結晶構造特定の切り札、MicroEDをより使いやすく!
INTERVIEW 16
国立大学法人筑波大学
生存ダイナミクス研究センター
安達成彦 准教授
放射光X線でも測定困難な1 µm以下のサイズの結晶の構造を、電子回折データから解析する手法が2013-2015年に複数の研究者により提案された。それがクライオ電子顕微鏡を用いたMicroED (Micro Electron Diffraction Method) で、微量かつ多形な結晶が混在する試料中に存在する結晶の構造を見ることを初めて実現した画期的なものだ。クライオ電子顕微鏡をMicroED専用機として使い、電子回折のワークフロー確立に奮闘しながら共用運用を推進しているのが、筑波大学生存ダイナミクス研究センター (以下、TARA) の安達成彦准教授だ。
TARAにMicroED専用機が誕生!
それまで遺伝子発現制御の研究を進めていた安達成彦特別助教 (当時) が所属する高エネルギー加速器研究機構 (以下、KEK)
にクライオ電子顕微鏡が導入されたのは2018年。他施設でクライオ電子顕微鏡の利用経験があった安達先生が管理を任されることとなり、ワークフローのマニュアル化を進めて単粒子解析の普及に力を尽くした。2019年からはMicroEDにも取り組み始め、
KEKに在籍していたX線結晶解析の専門家の山田悠介助教 (当時) と連携してMicroED実験の導入に取り組んでいた。
その後、2台のクライオ電子顕微鏡 (日本電子製CRYO ARM™ 300 II、CRYO ARM™ 200)
が導入された筑波大学TARAに、2023年に准教授として着任。以後、MicroED実験を導入し、測定実績を積み上げてきた。
「私がTARAに着任した2023年当時、TARAの岩崎先生と原田先生がCRYO ARM™ 300 IIを単粒子解析用に稼働させておられました。同時に導入されたCRYO ARM™ 200は、MicroED専用機として使わせていただけることになりました。」
MicroED測定により得られた分子 (グルタミン酸ナトリウム) の結晶構造
専用機によるスムーズなMicroED測定
TARAでのMicroEDには二つの特徴がある。
一つはCRYO ARM™ 200をMicroED専用機として運用していることだ。
1台のクライオ電子顕微鏡を単粒子解析とマイクロED両方の測定で使うことも可能であるが、切替える度に測定条件の設定を変更する必要がある。単粒子解析とMicroEDでは電子の照射量が違うため、切替えにはそれなりの時間を要する。この点、TARAでは導入当初からCRYO
ARM™
200をMicroED専用機として運用しているので、スムーズな運用が可能だ。MicroED専用機として共用運用されているクライオ電子顕微鏡は世界的にも珍しく、その存在は非常に貴重でありTARAの大きな強みだ。
「運用施設側としては、どうしても主要な測定手法である単粒子解析を中心に運用することが多く、MicroED専用に使われているクライオ電子顕微鏡は少ないです。なので、MicroED専用機としてCRYO
ARM™ 200を運用できるのは、手間の面でも安定性の面でも大変ありがたい」
使い易さの秘訣は自動化されたワークフロー
二つ目の特徴は「使い易さ」。
微小、微量、多形な結晶構造を解析できるMicroEDの需要は確かにあるのだが、ワークフローやソフトウェアが完全に確立している単粒子解析のように簡単に使うことはできない。ところがTARAの安達准教授は年間40グループからのMicroED測定依頼をこなしているという。どのような仕組みがあるのだろうか?
「我々が運用するクライオ電子顕微鏡は共用設備なので、外部の方に使い易いものじゃないといけない。特に、外部ユーザーの多くは1-2ヶ月に1回程度しか利用しませんので、できる限り使い易くする必要があります。そのためにはできる限り自動化されたワークフローを確立し、マニュアルを整備する必要があると考えました。ただ、一施設のメンバーだけでは限界があるので、複数の施設の研究者が連携するためのMicroEDのオンラインコミュニティが立ち上がりました。測定に関しては阪大の牧野さん、東大の柳澤先生、阪大の中根さんなどに助けていただきながら、自動化ソフトを導入しました。測定後のデータ処理については、阪大の中根さんなどに助けていただきながら、東北大の山田先生が導入しました。自動測定と自動データ処理の仕組みができあがった後は、TARAの専用機でどんどん使い込むことで完成度を上げ、同時にマニュアルも整備してきました。
このように、測定とデータ処理の自動化とマニュアル整備をうまく進めることができたので、TARAのMicroEDは外部の方でも使い易いものとなってきました」
TARAのMicroEDは学部4年生でも使いこなせる!?
こうして可能な限り自動化を進めたTARAのMicroEDワークフローに従えば、学生でも一晩で約200個、週末を使えば約1,000個の粒子を測定可能だという。実際に魚のグアニン結晶の構造を決める実験では、学部4年の学生がのべ1週間ほどで、約2,000個の粒子を測定したこともあるという。学部4年生がクライオ電子顕微鏡でMicroEDを使いこなすことは、世界中を見渡しても希少な事例だ。これは自動測定や自動データ処理を組み込んだワークフローがきっちり機能している証だろう。
学部4年生がMicroEDで魚(サンマ)の鱗を測定し、β型とα型のグアニンが含まれることを確認!
このグアニン結晶の測定結果はMicroEDワークフローの自動化の成果と合わせて、論文として投稿中だ。
「魚の鱗が銀色とか青色とかに光って見えるのは、皮膚にグアニン結晶があるからだというのは知られていたのですが、それがα型なのかβ型なのかはわかっていませんでした。鱗にあるグアニン結晶が小さすぎてX線回折で結晶構造を決めることができなかったんです。2024年にMicroEDで鮭のグアニンの構造がβ型であることがわかったので、じゃあ他の魚もβ型なのか、α型なのか、あるいはβ型とα型が混じった多形な結晶なのかという疑問を持って、学部4年生の学生とサンマ、タチウオ、ルリスズメダイの鱗の根元にある細胞の構造を調べることにしました。MicroEDでは試料中の個々の結晶を見ていくので、β型とα型が混ざっている試料、つまり多形な結晶が混在していても正確に結晶構造を決定できるんです。ただし、細胞内から結晶をとった場合、結晶が傷んでしまったり、身が混ざったりしてしまうので、よくわからない粒子をたくさん測定しないと目的の結晶が見つからないんです。学生が約2,000個もの粒子を測定した結果、β型とα型両方のグアニン結晶の存在を確かめられました。これは優秀な学生の熱意に加えて、測定やデータ処理の自動化が進んでいたおかげだと思っています。
余談ですが、魚の調達も学生に頼んでいたました。魚自体の鮮度が落ちると結晶も傷んでくるので、学生は「活きの良いサンマ」を見分ける能力も身についたはずです(笑)」
他の解析方法の守備範囲の穴を埋めるMicroED
微量かつ多形な結晶が混在する試料中の1
µm以下のサイズの結晶でも回折データを集められるMicroEDだが、さまざまな粒子が混在して目的の結晶があるかどうかわからない試料を測定するのは難しい。100個の粒子を見ればいいのか1,000個の粒子を見なければダメなのかMicroEDだけでは判断が難しく、どこで撤退すれば良いかわからないからだ。そんなときは、粉末X線回折で結晶が含まれるか否かの目星をつけてから、MicroEDで構造を解析するような流れが有効だ。
また、MicroEDの測定データからは分子の構造 (カタチ)
はわかるが元素の種類までは特定できないので、単独で全く未知なる物質の構造解析はできない。構造式や元素の組成がわかればそれを基に各原子を特定できるので、質量分析やNMRとの組み合わせも有効になる。
このようにMicroEDの強みをいかして分子構造を決定するには、他の分析手法との組み合わせが重要になってくる。
「ある研究グループは、微小かつ微量だけど、なんか結晶みたいなものの構造を知りたくて、ずっと粉末X線構造解析に挑戦されていました。しかし、2年間でひとつの結晶の形も特定できなかったんです。2年間かけて、結晶のクオリティを上げてきたはずなのに、粉末X線ではどうしても構造がわからなかった。困り果ててTARAでMicroEDを使ってみたら、たった1週間で、なんと結晶10個の構造を特定できたんです!もうその研究グループはお祭り騒ぎですよ (笑)。そういう経験は何回かありました。クオリティが上がった結晶試料をMicroEDで測定することで、一気に構造が解けたのです。粉末X線構造解析とMicroEDの組み合わせが生み出した好事例ですね。最初は結晶性が悪くても、粉末X線構造解析で目当ての結晶があることさえわかれば、結晶のクオリティをどんどん上げていって、微小な結晶の一つひとつをMicroEDで見ていけばいいんです。こういう測定の流れは、MicroEDにとてもフィットしていると思います。」
画期的な強みを持つ一方、未知の物質の解析に弱点を持つMicroEDは「既存の立体構造解析手法の守備範囲の穴を埋めるような技術」であり、その能力を最大限発揮するには粉末X線回折や質量分析、NMRとの相補的利用が効果的だ。
MicroED成功の鍵は、事前打合せと測定への立会い
TARAで実際にMicroEDを使う際、測定をうまく進めるには事前の打ち合わせが最も重要だ。
試料の状態や特徴、データ解析者のスキル、解析目的、依頼側の結晶解析に関する知見、さらにはMicroEDという技術の限界点を正確に共有したうえで測定に臨むのが理想だ。
「依頼者と丁寧にすり合わせをしてからスタートすると、測定がスムーズに進むことが多いですね。もちろん依頼者が知りたいことを充分に吟味した結果、MicroEDでは無理ですとお伝えする場合もあります。
あと、試料に精通した方が測定に立会うことも非常に重要です。試料だけ送ってこられると、いろいろ齟齬が生じます。我々は試料のことはよくわからないので、何かあったときは試料に詳しい人に、その場でいろいろ判断していただかないと、うまく進まないのです。」
MicroEDのNational Centerを立ち上げたい!
2023年以降、多くの研究者と連携しながら、「自動化によるMicroEDの標準化」ともいうべきテーマに取り組んできた安達准教授。強みも弱みも知り尽くしたMicroEDのエキスパートに、これからの挑戦について訊いてみた。
「MicroEDはまだ手探りの部分も多い新しい技術です。共用施設としてTARAのクライオ電子顕微鏡をスムーズに稼働させるだけでなく、リアルタイムで入ってくる依頼者の声に耳を傾けながら、専用機という強みを活かして運用システムを磨き上げていきたい。そして、これまでにTARAのシステムを阪大やSPring-8に輸出してきたように、学外の他の研究機関にも積極的に輸出していきたいと思っています。ゆくゆくは、TARAと同レベルのクライオ電子顕微鏡が10台くらい設置された「MicroEDのNational
Center」を立ち上げて、より多くの方々のお役に立ちたいです!」
安達 成彦 (あだち なるひこ)
筑波大学TARA (クロスアポイントメント:日本電子株式会社)
バイオ産業情報化コンソーシアム特別研究員、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所特任准教授などを経て2023年12月より現職。博士 (薬学)。
