

逆スピンホール効果による起電力は、図4(a)に示すように非常に弱い。一方で、スピン流デバイスの電力変換効率は、入力電力に比例するという特徴をもつ。その特性から、パルス励起法を適用することで、より大きな起電力の発生だけでなく、通常の低電力励起では見られない非線形現象が発現することが明らかとなった[6]。このような性質を利用し、さらなるデバイス性能向上を目指すためには、試料の特性を反映した、装置条件に依存しない変換効率評価法の確立が必要である。今回提案したアンテナ法は、デバイスの歩留まり、形状、そして装置関数(キャビティの照射効率)などに依存せず、比較的簡便かつ実用的な評価法であると考えられる[7]。従来は、キャビティあるいはデバイスへ投入したマイクロ波電力(𝑃𝑖𝑛)に対する発生電圧を評価してきたが、図4(b)に示すように、デバイスが実際に吸収したマイクロ波電力(𝑃𝑎𝑏)に対する発生電圧、または𝑃𝑠𝑝に対する発生電圧を評価することにより、発電効率の向上に貢献することが期待される。

図4 (a) FMRで誘起されたVemfスペクトルと、(b) Py/PdデバイスのFMR吸収電力(Pab)に対する逆スピンホール起電力(VISHE)。

* 測定試料は、大阪公立大学鐘本勝一先生よりご提供いただきました。

References

[1] 『エネルギーハーベスティング』 堀越 智, 竹内 敬治, 篠原 真毅 、日刊工業新聞社、2014年. [2] Y. Tserkovnyak and A. Brataas, Phys. Rev. Lett., 88, 11, 117601(2002). [3] E. Saitoh, M. Ueda, H. Miyajima, and G. Tatara, Appl. Phys. Lett. 88, 182509 (2006). [4] K. Uchida, S. Takahashi, K. Harii, J. Ieda, W. Koshibae, K. Ando, S. Maekawa and E. Saitoh, Nature 455, 778 (2008). [5] K. Nakahashi, K. Takaishi, T. Suzuki, and K. Kanemoto, ACS Appl. Electron. Mater. 3, 1663 (2021).[6] K. Nakahashi, K. Takaishi, T. Suzuki, and K. Kanemoto, ACS Appl. Mater. Interfaces, 14, 21217 (2022). [7] 鐘本勝一、鈴木貴之 『スペクトル測定装置、スピン流デバイス測定システム及びスピン流デバイス測定方法』、JP2022‑38257A(特開2022-038257).

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