リテンションインデックスを用いた構造異性体識別例 ~msFineAnalysis iQによるラッカー塗料中混合キシレンの定性分析~
MSTips No. 470
はじめに
通常、GC-QMSによる定性分析は、電子イオン化 (Electron Ionization, EI) 法のマススペクトルを用いたライブラリーデータベース (DB) 検索が一般的であるが、ライブラリースペクトルとの類似度のみを指標に定性解析を行うと、化合物によっては複数の有意な候補が得られる場合や、誤った候補が同定結果として選択される場合があるため、光イオン化 (Photoionization, PI) 法をはじめとするソフトイオン化 (SI) 法による分子イオンの確認を併用することが有効である。
この場合、ひとつの試料に対して、EI法とPI法の2つの測定データが得られるため、データ解析がより複雑になることから、2つのデータを迅速かつ自動で解析することが可能な統合定性解析ソフトが望まれる。そこで弊社では、EI法, SI法の解析結果を自動で組み合わせる統合定性解析ソフトウェア ”msFineAnalysis iQ” を開発した。
ただし、定性対象化合物に構造異性体が含まれる場合、質量スペクトルのみでは識別が困難な場合もある。この場合、リテンションインデックス(RI)を併用した同定が有用である。リテンションインデックスは、GCカラム上で化合物が保持される時間を示す指標であり、各化合物は固有のリテンションインデックスを持つ。したがって、未知化合物のリテンションインデックス実測値を既知化合物のリテンションインデックスと比較することで、その化合物の同定が可能となる。
本MSTipsでは、市販のラッカー塗料の熱分解GC/MS測定を行い、 得られた測定データを用いてmsFineAnalysis iQによる統合定性解析を行い、検出された混合キシレン(キシロール)に関して リテンションインデックスを活用した絞り込み事例を報告する。
測定条件
試料には、市販のラッカー塗料(金)を用いた。測定にはGC-QMS (JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta, 日本電子製) を用いた。試料の前処理装置としては、熱分解装置 (PY-3030D, フロンティアラボ社製) を使用し、加熱炉の温度は、550℃の瞬間加熱とした。イオン化法はEI法および、ソフトイオン化法としてはPI法を用いた。熱分解GC/MS測定の詳細条件をTable 1に示す。測定で得られたデータはGC-QMS専用統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQ (日本電子製) を用いて解析した。

JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta
Table 1 Measurement condition

結果と考察
Figure 1 Total ion current chromatograms
ラッカー塗料(金)の熱分解GC/MS法による測定結果をFigure 1に示した。上段がEI法、下段がPI法によるトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) である。 また、Figure 2には、混合キシレンが溶出するTICC拡大図(RT5.5~9分)とID004~006の3つのピークのEI/PIマススペクトルを示した。Figure 2の3つのマススペクトルは、いずれも類似しており、同一の分子組成を持つ構造異性体と推測される。
そこで、 ID004~006のピークに関する統合解析結果をTable 2に示した。この統合解析結果には、各ピークのライブラリー検索による類似度の他に、リテンションインデックスの誤差(ΔRI)や組成式、分子量、そして分子の安定同位体のパターンを照合した同位体マッチングによる絞り込み結果も表示される。 Table 2より、類似度、組成式、分子量、そして同位体マッチングが0.95以上と良好であることから、ID004~006の3つのピークは、混合キシレンと推測される。
Figure 2 Expanded TICC and mass spectra of peak [ID004~ID006]
Table 2 Integrated qualitative analysis result of peak [ID004~006]
次に、混合キシレン4成分の分子式、構造式、沸点、そしてライブラリーに登録されたリテンションインデックス(RI)などの情報をTable 3 に示した。今回測定に使用したGCカラムは、微極性タイプであるため、同系統の化合物群は、ほぼ沸点順に溶出すると考えられる。従って、Table 3の沸点情報より、混合キシレンの4成分は、エチルベンゼン、p-キシレン、m-キシレン、そしてo-キシレンの順に溶出すると推測される。 尚、Figure 2のTICCでは、溶出ピークは3本のみとなっているが、これは、 p-キシレンとm-キシレンの沸点が1℃しか変わらないことから、クロマトグラム上で分離できずに1本のピークとして検出されていると推測される。
Table4に、個別定性解析結果の一例として、ID006のmsFineAnalysis iQによる個別マススペクトル解析結果リスト (上位4候補) を示した。ライブラリー検索による類似度は、4候補(混合キシレン成分)とも900前後で良好な一致を示しており、異性体間の識別は困難であるが、ΔRI値から4候補中で唯一ΔRI=4と誤差が小さい o-キシレンと絞り込むことが可能となる。さらに、Table 2のID004及び005の2つのピークに関しても、それぞれID004はΔRI=7でエチルベンゼン、そしてID005はΔRI=6で1,3-ジメチルベンゼン(= m-キシレン)と絞り込むことが可能となる。
以上のことから、ID004~006の3つのピークに関して、RI情報によって構造異性体間の絞り込みを行うことができた。
Table 3 Information on the 4 components of mixed xylene
Table 4 Individual integrated qualitative analysis result of peak [ID006]
まとめ
本報告では、msFineAnalysis iQのリテンションインデックス機能によって、構造異性体間の絞り込みの解析例を報告した。質量分析におけるマススペクトル解析では、構造異性体間の識別は困難であるが、元来のGCの定性解析手法であるリテンションインデックスを活用することできるため、本ソフトウェアを用いることで、GC-QMSを用いた定性解析の定性確度向上や効率的な解析作業が期待される。