DEPを用いたトナー中有機顔料の迅速質量分析
MSTips No. 489
はじめに
レーザープリンターや複合機(コピー機)で用いられるトナーは、主に高分子樹脂、ワックス、そして着色を目的とした顔料の3成分で構成されている。さらに、カラー印刷用のトナーには、CMYK(シアン・マゼンタ・イエロー・ブラック) の4色があり、顔料は、様々な色を作り出す重要な役割を担っている。
顔料は、印刷時に個体のまま分散させるために、化学構造上、結晶構造や強固な分子結合を持たせており、その結果、水や一般的な有機溶剤に溶解しにくく、さらに揮発性が低いといった特徴がある。よって、クロマトグラフィーと連結した質量分析法を用いた顔料自体の定性分析は、困難とされている。
DEPは、プローブ先端の白金フィラメントに直接試料を塗布し、フィラメントに電流を流すことで試料を急速加熱することで、試料の熱分解を極力避けながら迅速にイオン化することが可能である。従って、サンプル前処理がほとんど不要であり、非揮発性や熱分解しやすい物質の分析に適している。
そこで今回、DEP(Direct Exposure Probe)による直接導入法を用いて、トナー中に含まれる有機顔料の迅速定性分析を試みた。
測定条件
試料には、某コピー機用の3種類のトナー(シアン/マゼンタ/イエロー)を用いた。測定にはGC-QMS (JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta, 日本電子製) を用いた。試料の前処理は一切行わず、サンプルであるトナー自体を直接DEPプローブのフィラメント上に塗布し、イオン源に挿入した。イオン化法はEI法を用いた。DEI-MS測定の測定条件をTable 1に示す。
Table 1 Measurement condition



JMS-Q1600GC UltraQuad™SQ-Zeta
結果と考察
シアンのDEI-MS測定によるTIC Chromatogram(TICC)とm/z 575のEICをFigure 1に示した。TICCより、R.T.0.7分、1.0分、1.3分、1.4分、そして1.5分付近をピークトップとしたブロードなピークが検出された。
さらに、その中のひとつであるR.T.1.32分のマススペクトルとNISTマススペクトルデータベースによるライブラリー検索結果をFigure 2に示した。この結果、シアントナーに含有された有機顔料は、フタロシアニン銅と推定された。
Figure 1 TICC and EIC(m/z 575) of toner(cyan)
Figure 2 Mass spectrum of R.T.1.32min and NIST library search results
次にマゼンタのDEI-MS測定によるTICCとm/z 340のEICをFigure 3に示した。TICCより、シアンと同様、R.T.0.7分、1.0分、1.3分、1.4分、そして1.5分付近をピークトップとしたブロードなピークが検出された。
さらに、その中のひとつであるR.T.1.27分のマススペクトルとNISTマススペクトルデータベースによるライブラリー検索結果をFigure 4に示した。この結果、マゼンタトナーに含有された有機顔料は、「2,9-dimethyl-5,6a-dihydroquinolino[2,3-b]acridine-7,14-dione」、すなわち「ピグメントレッド 122」と推定された。
Figure 3 TICC and EIC(m/z 340) of toner(magenta)
Figure 4 Mass spectrum of R.T.1.27min and NIST library search results
最後にイエローのDEI-MS測定によるTICCとm/z 337のEICをFigure 5に示した。TICCより、R.T.0.8分、1.2分、1.4分、そして1.5分付近をピークトップとしたブロードなピークが検出された。
その中のひとつであるR.T.1.18分のマススペクトルをFigure 6に示した。NISTマススペクトルデータベースによるライブラリー検索では、優位な結果が得られなかったことから、この有機顔料と推測される成分の定性は行えなかった。しかし、前者2種類の有機顔料と同様に、分子イオンが明瞭に検出されるとした場合、本成分の分子イオンも337と推測され、Figure 7に示したピグメントイエロー185 「2-cyano-N-methyl-2-[3-(2,4,6-trioxo-1,3-diazinan-5-ylidene)-2,3-dihydro-1H-isoindol-1-ylidene]acetamide 」が候補となる。
Figure 5 TICC and EIC(m/z 337) of toner(yellow)
Figure 6 Mass spectrum of R.T.1.27min
さらに、Figure 6 のマススペクトルにおけるフラグメントイオンであるm/z 307は、それぞれ、ピグメントイエロー185の分子構造から[M-NHCH3]+イオン、そしてm/z 280は、 [M-(CONHCH3-H)]+イオンと推測できる。以上のことから、本イエロートナー中の有機顔料は、ピグメントイエロー185と推定した。
また、すべてのトナーに共通したピークに関しては、そのマススペクトルより、R.T.0.7分付近に溶出した成分は、トナーのサブレジンであるワックス成分、そして、R.T.1.4分及び1.5分のピークは、それぞれのトナーの高分子樹脂関連成分と推測された。
Figure 7 Structural formula of Pigment Yellow 185 (2-cyano-N-methyl-2-[3-(2,4,6-trioxo-1,3-diazinan-5-ylidene)-2,3-dihydro-1H-isoindol-1-ylidene]acetamide)
C16H11N5O4:MW337
まとめ
本報告では、DEP法による質量分析測定によって、一般的に有機溶媒に溶解しにくい有機顔料の検出が可能となることを示した。特に、DEPによる測定は、試料の前処理が不要であり、測定時間が3分程度と短時間で迅速に分析できる点も非常に有用である。