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クライオ電子顕微鏡の挑戦的活用
〜ソフトマテリアルへの新展開〜

INTERVIEW 17

国立大学法人筑波大学
生存ダイナミクス研究センター
原田彩佳 助教

2017年に開発者がノーベル化学賞を受賞して以来、「クライオ電子顕微鏡」は目覚ましい速さで普及し、生体内分子の微細構造解析になくてはならない存在となった。2022年筑波大学生存ダイナミクス研究センター (以下、TARA) にも2台のクライオ電子顕微鏡 (日本電子製CRYO ARM™ 300 II、CRYO ARM™ 200) がAMED事業の一環として導入され、岩崎憲治教授の研究チームがタンパク質やウィルスなどのバイオ系試料の微細構造の観察で多くの実績を上げてきた。
そのチームの一員としてCRYO ARM™ 300 IIの共用運用を担う原田彩佳助教は、これまで測定の主役ではなかった「ソフトマテリアル」の観察に新たな可能性を見出し、クライオ電子顕微鏡の挑戦的活用を進めている。

強みが知られるにつれ
新分野にも拡がり出したクライオ電子顕微鏡観察

2021年9月、TARAに着任した原田彩佳助教はX線結晶構造解析による構造生物学研究の経験を買われて、CRYO ARM™ 300 IIの共用運用を任されることになった。
運用当初、企業や他大学からの測定依頼の大半を占めたのは、創薬に関連するタンパク質などのバイオ系試料の単粒子解析だった。そして、微細構造解析の成果が世に出るにつれ、むき出しの試料を室温の真空下で観察する従来のSEMやTEMとは異なり、水分を含む試料を極低温の真空下で観察するクライオ電子顕微鏡の強みは、多くの研究者の知るところとなった。

クライオ電子顕微鏡の強み:氷で包理した試料を極低温の真空下で観察するため、1. 水分が干からびていない、ありのままの状態を観察できる。2. 電子円による試料の損傷を抑制できる。従来のSEMやTEMではむき出しの試料を室温の真空下で観察するため1. 水分が干からびた状態でしか観察できない、2. 試料が電子線で損傷される。

その結果、それまでSEMやTEMで干からびた状態の試料しか観察できていなかった企業などから、「クライオ電子顕微鏡ならありのままの状態の綺麗な画像を撮れますか?」といった問い合わせが入るようになったという。
「運用当初はタンパク質の単粒子解析をずっとやっていましたが、そのうち材料分析をされている企業さんから、化粧品関係の脂質や髪の毛といったソフトマテリアルの解析依頼というか、相談が入り始めたんです。これまでSEM画像しかなかったけど、クライオ電子顕微鏡を使って新しいインパクトのある画像を撮りたいというニーズでした。私自身観察したことのない試料でドキドキでしたが、薄く加工してグリッドにきちんと載せたらハッキリした画像が撮れて、ソフトマテリアルの構造観察にもクライオ電子顕微鏡が適していることがわかったんです!」

ソフトマテリアルの微細内部構造撮影に成功!

クライオ電子顕微鏡によるタンパク質の微細構造画像は世の中に溢れているが、ソフトマテリアルをハイエンドモデルのクライオ電子顕微鏡で観察すると、一体どのような像が見えるのだろうか、実際の観察像を見てみよう。

クライオ電子顕微鏡による脂質ナノ粒子観察像

左:脂質ナノ粒子が重なって存在、右:脂質ナノ粒子が分散して存在

※画像は日本メナード化粧品株式会社よりご提供

これは企業から持ち込まれた化粧品材料の脂質ナノ粒子のCRYO ARM™ 300 IIによる観察像だ。乾燥や染色による変形を抑え、脂質ナノ粒子本来の形状や内部構造を液中に近い状態で観察できた。

クライオ電子顕微鏡による毛髪ダメージの微細構造観察像

健康な毛髪(根本)と傷んだ毛髪(毛先)。キューティクルとマクロフィブリル。

※画像は株式会社日産アークよりご提供

内部に水分が含まれている毛髪も、クライオ電子顕微鏡の強みがいきる観察対象だ。上の画像は、これまではTEMで干からびた状態の毛髪を観察していた企業からの「水分を保持したままの状態で構造を見たい」という依頼に応えたものだ。
いずれの画像でも乾燥や固定の影響で構造が崩れたり損傷しているような様子はなく、キューティクルの細胞膜複合体や、マクロフィブリルに穴がボコボコ空いている様子といった内部の微細構造までハッキリと見ることができた。

クライオ電子顕微鏡による口紅 (油性試料) 観察像

ワックスが板状の結晶からカードハウス構造を形成。液状油が結晶の隙間に存在する。

※画像は株式会社日産アークよりご提供

これは口紅の観察像。口紅ではワックス状の結晶がカードハウス構造をとっており、その空隙に油や色素が入っている。塗ったときにその構造が崩れる際の滑らかさが塗り心地に関わってくるため、カードハウスがどういう状態で積み重なっているのか、クライオ電子顕微鏡で微細構造を観察したものだ。電子線損傷による構造の崩れもなく、規則正しい結晶の重なりが見えており、油分や柔らかい成分を含む試料でも、変形を抑えた状態で内部構造や成分分布を観察できることがわかる。
このようにソフトマテリアル系材料の微細構造の観察にもクライオ電子顕微鏡が有効なことがわかってくるにつれ、測定件数も一気に増え出した。

ソフトマテリアル系の測定件数の推移

クライオ電子顕微鏡観察で産業界のニーズも見えてきた

上記のような案件を通じて、企業の方と意見交換を進めるうちに、産業界の求めているコトが少しずつ明らかになってきた。従来同様、タンパク質やウィルスの単粒子解析ニーズはもちろんあるが、ソフトマテリアルの微細内部構造をあるがまままの状態で観察したいという潜在的ニーズが、クライオ電子顕微鏡の普及により表に出てきたのだ。従来のSEMやTEMで見ることができなかったモノを見たいと思っていた人が、世の中にはたくさんいたというわけだ。
TARA以外でも似たようなことはあるようで、同じつくばエリアにある物質・材料研究機構 (NIMS) からは水系の材料をSEMではなくてクライオTEMで測りたいという相談が結構入ってきたり、ある施設のクライオ電子顕微鏡はバイオ系の測定で混んでいるから材料系の案件はペンディングになっているといったことも聞かれるようになってきた。
「予想外の分野からの相談も増えてきていまして・・・これは私個人の最新トピックスなんですが、粘土状鉱物の懸濁液を観察できないかという相談があったんですよ。いよいよ地球科学分野か!と驚きましたが、水系のモノなので従来の単粒子解析の手法で観察できそうです。こんな思いもかけない相談の中から、クライオ電子顕微鏡によるサイエンスへの新たなアプローチを発見できるかもしれないと、ちょっとワクワクしています。」

画像解析による形状定量の自動化に挑む

始まったばかりのクライオ電子顕微鏡でのソフトマテリアルの観察においては、「微細な内部構造が見える1枚のキャッチーな画像が撮影できた」、「目指している形状が多そうだという見た目の傾向が確認できた」というレベルで測定成功というのが今の状況だ。
そんな中、観測しているグリッドに多く含まれている形状が試料全体に同じように存在するのか?観察画像全体の何%を占めているのか?そんな視点でソフトマテリアルの観察精度を上げていく必要性を原田助教は感じている。

脂質試料の観察で見える多様な形状の粒子

※画像は日本メナード化粧品株式会社よりご提供

「素敵な形状が見える画像が撮れたとき、その形状がグリッド画像全体の何%を占めているかを自動解析したいと思っています。単粒子解析で得た何千枚も画像撮影をするノウハウを使ってソフトマテリアルを撮影し、分布評価というか、特定形状の自動定量ができるようにすれば結構いいかもと思っています。持ち込まれるソフトマテリアルの試料は単一じゃなくて、いろいろなものが入っていることが多いので、形状ごとに定量できれば、観察結果の考察で役に立つはずです。
例えば、リポソームは中に薬剤を導入して使うことが多いのですが、クライオ電子顕微鏡で観察すれば中に薬剤が導入されたものと空っぽのものを、形状で見分けることができます。もしも、一気にたくさんの画像を撮影して薬剤の導入効率を自動解析できるようになれば、すごく喜ばれる予感がします。そんな画像解析の自動化にもチャレンジしたいなと思っています。」

薬剤が入った状態のリポソーム

学外との連携やSEM & TEMユーザーとの連携がカギ

クライオ電子顕微鏡のソフトマテリアルへの新たな適用に挑む原田助教に、その取り組みの成否のカギを訊いてみた。
「うーん、やはり学外との連携につきると思いますね。
例えば、多くの電子顕微鏡を有し膨大な種類の材料を扱っているNIMSさんとの連携はお互いプラスの面が大きいはずです。SEMやTEMで観察を行っている研究者と我々が組んでNIMSの豊富な材料を観察し、クライオ電子顕微鏡の強みに関する知見をさらに積みあげていけば、バイオロジーだけではなくて、材料系の人たちにも使いやすい環境をつくれるはずです。
さらに、産総研やKEKといった研究所も巻き込んで、つくばエリアとしてソフトマテリアル観察に取り組む姿勢を打ち出すことで、他のクライオ電子顕微鏡施設との差別化を狙っていきたいです」

ソフトマテリアル観察の悩みの種は試料調製

最近、測定依頼が急増している燃料電池触媒層のアイオノマーは溶液中に分散しているので、タンパク質の単粒子解析同様に薄く氷で包埋すればクライオ電子顕微鏡で観察可能だ。
一方で、固形試料の観察には、従来の単粒子解析にはない試料調製の面での困難さがあるようだ。上に示した、油脂や髪の毛、口紅はある程度水分を含んだ固形なので、凍結させた後に薄く切る必要がある。そしてそれをグリッドに載せて低温のままクライオ電子顕微鏡まで輸送し、カートリッジに装填しなくてはならない。この輸送過程で温度が上がってしまうと、試料が損傷してしまい測定は不可能になるのだ。その後の測定・解析の過程は固形試料とタンパク質では大きな違いはないという。
つまり現状の一番の課題は、固体試料を凍結させた後に、いかにスムーズに薄く切って低温のままクライオ電子顕微鏡に装填できるかという試料調製の部分だ。
「今観察している固体試料は、他の施設で薄く切ったものを運び込んできてもらったものなんです。この辺りの試料加工環境も改善しないと、大きな声で「TARAではソフトマテリアルの観察もやってます!」とはなかなか言いにくい・・。
凍結させた試料をイオンビームで薄く切る装置、例えば日本電子製のクライオFIBを、そのまま日本電子製CRYO ARM™ 300 IIに繋げられたら、失敗も少なくて理想的なのですが、とても高価で簡単に導入できるものではありません。
そういう面でも、NIMSをはじめとするつくばエリアの学外組織との連携が重要だと思っています。筑波大単独で高価な設備を導入することは難しいかもしれませんが、オールつくばとしての導入なら可能性があるんじゃないかと。
とはいえ他人頼りじゃダメなんで、非力ながらいろいろ作戦を練っています(笑)」

オールつくばでのプロジェクト推進で課題解決へ

一人の研究者として、「近くの研究機関のどこかにクライオFIBが入らないかな・・・」と願っているだけかと思いきや、願いを実現するために、自分ができる行動で思いを表現していくのが原田スタイルだ。
この4月にはNIMSのソフトマテリアル研究者と連携して、「クライオ電子顕微鏡による材料系の微細構造解析(仮)」というテーマで、プレ研究的な位置付けの1年間のプロジェクトに応募済みだという。
「このプロジェクトにうまく採択されたら、まずTEMできっちりした観察像が撮れている試料を片っ端からクライオ電子顕微鏡で観察して、TEMとクライオ電子顕微鏡の差を正確に知りたい。そして、その観察で積み上げた知見をもとに、さらに大きな競争的研究資金の獲得・運用にチャレンジしたいですね。その過程で、クライオFIBのような材料加工設備をつくばエリアに導入できれば、「ソフトマテリアルを見るなら筑波!」みたいな差別化ができるんじゃないかと、密かに野望を抱いております(笑)
個人的には、ソフトマテリアルの構造解析を高効率に行うための「高スループットクライオ電子顕微鏡基盤」の確立に取り組みたいですね。試料調製、観察、画像解析が一体化された解析フローを構築して、最終的にはソフトマテリアルをはじめとする溶液中あるいは湿潤状態で機能する構造を持つ材料の研究者が日常的に利用できる、汎用的構造解析基盤として社会実装されることが大きな目標です。」

SEM、FIB加工、クライオ電子顕微鏡という異なる技術を高い視座から見渡し、周辺コミュニティを巻き込みながらTARAセンターの差別化とサイエンスへの新たなアプローチを探索する尖った研究者、原田彩佳助教の今後の動きに注目していきたい。

<筑波大学TARA岩崎研究室>

TARAの「構造生命学研究 岩崎プロジェクト」を率いる岩崎憲治教授が主宰。構造生物化学の技術により、「軟部腫瘍の原因となる分子の構造解析」と「最先端クライオ電子顕微鏡 (日本電子製CRYO ARM™ 300 II、CRYO ARM™ 200) の運営」などの研究課題に取り組んでいる。

原田 彩佳 (はらだ あやか)

筑波大学TARA 岩崎研究室

総合研究大学院大学で博士号 (学術) 取得後、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所研究員、慶應義塾大学薬学部助教などを経て2021年9月より現職。

製品情報

CRYO ARM™ 300 II (JEM-3300) 電界放出形クライオ電子顕微鏡

CRYO ARM™ 200Ⅱ(JEM-Z200CA) 電界放出形クライオ電子顕微鏡

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