HS-SPME-GC-TOFMSによるはちみつ中の香気成分分析
MSTips No. 464
はじめに
はちみつはミツバチが花蜜を採取し、体内酵素と混ぜて巣内で熟成することで生成される。はちみつの風味は蜜源となった花の種類に依存し、蜜源が複数あるものは百花蜜と呼ばれ、蜜源が一種類ものは単花蜜と呼ばれる。日本ではクセの少ない単花蜜のレンゲ蜜やアカシア蜜が好まれてきたが、近年の健康志向によりコクのある風味を持つマヌカ蜜やジャラ蜜も注目されている。
本MSTipsでははちみつの風味に影響を与える香気成分についてヘッドスペース-固相マイクロ抽出-ガスクロマトグラフ-飛行時間質量分析法 (HS-SPME-GC-TOFMS) での分析結果を紹介する。HS-SPMEではヘッドスペースバイアルにサンプルを封入し、その気相部分にSPMEファイバーを露出して揮発成分を吸着させる。揮発成分を容易に抽出および濃縮することで高感度な分析が可能である。GC前処理オートサンプラーHT2850T (HTA S.R.L.) ではこのHS-SPMEに加え、シリンジアタッチメントの交換により液打ちやHS-ガスタイトシリンジ注入にも対応可能である。また天然物であるはちみつにはNISTデータベース未登録物質が含まれていることが予想されるため、AI構造解析が可能なJMS-T2000GCとmsFineAnalysis AIを分析に用いた。
実験
サンプルには市販のはちみつ3種 (百花蜜、アカシア蜜、ジャラ蜜) を用い、それぞれ5 gを20 mLのヘッドスペースバイアルに封入した (Figure 1)。HT2850Tにより70°C 30分のHS-SPME抽出を行い、JMS-T2000GCにてEI/FI測定を行った (Figure 2)。データ解析にはmsFineAnalysis AIを用い、定性解析とサンプル間の差異分析を行った。

Figure 1 Honey samples (Mixed flower / Acacia / Jarrah)

Figure 2 JMS-T2000GC with HT2850T autosampler
Table 1 Measurement conditions
HS-SPME conditions | |||
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Auto-sampler | HT2850T (HTA S.R.L.) | SPME fiber | DVB/CAR/PDMS 2cm (MERCK) |
Sample | 5 g honey in 20 mL headspace vial | Extraction | 70°C 30 min |
Mode | HS-SPME | Desorption | 250°C 5min |
GC conditions | |
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Gas Chromatograph | 8890 GC (Agilent Technologies) |
Column | DB-WAXETR 30 m x 0.25 mm, 0.25 μm (Agilent Technologies) |
Injection mode | Splitless |
Inlet temperature | 250°C |
Oven temperature | 50°C - 5°C/min - 250°C (10 min) |
Carrier flow | He, 1.0 mL/min |
MS conditions | |
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Spectrometer | JMS-T2000GC (JEOL Ltd.) |
Ion source | EI/FI combination |
Ionization | EI (70 eV), FI |
Ion source temperature | 250°C |
Mass range | m/z 10-800 |
Analysis software | msFineAnalysis AI |
測定結果
Figure 3にはちみつ3種 (百花蜜、アカシア蜜、ジャラ蜜) のTICクロマトグラムを示す。百花蜜からはLinalool oxideが強く検出された。アカシア蜜からもLinalool oxideが検出されたが、その強度は百花蜜の1/10程度であった。ジャラ蜜からはAcetoinが強く検出されたが、Linalool oxideは検出されなかった。これらは同じはちみつであるが、香気成分の種類や強度には大きな差があることが確認できた。
Figure 3 TIC chromatograms of three types of honey
Figure 4にmsFineAnalysis AIによる百花蜜とアカシア蜜の差異分析結果を示す。最大ピークとの強度比1%までの18ピークのうち、百花蜜で強く検出されたものは12ピーク、アカシア蜜で強く検出されたものは1ピークであった。
Figure 4 Difference analysis result between Mixed flower honey an Acacia honey
Figure 5にmsFineAnalysis AIによる百花蜜とジャラ蜜の差異分析結果を示す。最大ピークとの強度比1%までの37ピークのうち、百花蜜で強く検出されたものは12ピーク、ジャラ蜜で強く検出されたものは19ピークであった。
Figure 5 Difference analysis result between Mixed flower honey and Jarrah honey
Table2に2回の差異分析結果 (百花蜜とアカシア蜜、百花蜜とジャラ蜜) を結合して得られたピークリストを示す。msFineAnalysis AIの差異分析機能は2検体のみの比較であるが、その結果得られたピークリストを結合することで3検体以上の比較も可能である。このピークリストには面積値が記載されており、表計算ソフトにエクスポートすることでグラフ化も容易である。
なお38ピークのうち4ピークはNISTデータベース未登録であったがAI構造解析により化合物名と構造式を導出することができた。この中には比較的強度の強いピークもあり、得られた定性情報はサンプルの特徴を把握する上で重要であった。
Table 2 Combined peak list of two difference analysis
mainlib : The structure formula was obtained from NIST database/ AI=from AI structure analysis
Figure 6にTable2から作成した各ピークの面積値のグラフを示す。主要ピークについてはその香りの種類を注釈として加えた。百花蜜からは複数の強い花の香りが、アカシア蜜からは控えめな花の香りが、ジャラ蜜からはバターやハーブ様のコクのある香りが検出されており、それぞれのはちみつの特徴を反映した結果となった。
Figure 6 Peak area of each compounds
まとめ
HT2850TとJMS-T20000GCを用いたHS-SPME-GC-TOFMSによりはちみつの香気成分を感度良く検出することができた。検出されたピークにはNISTデータベース未登録物質もあったが、msFineAnalysis AIのAI構造解析により化合物名と構造式を導出することができた。これらの装置とソフトウェアが食品中の香気成分分析に有効であることが確認できた。