JMS-S3000 NewSpiralTOFTMを用いた納豆中ジペプチドのアミノ酸組成解析および構造解析
MSTips No.521
はじめに
ジペプチドは、人の健康機能に寄与するとして近年注目を集めている。先行研究では、Tyr–Pro による記憶機能改善作用、さらに Val–Tyr をはじめとする低分子ペプチドが高血圧予防作用を示すことが報告されている[1, 2]。 しかし、一般的な MALDI‑TOFMSでは、ジペプチドが観測される m/z 500 以下の低分子領域の測定が難しい。これは、1. 飛行距離の短さに起因する低分解能により、マトリックス由来イオンの干渉を受けやすいこと、2. PSD(Post‑Source Decay)由来イオンがバックグラウンドとして多量に観測されることに起因する。一方、JMS‑S3000 NewSpiralTOF™(Fig. 1)では、JEOL 独自の SpiralTOF イオン光学系により、 17 m の長い飛行距離を実現し、さらに 電場セクターによる PSD イオンの除去が可能である。これにより、m/z 500以下の低分子領域においても高分解能かつ高質量精度を維持した測定が可能となる。 本アプリケーションノートでは、納豆から抽出したジペプチドを測定対象とし、SpiralTOF モードによるアミノ酸組成解析および TOF‑TOF モードによる構造解析結果について報告する。
測定条件
Fig. 1 JMS-S3000 NewSpiralTOF™
ACN溶液500mLに市販の納豆1粒を加えて、ホモジナイズを行うと共に、10分間超音波抽出を行った。その後、卓上遠心機を用いて上清を回収した。マトリックスは、CHCA(α-Cyano-4-hydroxycinnamic acid、富士フイルム和光純薬製) 10mg/mL MeOH溶液を用いた。納豆抽出物とマトリックス溶液を1:2(v/v)で混和した後、ターゲットプレートに0.5 µLスポットして風乾させ、共結晶を作成した。SpiralTOFモード(正イオンモード)により、目的ピークを確認すると共にCHCA由来のイオンを用いて、精密質量測定を実施した。そして、TOF-TOFモード(正イオンモード)により構造解析を実施した。
測定結果
SpiralTOFモードによる測定結果
SpiralTOFモードによる測定結果をFig. 2に示す。納豆抽出物からは、Leu-Arg(もしくはIle-Arg)、Phe-ArgとTrp-Argの3種類のジペプチドと推定するピークが観測された。これらのピークはいずれも質量分解能50000以上の値を示し、近接したピークと完全に分離されている。また、理論値に対する質量誤差は1 mDa以下であった。SpiralTOFモードを用いることで、m/z 500以下の低分子領域においても、高分解能且つ高質量精度の分析が可能であることが確認された。一方、LeuとIleは構造異性体であるため、質量精度のみでは両者を識別することはできない。そこで、これらの識別を目的としてTOF-TOFによる構造解析を実施した。

Fig. 2 Mass spectrum of natto extract and mass error of the dipeptide
TOF-TOFモードによるm/z 288.2のLeu-ArgとIle-Argの識別
Leu と Ile は構造異性体であるため、精密質量測定のみでは両者を識別することができない。また、どちらのアミノ酸が N 末端側に位置するのか、あるいは C 末端側に位置するのかを質量情報から判断することも困難である。そのため、Fig. 4 に示すように、N 末端側あるいはC 末端側がArg である場合の組み合わせにより、合計 4 種類のジペプチドが候補として挙げられる。これら 4 種類の構造を MS/MS測定によって識別するためには、各候補に特有のプロダクトイオンの有無が重要な指標になると考えられる。そこで、以下の基準に基づき構造推定を行った。
C末端がArgである場合、
(a) Leucylarginine: Arg由来のm/z 175、112、70、Leu由来のm/z 43が検出される。
(b) Isoleucylarginine: Arg由来のm/z 175、112、70、Ile由来のm/z 57、29が検出される。
N末端がArgである場合
(c) Arginylleucine: Arg由来のm/z 157、Leu由来のm/z 132から生成されるm/z 43が検出される。
(d) Arginylisoleucine: Arg由来のm/z 157、Ile由来のm/z 132から生成されるm/z 57、29が検出される。
以上のように、 (a)Leucylarginineと(b)Isoleucylarginineとの差別化はm/z 43とm/z 57、29の検出、 (a)Leucylarginineと(c)Arginylleucineとの差別化はm/z 175とm/z 132の検出の違いにより差別化が可能であると推定される。上記に基づき解析を実施したところ、Fig. 5に示すように観測されたm/z 288.2は、(a)Leucylarginineであると推定された。

Fig .4 Structures of leucylarginine(a), isoleucylarginine(b), arginylleucine(c), arginylisoleucine(d) and their proposed characteristic product ions

Fig. 5 Product ion spectrum and proposed assignment of product ions for leucylarginine
まとめ
納豆に含まれるジペプチドをMALDI-TOFMSにより測定した。SpiralTOFモードでは、高い質量精度で目的のピークを観測した。また、TOF-TOFモードでは、HE-CIDによりLeuとIleの識別に加えて、N末端とC末端の区別が可能であることが示唆された。以上の結果より、JMS-S3000はジペプチドのアミノ酸組成解析および構造解析に有用であることが示された。
参考文献
1) Tanaka M. et al. (2020). Brain‑transportable soy dipeptide Tyr‑Pro improves Aβ25‑35‑induced memory impairment in mice. NPJ Sci Food.
2) Matsui T. (2024). Absorption and physiological functions of low‑molecular‑weight peptides. Jpn Soc Nutr Food Sci, 77(6):387‑395.
