GC/EI法およびPI法を組み合わせた水性インクの組成分析-1 ~msFineAnalysis iQによる統合解析~
MSTips No. 395
MSTips No. 395
はじめに
ガスクロマトグラフ四重極質量分析計 (GC-QMS) は、揮発性化合物の定性 / 定量分析装置として幅広く活用されており、様々な材料中の組成分析の手法として非常に有用である。
通常、GC-QMSによる定性分析は、電子イオン化 (Electron Ionization, EI) 法の測定データを用いたライブラリーデータベース (DB) 検索が一般的であるが、ライブラリースペクトルとの類似度のみを指標に定性解析を行うと、化合物によっては複数の有意な候補が得られる場合や、誤った候補が同定結果として選択される場合があるため、光イオン化 (Photoionization, PI) 法をはじめとするソフトイオン化 (SI) 法による分子イオンの確認を併用することが有効である。
この場合、ひとつの試料に対して、EI法とPI法の2つの測定データが得られるため、データ解析がより複雑になることから、2つのデータを迅速かつ自動で解析することが可能な統合定性解析ソフトが望まれる。そこで弊社では、EI法, SI法の解析結果を自動で組み合わせる統合定性解析ソフトウェア "msFineAnalysis iQ" を開発した。
本MSTipsでは、市販のインクジェットプリンター用の水性インクについてGC/MS測定を行い、得られた測定データを msFineAnalysis iQを用いて統合定性解析した結果を報告する。
測定条件
試料には、インクジェットプリンター用の水性インク (マゼンダ) を用いた。測定にはGC-QMS (JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta, 日本電子製) を用いた。試料は、原液のまま、GC注入口に1μL注入し、GC/MSによる分離分析を行った。イオン化法はEI法および、ソフトイオン化法としてはPI法を用いた。GC/MS測定の詳細条件をTable 1に示す。測定で得られたデータはGC-QMS専用統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQ (日本電子製) を用いて解析した。
JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta
Table 1 Measurement condition
GC | |
---|---|
カラム | VF-5MS(Agilent Technologies社製) 30 m×0.25 mm I.D., df=0.25 µm |
注入口温度 | 320°C |
オーブン昇温条件 | 40°C (1 min) → 10°C / min → 320℃°C (3 min) |
注入モード | Split 200:1 |
キャリアガス | He, 1.0 ml / min (Constant Flow) |
MS | |
---|---|
イオン源温度 | 250°C |
インターフェース温度 | 280°C |
イオン源 | EI/PI共用イオン源 |
イオン化法 | EI法 (70 eV, 50 µA), PI法 (約8~10 eV) |
測定モード | Scan (m/z 15 - 600) |
結果と考察
水性インク (マゼンダ) のGC/MS測定結果を、Figure 1に示した。上段がEI法、下段がPI法によるトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) である。溶出時間の最も早いピークは、溶剤としての水であり、すぐ後に検出されるピークは、浸透剤として含まれるアルコール成分でイソプロピルアルコール(IPA)であった。また、保持時間9分前後に検出されたブロードなピークは、乾燥防止剤の役割を担うグリセリンであり、さらに、水性インクにおける湿潤・浸透、起泡・消泡などの機能を目的とした界面活性剤の一種である「Surfynol 104」も検出された。
Figure 1 Total ion current chromatograms
次に[ID:008] のピークのマススペクトルをFigure 2に示した。EI法及びPI法共に相関のあるマススペクトルが確認できた。また、msFineAnalysis iQによる統合解析結果リスト (上位5候補) をTable2に示した。この結果より、ピーク [ID:008] の成分は、「Ethanol, 1-(2-butoxyethoxy)-」と推定され、類似度952と優位な数値を示し、さらにリテンションインデックスにおけるΔRI値も2iuとほぼ一致する結果となった。本成分は、水性インクに含まれる溶剤の一種と推定された。
さらに、ピーク [ID:009] のEIマススペクトルとライブラリー検索で1位にヒットした「Caprolactam」のライブラリースペクトルの重ね書き結果と分子イオン (m/z113) の同位体マッチング結果をFigure 3に示した。また、msFineAnalysis iQによる統合解析結果リスト (上位5候補) をTable3に示した。検索結果では、類似度931と優位なライブラリーDB検索結果に加え、リテンションインデックスにおけるΔRI値も16iu、そして、分子イオンの同位体マッチングも0.91と確度の高い推定結果が得られた。本成分は、水溶性ポリアミド樹脂の縮合モノマー成分である「カプロラクタム」と推定された。
Figure 2 Mass spectra of peak [008]
Table 2 Integrated qualitative analysis result of peak [008]
Figure 3 Mass spectra of peak [009]
Table 3 Integrated qualitative analysis result of peak [009]
まとめ
本報告では、水性インク中の主要構成成分の組成分析を目的として、msFineAnalysis iQによる統合定性解析の一例を報告した。検索結果が複数となるような化合物に対しても、ライブラリーDB検索のみではなく、リテンションインデックスや同位体マッチングなどの複数の同定機能を使用することが可能であり、統合解析により一意の結果に絞り組むことができた。本ソフトウェアを用いることで、GC-QMSを用いた定性解析の定性確度向上や効率的な解析作業が期待される。