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ガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計 (GC-TOFMS) による日本酒中代謝物のノンターゲット分析

MSTips No. 467

はじめに

日本酒は、米、米麴、水を主成分とする日本の伝統的な清酒である。日本酒にはアルコール以外にもアミノ酸、有機酸、糖などの成分が含まれており、これらの影響で様々な風味や呈味を生じる。また、日本酒は米の精米歩合や醸造アルコールの添加有無などで特定名称酒 (吟醸酒、純米酒、本醸造酒) 、それ以外は普通酒といった種類に分別される1)。日本酒中のアミノ酸、有機酸、糖などの成分は、日本酒中の微生物 (麹、酵母) の代謝由来と考えられるため、これら日本酒の種類をメタボローム解析により分類できる可能性がある。
ガスクロマトグラフ質量分析計 (GC-MS) は、ライブラリーデータベース (DB) の豊富さ、操作性の簡便さ、測定の再現性の高さといった特長からメタボローム解析に幅広く使用されている。GC-MSは揮発性の高い成分が測定対象であるものの、TMS化などの誘導体化処理を行うことで糖、アミノ酸といった極性の高い水溶性の代謝物についても測定可能となる。また、メタボロミクス分野ではライブラリーDBに登録されていない"未知物質"が検出される場合もある。この場合、質量分析計として飛行時間質量計 (TOFMS) を用い、電子イオン化法とソフトイオン化法を組み合わせた"統合解析"を行うことで、未知物質であってもその分子式を決定できる2)。さらに、深層学習によるマススペクトル予測を組み込んだ網羅的な構造解析手法3) (以後AI構造解析と称す) を搭載した"未知物質自動構造解析ソフトウェア msFineAnalysis AI"を用いることで、構造式まで推定することが可能である。そこで本MSTipsでは、ガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計 (GC-TOFMS) を用いた日本酒中代謝物のノンターゲット分析事例を紹介する。

実験

誘導体化処理

試料には、市販の分類が異なる日本酒4種類 (大吟醸酒、純米酒、本醸造酒、にごり酒) を用いた。にごり酒については遠心分離 (4°C, 10 min, 12,000 rpm) し、上清のみ実験に使用した。また、全試料を等量混合したQuality Check (QC) サンプルも準備した。試料の誘導体化処理フローをFigure 1に示す。各試料20 µLに、内部標準物質として1 mg/mL シナピン酸メタノール溶液を10 µL加えて混合し、エバポレーターで乾固した後デシケーターにて一晩静置した。翌日、各試料容器に20 mg/mLメトキシアミン塩酸塩 ピリジン溶液を100 µL加えサーモシェイカーで加温振とう (30°C, 90 min, 1200 rpm) した。その後、N-メチル-N-(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド (MSTFA) 50 µL添加し再度サーモシェイカーで加温振とう (37°C, 30 min, 1200 rpm) した。

GC-MS測定

測定にはガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計 JMS-T2000GC AccuTOF™ GC-Alpha (日本電子製) を用いた。イオン源はEI/FI/FD共用イオン源を使用し、イオン化法はEI法およびソフトイオン化法として電界イオン化 (FI) 法を用いた。それぞれの試料でEI法はn=3, FI法はn=1の測定を行った。その他の詳細条件はTable 1に示す。

Figure 1

Figure 1 Derivatization flow

データ解析

測定で得られたEI法のデータは、JMS-T2000GC用制御ソフトウェアmsAxelにおいてGC-MSの共通データフォーマットであるnetCDFに変換した。このデータをメタボロミクス用解析プログラムMS-DIAL (Ver. 4.9, 理研) に供し、ピーク検出と化合物同定を行った。化合物同定の際は、EI法とFI法のデータを統合して解析可能なmsFineAnalysis AI(日本電子製) を併用して解析し、より高い精度でのピーク同定を行うことで、誤同定を防いだ。化合物同定後は、内部標準物質とLOWESS法によりピークのノーマライゼーションを行い、各成分のピーク高さをエクスポートした。その後、MetaboAnalyst 6.0 4)にて多変量解析を実施した。多変量解析の際はAutoScalingで正規化した後、主成分分析および階層クラスター解析を行った。

Table 1 GC-MS measurement condition

GC
Column HP-5MS UI (Agilent)
30 m×0.25 mm I.D., df=0.25 µm
Inlet 250°C, For multivariate analysis: Split 50:1,
For compound identification: Split 5:1
Oven 80°C(2 min)→15°C/min→325°C/min (7 min)
Carrier flow He, 1.0 mL/min(Constant Flow)
MS
Ion Source EI/FI/FD combination ion source
Ionization EI+:70 eV, 300 μA,
FI+:-10 kV, 10 mA
m/z Range For multivariate analysis: m/z 33 - 800
For compound identification: m/z 33 - 1600

結果と考察

TICC比較結果

Figure 2に今回取得したデータのEI法のTICCを示す。各試料から、グリセロールやグリセリルグルコシドといった糖アルコール類、糖類であるグルコース、アミノ酸、有機酸など日本酒に特有な成分が多く検出された。それぞれのサンプルにおいて各成分のピーク強度が異なっていたため、多変量解析に供して詳細な解析を行った。

 

Figure 2

*:External m/z calibrant

Figure 2 TICC of metabolites in sake

主成分分析

内部標準物質とLOWESS法でピークのノーマライゼーションを行ったデータについて、MetaboAnalystで主成分分析 (Principal Component Analysis; PCA) に供した結果をFigure 3に示す。Figure3-Aのスコアプロットより、第1主成分 (PC1) の正負のスコアで大吟醸酒・本醸造酒・にごり酒と純米酒を分類できた。これは、日本酒製造時の醸造アルコールの添加の有無による差を示していると推定される。また、第2主成分 (PC2) の正負のスコアで大吟醸酒と本醸造酒・にごり酒・純米酒で分類できた。これは、原料である米の精米歩合の差に起因すると推定される。なお、にごり酒については特定名称酒の種類の分類が明記されていなかったものの、本結果より本醸造酒の近くにプロットされることが分かったため、両者は近しい特徴を有すると考えられる。

Figure 3 (A)
Figure 3 (B)

Figure 3 Principal component analysis results
(A) Score plot, (B) Loading plot

階層的クラスター解析 

Figure 4に階層的クラスター解析 (Hierarchical Cluster Analysis; HCA) の結果をヒートマップで表した図を示す。ヒートマップは各成分の存在量を色で示しており (赤色:多い、青色:少ない)、各サンプルに特徴的な成分を視覚化することが可能であった。例として、純米酒に特徴的であったプロリンとバリンの各サンプルにおけるピーク強度比較結果をFigure 5に示す。プロリンやバリンはどちらもアミノ酸に分類される成分であり、日本酒独自の苦味成分として知られる5)。純米酒は醸造アルコールを添加せず、米・米麹・水だけで造ることから、一般に米のうま味やコクを感じる味わいがあるとされる。上記成分が今回測定した純米酒独自の呈味に関係する可能性がある。

 

Figure 4

Figure 4 Hierarchical Cluster Analysis (HCA) results

Figure 5 (A)
Figure 5 (B)

Figure 5 Peak intensity comparison results
(A) Proline, (B) Valine

ライブラリーDB未登録化合物の定性解析

今回検出された成分の中には、ライブラリーDBに未登録と考えられる成分も検出された。例として、1成分 (Figure 2中のRT 17.82 minのピーク) の統合解析および構造推定結果を以下に記載する。本成分の本醸造酒におけるマススペクトルをFigure 6に示す。本成分では、ソフトイオン化法であるFI法のマススペクトル上でのみ分子イオンと推定されるm/z 947が検出され、EI法では該当するイオンは検出されなかった。FI法で検出された分子イオンについて元素組成推定を行った結果、本成分の分子式はC37H89NO11Si8と推定された。この分子式は、還元性を有する二糖類のオキシムおよびTMS誘導体化由来と推定されるものの、分子式が一致しライブラリー検索で一位にヒットする化合物 (β-Gentiobiose, octakis(trimethylsilyl) ether, methyloxime (isomer 1)) とリテンションインデックス値がΔ169と大きく乖離していた (Table 2)。そのため本成分は、分子式はC37H89NO11Si8であるものの、実際はライブラリーDB未登録成分と推定された。Figure 7に、本成分のAI構造解析結果を示す。一位の候補は、二糖類のイソマルツロース誘導体化物であった。イソマルツロース誘導体化物はNISTライブラリー未登録であるため、本成分がイソマルツロースである可能性が考えられる。
EI法を用いたメタボロミクス分析では分析が困難な高質量成分についても、FI法を用いることで分子イオンを明確に検出することができた。また、ライブラリーDBに未登録の場合でも構造式を推定することが可能であった。

Figure 6

Figure 6 Mass spectra of unknown compound

Table 2 Integrated qualitative analysis result of unknown compound

Table 2
Figure 7

Figure 7 AI structure analysis result of unknown compound

結論

本MSTipsでは、GC-TOFMSを用いた日本酒中代謝物のノンターゲット分析事例について紹介した。通常のGC-MS測定では測定が困難な極性の高い代謝物であっても、TMS誘導化を行うことで容易に測定することが可能であった。さらに、多変量解析を行うことで、日本酒の種類別の分類分けをすることもできた。また、GC-QMSでは分子量が大きいため測定が困難である二糖類のTMS誘導体化物であっても、GC-TOFMSおよびFI法で分子イオンを測定することができた。ライブラリー未登録の化合物であっても、未知物構造解析ソフトウェアmsFineAnalysis AIを用いることでその構造式を推定することも可能であった。GC-TOFMSとmsFineAnalysis AIがGC-MSによるメタボロミクス分野において有効であることが確認できた。

参考文献

 

分野別ソリューション

関連製品

JMS-T2000GC AccuTOF™ GC-Alpha 高性能ガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計

msFineAnalysis AI 未知物質構造解析ソフトウェア

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