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実用化の先を見据える ― 全固体電池研究の最前線と課題

INTERVIEW 18

大阪公立大学大学院工学研究科
マテリアル工学分野
森 茂生 教授

全固体電池は電気自動車の次世代バッテリーとして期待されているが、実用化にはまだ多くの課題がある。大阪公立大学の全固体電池研究所では複数の研究グループが技術課題に取り組むとともに、「全固体電池実用化研究会」を通じ企業連携や人材交流にも取り組んでいる。全固体電池の難しさはどこにあるのか、そして産業界とどのように向き合っていこうとしているのか、同大学の森茂生教授にお話を伺った。

産学を挙げて進む全固体電池開発

「世界で最も影響力のある科学者トップ2%」というリストがある (※1)。引用数の多い論文の研究者を分野ごとにランク付けしたものなのだが、その2025年版に大阪公立大学 全固体電池研究所に在籍する5人の研究者の名があった。

※1 「Science-wide author databases of standardized citation indicators」。米スタンフォード大学とオランダのエルゼビア社が作成・公表

大阪公立大学 全個体電池研究所 (2020/8設立)

同研究所にはアプローチ別に、①新物質開発、②固体-固体界面制御など5つのグループがあり、そのほとんどのグループに「世界で最も影響力のある科学者」がいる。

引用:大阪公立大学 全固体電池研究所 News Letter No.2

特許庁:全固体電池特許出願技術動向調査
論文発表件数上位研究者所属機関リスト

全固体電池特許出願技術動向調査 論文発表件数上位研究者所属機関リスト

引用:大阪公立大学 全固体電池研究所 News Letter No.2

また、特許庁による「令和5年度特許出願技術動向調査」では、全固体電池が日本の強みを有する技術分野であることが示されている。
さらに、2013年から2022年に発表された固体電解質に関する論文数をもとにした機関ランキングでは、大阪公立大学は世界2位、日本1位に位置している。

こうした実績と体制からも、大阪公立大学は全固体電池研究において世界をリードする拠点のひとつであることがうかがえる。

固体電池は次世代の二次電池、特に電気自動車 (EV) の駆動用バッテリーとして期待され、いまや多くの電池メーカーや自動車メーカーが取り組んでいる。だが、実用化に向けてはまだ多くの技術課題やコストの問題があるという。今回、その技術課題や研究の難しさについてメカニズム解明グループの森茂生教授にお話を伺った。ちなみに森教授は「世界で最も影響力のある科学者トップ2%」2025年版リストに名前が挙がった一人だ。

"元に戻らなくなる"という問題

全固体電池の基本的な構造は、正極活物質 (※2) と負極活物質 (※3) の間に固体の電解質があるという構造である。充放電時にはリチウムイオンが固体電解質中を移動する。また、電解質も活物質も基本的に粉体から作られる。全固体電池研究所では多種類の材料を研究しているが、特に重視しているのは硫化物系の電解質を持つリチウムイオン二次電池である。

※2 リチウムイオン二次電池の場合、充電時にリチウムイオンを放出し、放電時に同イオンを取り込む材料

※3 リチウムイオン二次電池の場合、充電時に正極から来るリチウムイオンを取り込み、放電時に同イオンを放出する材料

構造自体は単純なので、一見、複雑な問題はなさそうに思える。だが、これらの粉体が「どういった接触状態になっていてどういった界面を作っているか」(森教授) がまず問題になるという。

全固体電池の内部

界面が問題になるというのは、例えば充放電を繰り返すことで活物質が膨張・収縮してしまい電解質との界面の接触が悪くなるケースが分かりやすい例だ。これにより抵抗が高くなってしまうのだが、場合によってははがれて絶縁に近い状態になることもあるという。

また「電圧をかけてイオンが動くことで構造が変わったり化学反応が起きて元に戻らなくなったりしてしまうケースもある」(森教授) という。

動くイオンは電荷キャリア (リチウムイオン) だけではない。リチウムイオンを移動しやすくするために、硫化物系の固体電解質のなかにリチウムより大きな塩素 (Cl) や臭素 (Br) といったハロゲンを骨格として導入する提案 (※4) があるのだが、混ぜたハロゲンが陰イオンとなり、充放電に伴って活物質界面へ移動したり界面付近の組成を変化させたりすることがあるのだという。

※4 アルジロダイト型硫化物固体電解質

「繰り返し利用される二次電池は、本来、Reversive (可逆的な、元の状態に戻る) でないといけない」(森教授)。元に戻らず本来の特性が出せなくなってしまうのなら、それは使い切りの一次電池と同じになってしまう。全固体電池の研究ではこのほかにも「より短い時間で充電できる材料探し」や「工数の少ない製造プロセス」など多くの課題が存在し、その一つひとつを解決していかなければならないのだ。

問題究明には多様な装置が必要に

当然、問題を分析する装置も様々なものが必要になってくる。粉体の様子を見る場合はµmレベルの観察装置でよいが、組成や構造の変化を観察するためには元素の分布や状態が分かるさらに微細スケールの観察ができる装置が必要になる。元素の確認といってもリチウムのように原子番号の小さい (軽い) 元素の場合とそれより大きい (重い) 元素では測定方法も装置も違ってくる。

全固体電池作製用グローブボックス

全固体電池作製用グローブボックス

さらに面倒なのは、こうした観察や分析を大気非暴露の環境で行わなければならないことだ。研究対象のリチウムは、大気中の水分と即座に反応して水酸化リチウムを生成し可燃性の水素ガスを放出するし、同様に硫化物系固体電解質は、大気中の水分と反応して構造が変化し有毒な硫化水素ガスを発生させる。このため試料は大気非暴露の環境(グローブボックス内)で作り、密封容器に入れて分析装置に持ち込む。分析装置も密封容器内の試料を大気非暴露で分析できる仕様でないといけないのだ。

最新導入した装置の多彩な仕様

分析が多岐にわたる様子は研究所に導入された装置の仕様を見てもうかがい知ることができる。例えば2025年度には、文部科学省「J-PEAKS」事業の導入装置の一部として、日本電子から以下の4つの装置を搬入した。

  • ショットキー電界放出形走査電子顕微鏡:JSM-IT810
  • ガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計:JMS-T2000GC AccuTOF™ GC-Alpha 2.0
  • 極微小単結晶構造解析プラットフォーム:XtaLAB Synergy-ED
  • エネルギーフィルター走査電子顕微鏡

一つ目のJSM-IT810は通常の走査電子顕微鏡 (SEM) の機能にとどまらない。チャンバー (試料室) の周りにはいくつかアタッチメントが付いている。一つはエネルギー分散形X線分析装置 (EDS:Energy Dispersive X-ray Spectrometer) である。SEMで観察した元素の定性・定量分析や元素マッピングが可能となる。また別のアタッチメントの正体は軟X線発光分光器 (SXES:Soft X-ray Emission Spectrometer) である。SXESでは、EDSでは分析が難しい軽元素であるリチウムを高感度に分析できるだけでなく、その化学状態や結合状態に関する情報も得ることができる。

JSM-IT810 ショットキー電界放出形走査電子顕微鏡

オペランド分析に対応しているのもJSM-IT810の特徴だ。オペランド分析とは試料が機能を発現している過程を直接観測すること。具体的にはオプションの充放電ホルダーを備えているので、充放電を行いながらその電流値を計り、同時に試料のミクロな状況変化を観察するといったことができるのだ。こうした機能を活用し、「電極を接触させて充放電状態を再現しながら、界面の変化をその場で捉える観察にも取り組みたいと考えている。」(森教授)

二つ目の装置、JMS-T2000GCは、装置の分類としては「ガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計」である。ただし従来のクロマトに比べてより多くのイオン化手法を備えていて、これまでイオン化が困難だった化学物質もイオン化して検出できるという特徴を備えている。しかもAIを活用した自動定性解析ソフトを搭載しているので、化学物質の分子式の候補を高い精度で挙げてくれる。

大阪公立大学では機器名を「未知物質解析システム」としている。充放電を繰り返した結果、思わぬ化学物質が生成されたときにはこの装置が物質の正体の解明に力を発揮するのだろう。

極微小単結晶構造解析プラットフォーム
XtaLAB Synergy-ED

三つ目のXtaLAB Synergy-EDは日本電子と株式会社リガクとの共同開発による極微小単結晶構造解析プラットフォームだ。「単結晶」を対象にした装置と聞いて小さな違和感を覚える人がいるかもしれない。粉体を押し固めて作られた試料ならアモルファス状態ではないかと。だが、電解質に微細な結晶を散在させることで伝導率が上がることが分かっている。このために熱処理で結晶を作り込んだ素材の開発が進められている。出来た微結晶の種類や状態を確認することも研究では必要になってくるのだ。

四つ目のエネルギーフィルター走査電子顕微鏡は日本電子が提案する、これまでにない新しい電子分光装置だ。それぞれエネルギー帯の異なる、二次電子 (数十eV以下)、オージェ電子 (数十~数keV)、反射電子 (入射電子のエネルギーに近い高エネルギーから、二次電子に近い低エネルギー帯まで) の情報をほぼリアルタイムに取り分けて取得し、「あとから、この場所の成分を詳しく見たい」という分析を可能にした。つまりエネルギー帯を後から指定することで、試料表面の元素分析 (オージェ電子分光) ができたり、化学状態分析や、その上の電子状態分析などができたりする。一度の測定で同じ試料を多角的に分析できるため「課題解明の大きな手助けになると期待される装置」(森教授) なのだ。

エネルギーフィルター走査電子顕微鏡の前に座る森茂生教授
エネルギーフィルター電子顕微鏡

イオン銃を備えているためエッチングを行いながら深さ方向に分析を進め、各層のスペクトル情報を高速に取得・積み重ねることで、従来は困難だった三次元データの実用的な解析が可能になる。

これら分析装置を活用し多様な分析を進める全固体電池研究所には、実用化のヒントはもちろんのこと、基礎研究の面でも知見が積み上がっていくのだろう。

元学長の視線は実用化の先に

全固体電池研究所が発足したのは2020年8月。自身、全固体電池の研究者でもあった辰巳砂 昌弘 大阪府立大学学長 (当時、※5) の下、産業界からの期待を受けつつ設立した研究所は、当初から社会実装(実用化)を目的に据えていた。このため、発足から1年も経たない2021年4月に同研究所のメンバーが中心となって「全固体電池実用化研究会」を立ち上げたのは自然な流れだった。企業との連携や研究人材の交流を目的とした会だ。

※5 2022年4月に、大学の統合に合わせて大阪公立大学初代学長に就任。加えて、在学生が在籍する間は大阪市立大学と大阪府立大学はともに大学運営が必要であることから、この運営を一体的に行うため、辰巳砂学長が2022年4月から2025年3月まで大阪市立大学学長、2023年4月から2025年3月まで大阪府立大学学長を兼任した。

全固体電池研究所の歩み

2020.8.

全固体電池研究所、設立

名称は「大阪府立大学全固体電池研究所」

2021.4.

全固体電池実用化研究会を設立

名称は「大阪府立大学全固体電池実用化研究会」。企業との連携/研究人材の交流を積極的に進めることを目的とした研究会。特別会員含む会員企業数は110社 (2026年4月現在)

2022.4.

市立大と府立大が統合

これに伴い研究所および研究会の名称が「大阪公立大学全固体電池研究所」「大阪公立大学全固体電池実用化研究会」に変更

2022.8.

関西蓄電池人材育成等コンソーシアムが発足

近畿経済産業局を中心に産学官が連携し、2030年までに電池製造分野で約2.2万人、材料などサプライチェーン全体で約3万人の人材育成を目指すコンソーシアム。大学には高度技術人材約8,000人の育成が期待されているほか、講義や見学受入れ等を通じて製造人材育成も担っている。全固体電池研究所は、最先端の電池材料開発や評価解析技術をベースとした人材育成拠点として参画している。

2023.4.

共同利用・共同研究拠点として文科省から認可

全固体電池に特化した共同利用・共同研究拠点としては全国初

2023.12.

J-PEAKS採択の提案で研究シーズ代表例に

大阪公立大学を提案大学とする事業提案が文部科学省の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業 (J-PEAKS)」に採択される。大阪公立大学が強みを持つ全固体電池を基軸にしたエネルギー材料研究は、産学官民の共創を通して推進することで政策の立案や社会実装に積極的に貢献できる特徴ある研究シーズの代表例として言及されている

2025.4.

スマートエネルギー棟がオープン

スマートエネルギー棟は文部科学省「大学の連携による産学官連携・共同研究の施設整備事業」及びJ-PEAKSの支援を受けて大阪公立大学 中百舌鳥キャンパスに建てられた拠点。次世代全固体電池の試作ラインや研究基盤共用センター、産学官連携のインキュベーションスペースを備えている

関西地区にはパナソニックエナジーやGSユアサなど電池関連企業が多く、特に大阪湾沿岸地域はリチウムイオン電池の製造工場、関連部材メーカー、研究開発機関が集積していて「関西バッテリーベイ」と呼ばれるほどである。そうした企業からの期待もあり、100社を超える企業が参加する研究会となった (2026年4月現在)。

「『実用化した後こそ基礎研究が重要だ』と辰巳砂先生はよく言われます。大学は基礎研究ばかりやって実用化されたら研究は終わりとなりがちだが、それでは日本の産業の支えにはならない。実用化した後にも何が起こっているのか理解してどれだけ高めていけるかが大事だという意味でしょう」(森教授)。

企業が強く求めているのはまずは実用化へのブレークスルーであることは間違いないだろう。だが実用化した後も基礎研究から得られた知見を元に製品力向上を支援してくれる大学があるとすれば、それは企業にとってありがたい存在に違いない。

2025年4月1日にオープンしたイノベーションアカデミースマートエネルギー棟
企業との共創研究やスタートアップ創出を推進するための産学官民リビングラボ施設

森 茂生 教授

森 茂生 (もり しげお)

大阪公立大学大学院工学研究科 マテリアル工学分野 教授

機能性材料の構造解析を専門とする。電子顕微鏡を用いた微細構造評価をはじめ、全固体電池材料の反応機構や界面現象の解明に取り組んでいる。

製品情報

JSM-IT810 ショットキー電界放出形走査電子顕微鏡

JMS-T2000GC AccuTOF™ GC-Alpha 2.0 ガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計

極微小単結晶構造解析プラットフォーム XtaLAB Synergy-ED

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