NMR測定による立体異性体の解析例
NM230001
有機化合物の中には同じ分子構造であるにもかかわらず、立体構造の違いによって複数の立体異性体が存在する化合物が存在します。そして化合物によっては一方の異性体は期待した物性や反応性、生理活性等を示すのに対し、もう一方は異なった性質を示すような化合物も存在します。そのため、そういった場合には立体異性体を区別する必要があります。溶液NMRにおいてエナンチオマー(鏡像異性体)はスペクトル上区別することができませんが、一方で誘導体化等によってジアステレオマーにすることによってNMRスペクトルで区別をつけ、また存在比率を定量できるようになります。 本資料では塩基性条件下においてジアステレオマー化する環状ペプチドを1H, 13C NMR測定によって測定、解析した例を紹介します。
また本測定には13C観測 1H,2H同時照射ができるJNM-ECZL500G(2Hチャンネル拡張構成) およびROYALプローブTMを使用しました。
塩基性条件でのD置換とジアステレオマー化反応
Cyclo(L-Pro-L-Ala) は塩基性条件下で異性化し、 H9位がD化されたDL体およびLL体となることが知られています [1]。
1H NMRを用いたDL, LL体のスペクトルの区別と各比率の算出
環状ペプチドであるCyclo(L-Pro-L-Ala)をD2O溶媒、および 0.01M KOD/D2O溶媒に溶解させた1Hスペクトルを図1に示します。図1のa)とb)の比較により1Hスペクトルパターンの変化とH9信号の消失が確認できます。またH3のLLとDL信号の積分比からLL: DL=40: 60と算出できます。
図1 : 1H NMRスペクトル
a) D2O溶媒, b) 0.01M KOD/D2O溶媒を使用
Dに結合した13C信号の効果的な検出方法について
異性化およびD化されることで図2に示す13Cスペクトル上にも変化が生じ、LL体とDL体に分かれることで各13C信号が2本ずつに分裂していることがわかります。ただしCHからCDに変化したであろうC9の信号のみ、信号をしっかりと確認できません。 これはC-DのJカップリングによってtripletに分裂し信号強度の低下を引き起こすためです。この信号を感度よく観測したい場合は、13C{1H}{2H}測定が有効です。図3のc)のスペクトルではきちんとLL体、DL体の信号が確認できます。また2Hデカップリングで信号が検出できたことから、この13Cに結合した1HがきちんとD置換されている証明になります。
図2 : 13C NMRスペクトル
a) D2O溶媒, b) 0.01M KOD/D2O溶媒
図3 : 13C NMRスペクトル C9位 拡大図
a)D2O溶媒 13C{1H}
b)0.01M KOD/D2O溶媒 13C{1H}
c)0.01M KOD/D2O溶媒 13C{1H}{2H}
試料ご提供:福山大学薬学部 石津 隆 先生
参考文献
[1] J. Am. Chem. Soc., 96(12), 3985-3989, 1974.