半整数四極子核の固体NMR ③ Whole Echo/CPMGによる感度増強
NM240003
Echo測定
Hahn Echo (あるいは単にEcho) 測定では、信号を90deg バルスにより励起したのちある時間待ち、 180 deg バルスによって磁化を回復させさらに 待って磁化が回復しきった点から信号を検出する (Fig. 1)。 それに対しwhole echo (shifted echoとも呼ばれる) では180degパルスを打った時点から回 復していく磁化と回復しきって減衰していく信号の両方を検出する (Fig. 1)。 緩和の影響が無視できる系ではSN比は Echoの√2倍となる。
Fig. 1にRbNO3試料の 87Rb スペクトルをEcho および Whole Echoで取り込んだものを示す。 Whole Echo スペクトルでは Echo スペクトルの約1.4倍の感度が得られている。
CPMG
CPMG (Carr-Purcell-Meiboom-Gill) 法 は180 deg パルスを複数回照射してwhole echoを複数回取り込みその和を取る方法である (Fig. 1)。四極子核に用いる場合においてはQCPMG (Quadrupolar CPMG) と呼ばれることもある。緩和の影響が無視できる系ではn回信号を取り込んだ場合Echoの√2n倍、Whole echoの√n倍の感度が得られる。実際には緩和の影響でもう少し低い感度で頭打ちとなる。
Fig. 1にRbNO3試料の87Rb CPMGスペクトルを示す。ここでは18回信号を取り込んでいる。CPMGスペクトルではEchoスペクトルの3.5倍程度の感度が得られていることが分かる。緩和の影響が無視出来る場合には√(2*18)=6倍の感度増強が見込まれるが、このサンプルでは3.5倍の感度増強で頭打ちになっている。
Figure 1 | Echo, Whole echo, CPMG のパルスシーケンス (左) RbNO3試料のEcho, Whole echo, CPMGスペクトル (右) CPMGではn=18としている。Whole echoではEchoの1.4倍程度、CPMGではEchoの3.5倍程度の感度が得られている。
なお、Whole echoおよびCPMG法は半整数四極子核に限られた方法ではなく、I = 1/2や整数スピンの核にも用いることが可能である。
Whole echoで取り込んだスペクトルの位相合わせについて
Whole echoのスペクトルでは信号の最大点が大きくずれている関係で通常通りの方法でプロセスをすると波状のスペクトルとして表示され、 解析が 困難となってしまう。 そのため、 通常とは異なる方法によって位相合わせを行う必要がある。 位相合わせの方法は2つある。
①フーリエ変換の開始点をずらす。
弊社NMR解析ソフトウェアDelta にて、 gauss-echo-shiftというコマンドがある。 このコマンドは、バルスシーケンスから Echoの待ち時間を読み込み、 それに応じてFTの開始点をずらすという操作を行う (Fig. 2)。
②次の位相を大きくずらす
通常の1Dスペクトルと同様の方法で、 一次の位相をずらすことで位相を合わせることも可能である。 ただし、大きくずらす必要があり、また虚数成分 を見ながら調整する必要がある (Fig. 3)。
1、2の方法は操作としては異なるが、 一次の位相をずらすことはすなわちフーリエ変換の開始点をずらすことと同等であり、 すなわち数学的には全 く等価な操作をしている。
Figure 2 | (a) whole echoにより得られたFID、FIDの始点からフーリエ変換すると位相が大きくずれた波状の信号が得られるが、Echoの最大点からフーリエ変換すると位相の合った信号が得られる。 (b) FIDの始点からフーリエ変換した場合 (c) Echoの結ぶ点からフーリエ変換した場合
Figure 3 | (a)位相補正をしていない場合 (b) 少し位相補正した場合 (c) 位相補正がほぼ完了した状態、信号の虚数成分 (赤色) がまだ少し残っているので微調整の必要がある (d) 微調整により完全に位相が合った状態、この時信号の虚数成分の信号はほぼ完全に消える。
CPMGスペクトルのプロセシング フーリエ変換とデータの足し合わせのどちらを先に行うか
CPMGのデータの処理方法として、①得られたFIDをフーリエ変換をしてからスペクトルの足し合わせを行う方法 と ②FIDを時間軸方向に足し合わせてからフーリエ変換を行う方法 の2つがある (Fig. 4)。
①まず最初のポイントの信号を見て、フーリエ変換を行い位相を合わせる。それをnについて足し合わせることで、スペクトルが得られる。この方法のメリットは見やすいスペクトルが得られることである。デメリットとして、SNの悪いポイントも足し合わせてしまう可能性があることである。そのため、各ポイントの信号強度を確認し、適切なポイントを選んでそこまでを足し合わせて残りのポイントは削るのがよい。
②まずFIDを時間軸方向につなぎ合わせて、そのままフーリエ変換を行う。この方法のメリットは、FID全体にwindow関数をかけることができるので①の方法で問題となるどのポイントまで取るかという判断が不要であるという点である。デメリットとしては、180deg パルスを照射する頻度に応じてspikelet状の信号として検出され、スペクトルが少し見にくいという点である。
論文では①②両方の表示が見られる。
Figure 4 | CPMGスペクトルのプロセシング フーリエ変換したスペクトルをnについて足し合わせる方法 (上段) とFIDを時間軸方向に足し合わせたのちフーリエ変換する方法 (下段) がある。
参考文献
Larsen, F. H. & Farnan, I., Chem Phys Lett 357, 403-408 (2002).