GC-MS/MS を用いた多環芳香族炭化水素類の高感度分析
MSTips No. 448
はじめに

JMS-TQ4000GC
多環芳香族炭化水素(Polycyclic aromatic hydrocarbons : PAHs)は、産業活動のみならず、家庭用暖房や調理、森林火災など、人間活動・自然現象の中の物質の燃焼過程により生成される有機系化学物質の総称である。 PAHs は強い発がん性を有することが指摘されており、また様々な燃焼過程で生成されることから、我々の身の回りのあらゆる物質に含まれている可能性があり、環境汚染と言う観点のみならず多様な観点での規制が進んでいる。
日本国内ではいくつかの PAHs に対して環境基準が設定されている上に、有害家庭用品規制法においてもいくつかの PAHs が規制されているのが現状である。
欧州ではGSマーク認証の中で玩具や家具などの身の回りの製品の安全認証の観点からPAHsが規制されており、また、欧州食品安全機関(EFSA)は食品中のPAHsに関して最大許容量を設定するなど、多方面からの規制が行われており、今後も新たな規制の導入が予想される。
米国においては、米国環境保護庁(EPA)が土壌・水中の PAHs に対する規制を行っており、また、食品医薬局(FDA)においても食品中の PAHs に関する規制値を定めている。また、各州・各自治体が独自の規制を実施している場合もあり、規制の範囲は今後も広がることが予想される。
微量のPAHsを測定する方法はいくつか提案されており、複雑なマトリックス中の特定のPAHsをより感度よく測定するためには「ガスクロマトグラフ三連四重極型質量分析計(GC-TripleQMS)」が一般的には使われている。本MSTipsでは、日本電子(株)JMS-TQ4000GCを用いて表1(左)に示した20種類のPAHsの測定を実施したのでその結果を報告する。
Table 1. Target compounds, Internal Standard compounds and SRM condition for them
実験
今回使用した測定条件をTable 2 に示した。 JMS-TQ4000GCのSRM測定ではモニターチャンネルのスイッチングを高速に行える高速モードと、モニターチャンネルを標準的なスピードでスイッチングし、ショートコリジョンセル内でのイオン蓄積時間を長くすることにより高感度測定が可能な高感度モードがある。今回の測定では、将来的な対象化合物の増加を想定し「高速モード」を使用することとした。 また、キャピラリカラムとして PAHs 分析専用の Select PAH を用い、構造の類似したPAHs のクロマトグラム分離を達成するために GC の オーブン昇温プログラムは細かく設定することとした。また、Table 1 に示したように、実際の測定においては、13C でラベルされたいくつかのPAHsを内部標準物質として用いた。
Table 2. Measurement Conditions
結果
20種類のPAHsについて、5 – 250µg/L の範囲で検量線を作成したところ、今回検討したすべての PAHs で0.999以上の決定係数(r2)を有する直線性が得られた。3種類の Benzofluoranthene (b, k, j) と、内部標準物質として用いた2種類の 13C ラベル体のBenzofluoranthen (b, k) のSRM クロマトグラムを Fig.1 に示した。3種類のBenzofluoranthene (b, k, j) は同じ元素組成を有する構造異性体であることから、モニターするSRM条件が全く同じだが、Select PAH カラムを用いることによりクロマトグラム分離が可能となり、それぞれを個別に定量することが可能であった。
5µg/Lの検量線溶液の測定結果をもとに各ピークのS/N値(Peak to Peak)から、S/N=10 を定量限界(Lower limit of quantification : LOQ)として得られた値をTable 3にまとめた。その結果 Dibenzo(a, l)pyrene および Dibenzo(a, h)pyrene を除く18種類の PAHs に関して 0.3µg/L 以下と言う結果が得られた。また、前述の2種類のPAHs についても 1µg/L 以下の定量限界値が得られたことから、JMS-TQ4000GCによる SRM測定において、今回対象とした20種類のPAHsに関して高感度での測定が可能であることがわかった。
Figure 1. SRM chromatograms of 3 kinds of benzo (b, k, j) fluoranthene and 13C labelled benzo (b, k) fluoranthene
Table 3. Linearity of calibration curve and detection limit for each target PAHs
結論
将来対象成分が増加する可能性を考慮し、今回JMS-TQ4000GC SRM高速モードでの測定を実施したが、いずれのPAHsにおいても高感度に検出することが可能であった。JMS-TQ4000GCがPAHsの定量分析に十分活用可能であることを示す結果が得られた。