熱脱着GC/EI法およびPI法を組み合わせた市販抗菌シートの添加剤分析 ~msFineAnalysis iQによる統合解析~
MSTips No. 387
MSTips No. 387
はじめに
我々の身の回りには、多くのプラスチック製品が存在するが、それらのプラスチック製品には、機能性に応じた様々な添加剤が含まれている。特に食品に関連するプラスチック製品は、人体や環境へ直接影響するため、用いられる添加剤の使用は制限されており、製品の品質管理、成形不良や着色などのトラブル発生時の原因調査、そして新製品開発における市場調査などを目的として添加剤分析は非常に重要である。
ガスクロマトグラフ四重極質量分析計 (GC-QMS) は、揮発性化合物の定性/定量分析装置として幅広く活用されており、添加剤分析の手法として非常に有用である。
通常、GC-QMSによる定性分析は、電子イオン化 (Electron Ionization, EI) 法の測定データを用いたライブラリーデータベース (DB) 検索が一般的であるが、ライブラリースペクトルとの類似度のみを指標に定性解析を行うと、化合物によっては複数の有意な候補が得られる場合や、誤った候補が同定結果として選択される場合があるため、光イオン化 (Photoionization, PI) 法をはじめとするソフトイオン化 (SI) 法による分子イオンの確認を併用することが有効である。
この場合、ひとつの試料に対して、EI法とPI法の2つの測定データが得られるため、データ解析がより複雑になることから、2つのデータを迅速かつ自動で解析することが可能な統合定性解析ソフトが望まれる。そこで弊社では、EI法, SI法の解析結果を自動で組み合わせる統合定性解析ソフトウェア "msFineAnalysis iQ" を開発した。
本MSTipsでは、市販のお弁当用抗菌シート製品の熱脱着 GC/MS測定を行い、得られた測定データを msFineAnalysis iQを用いて統合定性解析した結果を報告する。
測定条件
試料には、食品添加剤として天然抗菌成分ある「カラシ抽出物」を使用した市販のお弁当用抗菌シート (ポリプロピレン製) 用いた。測定にはGC-QMS (JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta, 日本電子製) を用いた。試料の前処理装置としては、熱分解装置 (PY-3030D, フロンティアラボ社製) を使用し、加熱炉の温度は、50°Cから360までを毎分20°Cで昇温した。イオン化法はEI法および、ソフトイオン化法としてはPI法を用いた。熱分解 GC/MS測定の詳細条件をTable 1に示す。測定で得られたデータはGC-QMS専用統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQ (日本電子製) を用いて解析した。
JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta
Table 1 Measurement condition
Py | |
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サンプル量 | EI: 0.27 mg, PI: 0.18 mg |
熱脱着温度 | 50°C → 20°C/分 → 360°C |
アタッチメント | マイクロジェットクライオシステム使用 |
GC | |
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カラム | ZB-1MS (Phenomenex社製) 30 m × 0.25 mm I.D., df=0.25 µm |
注入口温度 | 300°C |
オーブン昇温条件 | 40°C → 15°C / min → 340°C (10 min) |
注入モード | Split 20:1 |
キャリアガス | He, 1.0 ml / min (Constant Flow) |
MS | |
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イオン源温度 | 250°C |
インターフェース温度 | 280°C |
イオン源 | EI/PI共用イオン源 |
イオン化法 | EI法 (70 eV, 50 µA), PI法 (約8~10 eV) |
測定モード | Scan (m/z 35 - 800) |
結果と考察
Figure 1 Total ion current chromatograms
結果
お弁当用抗菌シートの熱脱着GC/MS測定結果を、Figure 1に示した。上段がEI法、下段がPI法によるトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) である。クロマトグラムの中で、最も強度が高いピーク [010] のマススペクトルをFigure 2に示した。EI法では微小なシグナルであるが、PI法では明瞭に、分子イオンと推定されるm/z 362のイオンを検出することができた。また、msFineAnalysis iQによる統合解析結果リスト (上位5候補) をTable2に示した。この結果より、ピーク [010] の成分は、「Octicizer」と推定された。本物質は、本シートの基材であるポリプロピレン樹脂を柔らかくするために意図的に添加されている可塑剤と推測された。
さらに、ピーク [002] のマススペクトルをFigure 3に示した。EI法、PI法共に分子イオンをと推定されるm/z 99のイオンを検出することができた。msFineAnalysis iQによる統合解析結果リスト (上位5候補) をTable3に示す。検索結果で1位となった「Ally Isothiocyanate」は、類似度970と優位なライブラリーDB検索結果に加え、ΔRI=25iu、及び同位体マッチング=0.97と、確度の高い推定結果が得られた。本成分は、代表的な「カラシ抽出物」成分である。尚、本成分は、揮発性成分であるため、測定時にマイクロジェットクライオシステムによるトラップを必要とした。その他、ピーク[020]の成分は、分子イオンm/z 662の比較的分子量の大きい成分であり、「Tris(2,4-di-tert-butylphenyl) phosphate」と推定された。本成分は、食品用樹脂に使用される代表的な酸化防止剤である。その他にも、代表的な酸化防止剤である「BHT」や紫外線吸収剤として機能する「Tricaprylin」、そして、天然樹脂ロジンの成分である「Abietic acid」とその類縁化合物など、数多くの添加剤成分を検出・定性解析することができた。
Figure 2 Mass spectra of peak [010]
Table 2 Integrated qualitative analysis result of peak [010]
Figure 3 Mass spectra of peak [002]
Table 3 Integrated qualitative analysis result of peak [002]
まとめ
本報告では、食品用プラスチック製品中の様々な添加剤成分の定性解析を目的として、msFineAnalysis iQによる統合解析の一例を報告した。検索結果が複数となるような化合物に対しても、ライブラリーDB検索のみではなく、リテンションインデックスや同位体マッチングなどの複数の同定機能を使用することが可能であり、統合解析により一意の結果に絞り組むことができた。本ソフトウェアを用いることで、GC-QMSを用いた定性解析の定性確度向上や効率的な解析作業が期待される。