表面観察から元素分析、レポート作成までを一括して行える汎用走査電子顕微鏡の開発
進まないソフトウェアの統合
一方、同時に進んでいたEDSの統合は困難を極めていた。
もちろん、EDSの装置自体をSEM本体に取り付けること自体は造作もない。だが、それだと制御ソフトウェアが分かれたままなので、操作や分析結果の表示はSEMとはまったく別のPCやモニターで行わなければならない。加えて、どんなに早くEDSを使いたくても、まずはSEMで観察する場所を特定してから切り替えなければならず、手順の煩雑さは解消しない。ソフトウェア開発担当の材木寿志も昔からこの煩わしさが気になっており、シームレスにEDSとSEMの操作ができるシステムを作りたいと考えていた。
以前からの構想が認められ、開発を任された材木は、本社のEDS開発部署に協力してこれを進めた。
ところが、「ガラケーと音楽プレイヤーを両方持つなら一緒の方がいいですよね?これから出すのはスマートフォンです」と力説するも、あまり理解が得られない。開発者やソフトウェア担当者が重要だと思う手順が、必ずしもユーザーにとって使いやすい手順とはならない。たったそれだけのことを理解してもらうのに、材木は精も根も使い果たし苦悩した。
材木 寿志
日本電子テクニクス システム開発部システム2G
趣味・特技: エレキギター
GUIの設計も含んだ装置全体のソフトウェア開発を行う。
今回の開発では、観察~分析~レポート作成をシームレスに行うため、SEM機能とEDS機能を統合したソフト開発を行った。
一般には複雑になる統合操作系を、ユーザーの使い勝手を中心に考えた新しい操作系を提案し実装した。
開発者の意地
そもそもSEMとEDSの連携が大切なのだから、開発者同士の間でコミュニケーションを十分にとる必要が有るという上司からの助言もあり、材木は社外でソフトウェア開発に携わる技術者や外注先の技術者にも日本電子テクニクスに居室を準備し、開発する全てのメンバーを集結する開発体制を敷いた。異例とも思えるこの開発体制により、直接顔を見ながら開発することができ、日本電子グループの総合的な技術力を最大限に発揮できる土壌ができた。
SEMの観察とEDSの元素分析とでは、その目的も出力されるデータも異なるため、同じ画面上に同居させるのはかなり難しい。加えて、すべての要求や仕様を満たすことを重要とするソフトウェア開発者は、画面上に複数の情報をすべて並べてしまいがちだ。これでは、画面が煩雑になって、クリックや操作回数が増加してしまう。とても使いやすいとはいえない。
材木はここに切り込んだ。ユーザーに最も近い使い方をするアプリケーショングループの意見を取り入れ、徹底的に簡素化・簡便さを追求。ボタン1回でEDS分析の結果が得られるインターフェイスを作り上げた。
「電子レンジ」のように簡単に使える装置に
また観察、分析のしやすさだけでなく、その結果を簡単にレポートできる機能も搭載した。経験の少ないオペレーターにとっては分析結果の表示を見ても、何を意味しているのか正確には把握できていないことも多い。そんな結果を複数まとめて報告書にするとなれば、いよいよ大変な作業となる。とはいえ、関係者に誤解なく報告する必要はある。それなら、誰でもボタン操作だけで報告書を簡単に作成できるプラットフォームを作ってしまおうというアイデアだった。
「例えばオーブンレンジで、グラタンモードなどの各種専用ボタンや機能がたくさんありますが、あまり使いませんよね。特にそのような機能を使いこなさなくても、決まったボタンを数回押すだけで目的を達することができます。基本的にはSEMも同じだと思います。説明書を読まなくても少ない手順で簡単に使えること・・・そういうことが大事なんです。」と4人の開発者は声を揃えて強調する。
プロジェクトチームとEDS開発部署のコミュニケーションが密になるにつれ、装置の完成度も向上。日本電子テクニクスの開発者の熱意と日本電子を含む多くの技術者の力を結集し、SEMとEDSの機能を高度に統合したSEM、JSM-IT500は2017年3月に無事発売を迎えた。
カタログに掲げられた装置のキャッチコピーは「Nonstop!」、まさにこのプロジェクトを象徴する言葉である。
開発者全員で徹頭徹尾ユーザー目線から考え抜いて作り上げたSEMの金字塔だ。
汎用SEMの常識は今、大きく変わりつつある。