Direct Insertion Probe(DIP)-MS/MSによるポリフェニレンチオエーテルの末端基構造解析
MSTips No.462
はじめに
ポリマーの末端基解析手法としては、Py-GC-MSやMALD-TOFMSが有効な分析手法として用いられている。これらの手法に加えて近年では、熱脱着・熱分解(Thermally desorption/pyrolysis: TDP)-DART-MSによるポリマーの末端基解析が報告されている[1, 2]。この手法は、昇温加熱デバイスによりポリマーを昇温加熱する際に発生するガスをDART-MSで質量分析する手法である。昇温加熱することでPy-GC-MSとは異なり、適度に断片化されたオリゴマー成分をDART-MSで分析することができる。発生するオリゴマー成分には、主鎖の1回切断により末端基構造を含むものがあり、ポリマーの構造解析の一助となる。既に我々は、MSTips No. 353においてTDP-DART-MSによるポリフェニレンチオエーテル(PPS)の分析例を報告した[3]。今回は、同じPPSを測定試料に用い、昇温加熱デバイスの代わりにDIPを用いて、DIP-MSによりMSTips No. 353で報告した末端基の異なる4種類のPPSが観測されるか確認すると共に、DIP-MS/MSにより末端基の構造解析を行ったので報告する。
測定条件
測定は、DIPとガスクロマトグラフ三連四重極質量分析計JMS-TQ4000GC UltraQuad™ TQを使用した。測定試料として、研究用PPS(Scientific Polymer Products製)を用いた。測定はTable1に示す条件にて実施した。
Table 1 Measurement condition
結果
DIP-MSによる末端基シリーズの解析
Fig. 1(a)にDIP-MSにより取得したTICCを示す。加熱温度が600 °C以下であるために瞬間熱分解が行えず、熱分解成分を含む発生ガスが継続して生じていた。Fig. 1(b)にm/z 500以下の低分子領域が顕著に検出されるRT 0.5-2.4 min(Temp. 200-500 °C付近)におけるマススペクトルを示す。MSTips No. 353で報告した末端基の異なる4種類のPPSが観測された。繰り返し単位はC6H4Sの108 uで観測されていることが確認できる。また、末端基に塩素原子を含むPPSは同位体のパターンからも塩素原子を含んでいることが確認できる。
Fig. 1 TICC (a) and mass spectrum (b) by DIP-MS
DIP-MS/MSによる構造解析
DIP-MSにより観測された強いピーク強度の●と▼のシリーズについて、プロダクトイオンスキャン測定から構造解析を実施した。Fig. 2 (a)、 (b)にプロダクトイオンスペクトルを示す。共通して、チオエーテル結合での開裂が特徴的に観測された。一方、末端基に塩素原子を含む場合には、塩素原子からの開裂も特徴的に観測された。Fig. 2 (b)のm/z 219に着目した場合、m/z 219はチオエーテル結合での開裂であり、塩素原子を含む末端基側への開裂であると推測されるが、プロダクトイオンスキャン測定では同位体パターンが存在しないため、同位体パターンから塩素原子の有無を判断することができない。また、得られるm/z値は整数質量であるため、精密質量から組成の確認を行う事ができない。そこで、プリカーサーイオンに2 u違いの37Clを含むと推測されるm/z 330をプリカーサーイオンに選択して、プロダクトイオンスペクトルを取得した。Fig. 2 (c)にその結果を示す。m/z 219のピークのみが2 uシフトしてm/z 221として観測された。つまり、m/z 219は塩素原子を含む末端基側への開裂であることが確認された。一方、m/z 293とm/z 185はm/z値がシフトしていないことから、塩素原子を含まない末端基側への開裂であることが確認された。
Fig. 2 Product ion spectra at m/z 294 (a), m/z 328 (b) and m/z 330 (c)
まとめ
DIP-MSからは、TDP-DART-MSによるポリマー解析と同様の情報を得ることが可能であった。また、DIP-MS/MSにより末端基の構造解析を実施することも可能であった。特に、塩素などの特徴的な原子を含む場合には、プリカーサーイオンに安定同位体違いのm/z値を選択し、得られたプロダクトイオンスペクトルを比較することで、どちら側の末端基を含む開裂であるか確認できる。このように、JMS-TQ4000GC UltraQuad™ TQはポリマーの末端基構造解析においても有効な分析装置であることが示された。
参考文献
[1] 佐藤浩昭他 分析化学 Vol 69, No1・2 p 77-83 (2020)
[2] 中村清香他 分析化学 Vol 70, No1・2 p 45-51 (2021)
[3] MSTips No. 353