msFineAnalysis AIのグループ分析機能を用いた酢酸ビニル樹脂中特定成分の抽出
MSTips No.417
はじめに
ライブラリーデータベース(DB)未登録の化合物に対するノンターゲット定性分析では、分子イオンやプロトン付加分子を与えやすいソフトなイオン化法と精密質量測定が可能な飛行時間質量分析計(TOFMS)の組み合わせが有用である。電界イオン化(FI)法などのソフトイオン化法にて分子イオンを観測し、更に精密質量に対して組成推定を行うことでDB未登録の未知化合物であってもその分子式を決定できる。弊社ではEI法とソフトイオン化法で得た2つのマススペクトルを用いて分子式を一意に決定する解析手法1)を“統合解析”と呼称している。さらに、GC-MSデータを用いた手動構造解析の困難さの課題解決として、深層学習によるマススペクトル予測を組み込んだ網羅的な構造解析手法2)(AI構造解析)を開発 し、この統合解析とAI構造解析が可能なソフトウェアとしてmsFineAnalysis AIを2022年にリリースした。
msFineAnalysis AIは、特定化合物を容易に抽出することが可能なグループ分析機能を有している。グループ分析機能を用いることで、ノンターゲット分析においても、ターゲット分析的な解析が可能となる。本MSTipsでは、グループ分析機能を酢酸ビニル樹脂の解析に適応した例について紹介する。
実験

msFineAnalysis AI
試料は市販の酢酸ビニル樹脂を用いた。試料の前処理装置として熱分解装置を使用し、熱分解GC-MS法にて測定を実施した。イオン源はEI/FI共用イオン源を使用し、イオン化法はEI法およびFI法を使用した。得られたデータはmsFineAnalysis AI(日本電子製)にて解析した。その他の詳細な測定条件をTable 1に示す。
Table 1 Measurement and analysis conditions
グループ分析機能について
msFineAnalysis AIは、クロマトグラムのピークの検出方法としてデコンボリューション検出機能を有している。デコンボリューション検出機能では、観測したイオンの精密質量を用いた抽出イオンクロマトグラム(EIC)中で検出されたピーク情報(m/z値、面積値)を用いてマススペクトルを再構築する。そのため、TICC上で1つのピークとして検出されてしまうような保持時間が近い成分(共溶出成分)の分離検出に効果的な機能である。
グループ分析機能はデコンボリューション検出後に使用可能な機能である。この機能では、デコンボリューション検出時に得た観測イオンの精密質量情報をリスト化し、作成した精密質量リスト記載のフラグメントイオンや分子イオン、もしくはニュートラルロスを指定し、それらが観測されている成分の解析結果のみを全体から抽出することができる。
ノンターゲット分析時に網羅的に多成分を解析する際、本機能を使用することでターゲット分析的に特定化合物を容易に抽出でき、より短時間で特定化合物の詳細解析が可能となる。
グループ分析の解析結果
酢酸ビニル樹脂の熱分解 GC-MS測定結果に対して、グループ分析を適応した解析例をFigure 1に示す。図中の左のウィンドウ上段がGC/EIデータ(黒の実線がTICC)、下段がソフトイオン化法のデータ(緑の実線がTICC)である。また図中の右のテーブルには本解析処理の中で検出されたフラグメントイオンを一覧表の形で示している。芳香族化合物で特徴的に観測されるフラグメントイオンの1つである “C6H5” に着目してみると、テーブルの中にも示されているようにこのC6H5を有する化合物は26存在していることがわかる。また、テーブルの中でこの行を選択すると、ソフトウェアがこのイオンを含むピークを左のウィンドウに即座に表示する。Figure 1の左のクロマトグラムでは青いピークがC6H5を統合解析結果に含むデコンボリューション検出ピークである。さらにイオンを指定したまま、GUI右下の「OK」をクリックすると統合解析の主ウィンドウ内に「C6H5 」タブが作成されC6H5を含む結果のみを全体から抽出することができる。
Figure 1 Group analysis function
Figure 2に統合解析結果中にC6H5を含む結果の抽出例を示す。グループ分析機能では全解析結果を含む「全て」のタブと、Figure 1の精密質量リストで指定したイオンもしくはニュートラルロスのグループを最大で5つまでタブで表示することができる。各タブのIDや統合解析結果は共通している。Figure 2の「C6H5」タブに抽出された結果は芳香族化合物群であると考えられる。 グループ分析機能は、詳細解析を実施したい特定化合物を抽出するのに有効な機能である。この機能を用いれば、例えば窒素やリン、硫黄といった元素を含むフラグメントイオンを指定することで、含窒素化合物、含リン化合物、含硫黄化合物を即座に見つけることができる。
Figure 2 Group analysis result for C6H5 ion
結論
msFineAnalysis AIはライブラリデータベース検索に依存しない統合解析を自動で行うソフトウェアであり、ノンターゲット分析に威力を発揮する新しいコンセプトの自動定性ソフトウェアである。ノンターゲット分析で網羅的に多成分を解析することは勿論可能だが、グループ分析機能を使えばターゲット分析的に特定化合物を容易に抽出できるため、より短時間での特定化合物の詳細解析が期待できる。
参考文献
1) M. Ubukata, A. Kubo, K. Nagatomo, T. Hizume, H. Ishioka, A. J. Dane, R. B. Cody, Y. Ueda. Integrated qualitative analysis of polymer sample by pyrolysis–gas chromatography combined with high-resolution mass spectrometry: Using accurate mass measurement results from both electron ionization and soft ionization. Rapid Commun Mass Spectrom. 2020; 34:e8820.
2) A. Kubo , A. Kubota, H. Ishioka, T. Hizume, M. Ubukata, K. Nagatomo, T. Satoh, M. Yoshida, F. Uematsu. Construction of a mass spectrum library containing predicted electron ionization mass spectra prepared using a machine learning model and the development of an efficient search method. Mass Spectrometry. 2023; 12: A0120.