半整数四極子核の固体NMR ⑤ 高分解能測定
NM240005
一次元測定の限界
半整数四極子核の一次元測定で観測されるCTの信号は二次の核四極子相互作用によって広幅化している。二次の四極子相互作用には複数のパラメータが関わっており、非対称な広幅化をする。そのため、一次元測定の結果から得られる情報は限られている (Fig. 1) 。二次の核四極子相互作用を取り除き、高分解能なスペクトルを得る目的でいくつかの方法が開発されてきた。
核四極子相互作用の二次の相互作用の表式
核四極子相互作用の二次の相互作用項を式によってあらわすと、以下の式のようになる。
vLはラーモア周波数、 vQは核四極子の大きさ、ηは四極子の非対称因子、 α,βは四極子の配向に関するパラメータ、θは試料の磁場に対する角度、P2(cosθ)とP4(cosθ)はそれぞれ2次、4次のルジャンドル多項式である。核四極子相互作用の二次の相互作用は3つの項に分けて考えることができる。
②A2(η,α,β)P2cosθ 核四極子の二次の相互作用の異方シフト項。信号の広幅化を引き起こすが、MASによって消える。
③A4(η,α,β)P4cosθ 核四極子の二次の相互作用の異方シフト項。信号の広幅化を引き起こし、MASによっても消えない。
異方シフト項である2および3を0にすれば、 尖鋭な信号を得ることができる。ここでは、4つの方法を紹介する。
DOR (Double Rotation)
DAS (Dynamic Angle Spinning)
MQMAS (Multiple Quantum Magic Angle Spinning)
STMAS (Satellite Transition Magic Angle Spinning)
DOR (Double Rotation)
Double Rotationは試料回転を二軸で行う方法である (Fig. 2) 。MAS下において②の項は0になるが、③の項が0ではないため未だ線形は広幅である。そこで、別軸で試料を回転させることで、③の項も0にすることが可能である。Fig. 2にNa2SO4試の静止状態、MAS、DORでのスペクトルを示す。MASによって尖鋭になった信号がDORによってさらに尖鋭になっている。このようにDORによって二次の核四極子相互作用を打ち消すことができる。しかしながら二軸で試料を回転させるという機構が難しく、現在ではほとんど用いられていない。また外側のローターの回転速度をあまり速くすることができないためスピニングサイドバンドが多く観測されるという問題もある。
DAS (Dynamic Angle Spinning)
DASはDynamic Angle Spinningの略であり、励起から検出の間に回転の角度を変化させる方法である。シーケンスとしては二次元測定となっている (Fig. 3) 。t1の間は試料回転の角度をθ1とし、t2で信号を取り込むときにはθ2とする。この時、シーケンス全体での四極子相互作用の2次の摂動は以下の式にて表される。
ここで、
を同時に満たすθ1,θ2,t1,t2を適切に選ぶことで間接観測軸に等方スペクトルを得ることが可能である。
原理は後述するMQMASやSTMASと比較して単純であるが、回転角をシーケンスの途中で変化させるという機構が難しく、緩和の短い試料では角度を変えている間に信号が減衰してしまう問題もある。また、t1の間もt2の間もMagic Angleでは回転させておらずCSAや双極子相互作用が取り除かれないという欠点もあり、DORと同様今ではほとんど用いられていない。
Figure 3 | Dynamic Angle Spinningのパルスシーケンス シーケンスの途中で試料回転の角度を変更する。
MQMAS (Multiple Quantum Magic Angle Spinning)
MQMASはDASと同様、二次元測定によって等方スペクトルを得る方法であるが、DASと異なり多量子遷移を励起してt1展開し、-1量子遷移へと戻して信号を取り込む (Fig. 4) 。3/2核の3量子遷移はCTと同様四極子の一次の相互作用を受けず2次の相互作用のみを受けるが、3量子と1量子では各項の係数が異なる。-1量子遷移と3量子遷移の四極子の二次の相互作用による摂動はそれぞれのコヒーレンス次数に対応する係数C0(−1)およびC0(+3)を用いて以下のように表すことが可能である。
ここで、シーケンス全体での二次の四極子相互作用の摂動は以下のように表される。なお、 MAS下においてP2(cosθ)=0である。
ここで、C4(-1)t1+C4(+3)t2=0となるようなt1,t2を選ぶことで、間接観測軸に等方スペクトルが得られる。DORやDASと異なり通常のMASプローブで実験が可能であり、現在四極子核の高分解能測定において最も多く用いられている方法である。
Figure 4 | MQMASのパルスシーケンス MQMASでは3量子遷移を励起しt1展開し、観測可能な-1量子遷移へと戻し信号を取り込む。
STMAS (Satellite Transition Magic Angle Spinning)
STMASはDASやMQMASと同様2次元測定によって間接観測軸に等方スペクトルを得る方法である (Fig. 5) 。MQMASでは多量子遷移を用いてt1展開をしていたが、STMASではSTを最初に励起し、t1展開を行う。多量子遷移は1量子遷移に比べて励起効率が悪いため、STの1量子遷移を始めに励起するSTMASではMQMASより高い感度が得られる。しかしながらSTMASでは極めて正確なMagic Angle の調整および高いMAS安定性が必要であり、ハードウェア的要求が大きい。
Figure 5 | STMASのパルスシーケンス STMASでは初めにSTを励起し、最後にCTへと磁化を移して信号を検出する。
参考文献
DOR: Samoson, A., Lippmaa, E. & Pines, A., Mol Phys 65, 1013–1018 (1988).
DAS: Chmelka, B. F. et al., Nature 1989 339:6219 339, 42–43 (1989).
MQMAS: Frydman, L. & Harwood, J. S., J Am Chem Soc 117, 5367–5368 (1995).
STMAS: Gan, Z., J Am Chem Soc 122, 3242–3243 (2000).