Close Btn

Select Your Regional site

Close

電子ビーム描画装置 JBX-A9の開発

SE2024-01

日本電子news Vol.56 No.1
小澤 寛司
日本電子株式会社 SE技術本部

スポットビーム型電子ビーム描画装置であるJBX-9500FSの後継機種としてJBX-A9を開発した。本装置はJBX-9500FSの基本仕様を受け継ぎながら省電力化、省スペース化を実現した300 mmウエハー対応のスポットビーム型電子ビーム描画装置であり、ノンフロンチラーの採用など環境負荷にも配慮した製品となっている。フィールド接合精度±9 nm以内、重ね合わせ精度±9 nm以内の性能を有し、フォトニック結晶デバイス製作など特に高いビーム位置精度を要求される用途に適した装置である。

はじめに

電子ビーム描画装置は、電子ビームに感光するレジストを塗布し た材料上に電子ビームを照射し、これを偏向・走査することで微細なパターニングを可能とする装置である。電子ビーム描画装置の歴史は1960年代に始まり、米国、欧州、そして日本において開発が進められた[1]。弊社での開発においては(Fig. 1)、最初の電子ビーム描画装置JEBX-2Aは1966年に開発され、その翌年には弊社初の電子ビーム描画装置の商品機となるJEBX-2Bが誕生した[2][3]。その後、エミッター(電子源)の進歩や可変成形ビーム方式の描画装置の登場、加速電圧の向上や各種補正技術の発展などの高性能化を経て、現在ではマルチビーム描画装置も実用化されている[4]。なかでも特に細く絞った電子ビームを走査して図形を描画するスポットビーム型の電子ビーム描画装置は、走査電子顕微鏡に近い比較的シンプルなハードウェア構成でありながら、DFB(Distributed FeedBack)レーザーに代表される光通信用デバイスの製造、フォトニック結晶やメタマテリアルなどの微細周期構造の作製、光導波路やマイクロレンズアレイなどの光学素子の製作、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)デバイス製作、ナノインプリントリソグラフィー (NIL)装置用のモールド製作、さらにはグラフェンをはじめとする二次元材料や量子デバイスなどの次世代デバイスの研究開発に至るまで幅広い分野で利用されている。
このたび、300 mmウエハー対応のスポットビーム型の電子ビーム描画装置であるJBX-9500FSの後継機種としてJBX-A9(Fig. 2)を開発したのでここに紹介する。

 

Fig. 1 JEOLのスポットビーム型電子ビーム描画装置の歴史

 

Fig. 2 JBX-A9 電子ビーム描画装置

開発コンセプト

JBX-A9はJBX-9500FSの基本仕様を受け継ぎながら省電力化と省スペース化を実現する300 mmウエハー対応の装置として開発がスタートした。そのため、描画装置の性能にとって重要な要素である鏡筒やステージなどのメカ系ユニットはJBX-9500FSを踏襲している。一方で、電気系制御ユニットは同じくスポットビーム型電子ビーム描画装置であるJBX-8100FSと共通化、あるいはその設計思想を取り入れることで制御ラックの本数を減らし、小型化と消費電力削減を図っている。これにより、JBX-A9はJBX-9500FSに比べて半分以下の消費電力となり、また同時に約1/3のフットプリント削減に成功した(Table 1)。また、JBX-A9は鏡筒や描画室、各種制御ユニットなどをエンクロージャーで覆った構造となっている。これもJBX-8100FSの設計にヒントを得たものであるが、装置全体を覆うことですっきりした印象を与えるとともに、空調機を接続することでエンクロージャー内の温度安定化が可能となっている。ただし、オペレーターが操作する操作部はJBX-8100FSとは異なり、JBX-9500FSと同様に独立した操作卓を設け、設置室に合わせて配置変更にも対応できるようにしている。
なお、JBX-A9の電気系制御ユニットのなかで主偏向器を制御するユニット(DEF AMP)については、JBX-9500FSに搭載されているユニットをベースに開発された高精度偏向システムと、JBX-8100FSに搭載されているものと共通の偏向システムの2種類が用意されており、顧客のニーズと予算に応じていずれかを選択し構成できるようになっている。

 

Table 1 JBX-A9の主な仕様

JBX-A9の特長

ところで、この 「A9」 という形式名は最近の弊社のスポットビーム型電子ビーム描画装置である 「9500FS」 や 「8100FS」 に代表されるような4ケタの数字と2文字の英字からなる組合せとは大きく異なっている。これは、JBX-9500FSの後継機種を検討するにあたり、従来機種からの刷新を強くアピールするとともに、特に海外のユーザー向けに呼びやすい略称となるよう社内で議論を重ね、まさに原点回帰とも言うべきA9(エーナイン)というシンプルな形式名の採用に至ったものである。また、A9のAには本装置の特長を表すAccurate(精度のよい)、Automatic(自動化された)、Advanced(先進的な)の意味が込められており、9はJBX-9300FS、JBX-9500FSの流れをくむ最上位機種であることを表している。そこで、以降ではこの3つのAをキーワードにJBX-A9の特長を解説する。

Accurate

JBX-A9の主な性能をTable 2に示す。
電子ビーム描画装置の性能における重要な指標のひとつにフィールド接合精度がある。フィールドとはステージが静止した状態で偏向器によってビームを偏向して描画できる範囲であり、このフィールド内の描画とステージ移動を交互に組み合わせて広範囲を描画するステップアンドリピート方式(Fig. 3)と呼ばれる描画方法では、このフィールド間の接合エラーが小さいほどよい。また、すでに材料上に存在する下地パターンに合わせて位置決めを行い、所望の位置にパターンを描画したいということがある。このパターンの重なり具合を示すものとして重ね合わせ精度がある。JBX-A9のフィールド接合精度と重ね合わせ精度はいずれも±9nm以内である。この精度を実現するために欠かせないのが高精度ステージとレーザービームコントロール(LBC)補正である。
描画材料が装填されたカセットはステージ上に搬送され、このステージがXY平面上を移動することによって描画材料上を広範囲に描画することができる。したがって、ステージの精度は前述の描画フィールドの接合精度や重ね合わせ精度に影響を及ぼす。そこでJBX-A9 のステージは JBX-9500FS で実績のある機構の高精度ステージを使用している。これはもともとマスク描画装置用に開発されたものをスポットビーム描画装置向けに適用したものである。さらに、電子ビーム描画装置ではビーム位置を高精度に制御するためにレーザー測長システムを用いてステージ位置を計測し、目標位置との誤差に相当する距離だけ電子ビームを偏向してビーム照射位置を補正しており、その測定分解能はJBX-A9の場合約0.15 nmという細かさである(Fig. 4)。
このようなビーム照射位置を高精度に制御することが要求されるアプリケーションのひとつに、フォトニック結晶デバイスがある。フォトニック結晶とは光の波長に近い周期構造であり、その周期を精密に制御することで光を閉じ込めたり増幅したりすることが可能となる。この周期構造の作製には電子ビーム描画装置などの微細加工技術が用いられるが、パターニングの精度がデバイスの性能に直結するため、所望の位置に正確にパターンを描画することが要求される。JBX-9500FSはフォトニック結晶の作製において実績があり、JBX-A9にとっても主要なアプリケーションの一つとなるであろう。

 

Table 2 JBX-A9の主な性能

 

Fig. 3 ステップアンドリピート方式による描画動作

 

Fig. 4 レーザー測長システムによる電子ビーム照射位置補正

Automatic

JBX-A9には最大10枚のカセットを連続自動搬送可能なカセット搬送システムが標準で構成されている(Fig. 5)。ストッカー内に保管されたカセットは描画ジョブの指定に基づき自動的にステージ上に搬送され、描画終了後はステージから搬出されて再びストッカーに格納される。ビーム電流など描画条件が異なる場合でも、描画ジョブの指定に従って自動的に電子光学系条件が設定され、光軸調整が行われるため、長時間にわたる描画であってもオペレーターが介在する必要は一切ない。無論、途中で描画を中止することも、描画の順番(描画キューと呼ばれる)を入れ替えて動作を継続させることも可能である。
その他にも電子光学系の自動調整に関する機能が新たに追加、あるいは改良されており、JBX-A9で標準対応しているPythonスクリプトと併用することで描画に関する一連の動作をユーザーの意のままに実行させることができる。
さらに、カセット搬送システム部をウエハー搬送システムに置き換えることにより、300 mm FOUP対応キャリアモードとして最大 25枚ウエハーを連続で自動搬送させることや、他社製コーターデベロッパーと接続してインラインモードでレジスト塗布から描画、現像までを完全自動化することも可能な仕様となっている。

 

カセットストッカーは2式(計10段)まで搭載可能。

Fig. 5 カセット搬送システム

Advanced

JBX-8100FSからオプションで搭載可能となった光学顕微鏡は電子ビームを使用せずに描画室内にある描画材料表面の様子を確認できるユニークな機能であるが、観察可能な領域が限られるという制約があった。そこでJBX-A9は光学顕微鏡を2台搭載し、ステージ位置に応じて2台の光学顕微鏡像をシームレスに切り替えることで描画可能領域全体を観察可能にした。これは例えば材料上の目印や描画対象物を探す際に重宝する。SEM像を用いると材料面上に電子ビームが照射されレジストが感光してしまうが、光学顕微鏡像であればレジストを感光させることなく材料上の目印や描画対象物の探索が可能である。グラフェンフレークをばらまいた基板に電極パターンを作製する場合を例に挙げる(Fig. 6)と、グラフェンフレークは大きさや形状がまちまちで、基板上のどこにあるかは実際に観察しなければわからない。そのため従来は描画装置に材料を入れる前に光学顕微鏡でその位置を確認し、あらかじめ材料上に配置されたマークから座標を特定し、その情報をもとに描画装置でパターンを描画するという手順を踏んでいた。JBX-A9では光学顕微鏡像で対象物を 見つけたら、その座標値を描画ジョブにすぐ反映できるため、作業 効率が大幅に向上する。
また、JBX-A9の開発に合わせて、スポットビーム型電子ビーム描画装置向けの新しいパターンデータフォーマットJEOL53を開発した。これは従来のJEOL52(V3.0)フォーマットを拡張して任意の角度を持つ回転矩形と回転台形の要素を追加したもので、特に円や曲線の表現においてラインエッジラフネス(LER)改善と仕上がりの均一性向上の効果が期待できる(Fig. 7)。さらに、従来の矩形と台形のみで曲線を表現する場合にくらべて図形数が少なくて済むためデータ量が削減でき、さらには図形数に応じて発生する各種セトリング時間も削減できることから描画スループットの向上にもつながる。本機能はJBX-8100FS、JBX-9500FSにも適用可能であるが、JBX-A9では標準で搭載されている。

 

Samples and images courtesy of Graphene Research Centre, National University of Singapore.

Fig. 6 グラフェン上への電極パターン作製例

 

描画は差が顕著に現れる大電流かつ粗いショットピッチの条件で実施したもの。

Fig. 7 データフォーマットの違いによる描画結果比較

環境への配慮

近年は環境への負荷に対する意識が高まっており、装置を開発するうえで環境への配慮は欠かせないものとなっている。電子ビーム描画装置では発熱部の冷却および装置の温度安定のため冷却水を循環させているが、この冷却水循環装置の冷媒として用いられるハイドロフルオロカーボン(HFC)は地球温暖化係数が極めて高く、HFC削減と低GWP冷媒への転換が求められている。そこでJBX-A9ではフロン類を使用しないペルチェ式の冷却水循環装置を採用した。これにより、日常点検や廃棄時の法規制にかかるユーザーの負担を軽減することができるとともに、装置選定時においても環境に配慮された製品という点は大きなアピールポイントの一つとなる。

まとめ

スポットビーム型電子ビーム描画装置であるJBX-A9について紹介した。本装置はJBX-9500FSの基本性能を受け継ぎながら省電力化と省スペース化を実現しており、またノンフロンチラーの採用など環境負荷にも配慮した製品となっている。JBX-A9がスポットビーム型電子ビーム描画装置の最高峰として様々な分野で活用されることが期待される。

謝辞

この装置の開発プロジェクトは2019年1月にキックオフされたが、その後新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大による勤務形態の変化や、その後の部材逼迫による製造難のため当初計画からの見直しを余儀なくされることとなった。それでもこのような難局を乗り越え新製品を市場に送り出すことができたのは、プロジェクトメンバーを始めとする関係者各位のご尽力の賜物に他ならない。この場を借りて深く御礼申し上げる。

参考文献

[ 1 ]Semiconductor History Museum of Japan. “1970s Electron Beam Lithography System ~ Equipment & Materials Table of Contents ~”. 2022-05-11.
[ 2 ]宮内 栄 他. 電子ビーム露光. 真空 = Journal of the Vacuum Society of Japan. 12(7) 1969.07,p.250 ~ 258.
[ 3 ]風戸健二 著. “よぉーし電子顕微鏡でいくぞ! 下巻”, 日本図書刊行会, 2004.12. 4-8231-0789-6,p.320 ~ 327.
[ 4 ]Christof Klein, and Elmar Platzgummer, “MBMW101: World’s 1st High-Throughput Multi-Beam Mask Writer”, Proc. SPIE Vol. 9985, 998505-7 (2016).

分野別ソリューション

関連製品

JBX-A9 シリーズ電子ビーム描画装置

閉じるボタン
注意アイコン

あなたは、医療関係者ですか?

いいえ(前の画面に戻る)

これ以降の製品情報ページは、医療関係者を対象としています。
一般の方への情報提供を目的としたものではありませんので、ご了承ください。

やさしい科学

主なJEOL製品の仕組みや応用について、
わかりやすく解説しています。

お問い合わせ

日本電子では、お客様に安心して製品をお使い頂くために、
様々なサポート体制でお客様をバックアップしております。お気軽にお問い合わせください。