JMS-T2000GCのFD法と熱分解-GC-MS法による
スチレンブタジエンゴム(SBR)製品の多角的な分析
MSTips No. 481
はじめに
SBRはスチレンと1,3-ブタジエンとの共重合からなる合成ゴムである。加工性が良く、高品質のものを安価に供給できることから自動車用のタイヤなど多くの製品に使用されている。製品として使用する際には物性の改善や加硫スピードの向上ための他のポリマーとブレンドしたり、添加剤を加えることが一般的である。
本MSTipsではJMS-T2000GCのFD法と熱分解-GC-MS法によるSBRの分析例を紹介する。FD法ではサンプルをエミッターに塗布し、イオン源に直接導入してソフトイオン化により検出する。1分以下の測定で分子イオンを検出することが可能である。SBRのようなポリマーを測定した際は、複数のオリゴマー由来のピークを含んだ複雑なマススペクトルが得られる。この場合でもKMD解析を用いることで容易に定性情報を取得可能である。主成分であるスチレン-ブタジエンコポリマーに対しては末端基の違いや重合度などによる分子量分布を視覚的に評価することが可能であり、それ以外のイオンピークに対しては組成推定による定性解析が可能である。FD法のみでは構造式の決定までは困難であるが、熱分解-GC-MS法を併用することでこれらの情報を効率的に取得可能である。またこれら2つの手法は測定可能な質量(=沸点)範囲を補うことができ、多角的な分析が可能である。
Figure 1 Schematic diagram of FD and Pyrolysis-GC-MS method
実験
サンプルには市販されているSBR製品(ゴム板)を用いた。FD法では10mgをテトラヒドロキシフラン(THF)1mLに浸漬したものを1µL程度エミッターに塗布して測定した。熱分解-GC-MS法では0.5mgを秤量し測定した。熱分解-GC-MS法のイオン化にはEI法とFI法(Field Ionization)を用いた。得られたデータはmsRepeatFinderおよびmsFineAnalysis AIを用いて解析した。Table 1に測定条件の詳細を示す。
Table 1 Measurement conditions
測定結果① - FD法
Figure 2にTICクロマトグラムおよびマススペクトルを示す。MSイオン源に導入されたサンプルは20秒程度でイオン化され検出された。クロマトグラム分離がなくソフトイオン化法であるため、一つのマススペクトル中に複数の分子イオンが検出された。FD法はイオン源内での揮発により低質量(低沸点)成分の検出が困難であるが、熱分解-GC-MS法での検出が困難な高質量(=高沸点)成分の検出が可能である。
Figure 2 TIC chromatogram and mass spectrum
Figure 3に上記マススペクトルから作成したKMDプロットを示す。KMDプロットでは共通の繰り返し構造を持つ化合物由来のイオンピークが直線上に並ぶ。またSBRのような共重合ポリマーの場合は格子状となる。黄色と緑の破線で囲んだグループはいずれもSBRであるが、スチレンとブタジエンの重合傾向が異なる。このことは2種類の性質の異なるSBRがブレンドされていることを示唆している。また赤色のピークはターゲットリストを用いて抽出した可塑剤や酸化防止剤などの添加剤である。m/z 704.49のピークは酸化防止剤のTris(nonylphenyl) phosphiteの酸化物(+O)であるが、高沸点化合物でありFD法でのみ検出が可能であった。
Figure 3 KMD plot
測定結果②-熱分解-GC-MS法
Figure 4にmsFineAnalysis AIの結果画面を、Table 2にピークリストを示す。ID027の2,2,4-trimethyl-1H-quinolineは低沸点化合物であり熱分解-GC-MS法でのみ検出が可能であった。またNISTライブラリー未登録物質であるため構造式の決定にはAI構造解析が必要であった。
Figure 4 Result window of msFineAnalysis AI
Table 2 Peak list
まとめ
JMS-T2000GCのFD法と熱分解-GC-MS法を用いSBR製品の分析を行った。FD法では短時間の測定でブレンドされたポリマーや添加剤に関する大まかな定性情報を取得することが出来た。熱分解-GC-MS法では構造式など詳細な定性情報を取得することが出来た。これら2つの手法を併用することで効率的な定性情報の取得が可能であった。