GC/EI法およびPI法を組み合わせた水性インクの組成分析-2 ~msFineAnalysis iQによる差異分析~
MSTips No. 396
MSTips No. 396
はじめに
ガスクロマトグラフ四重極質量分析計 (GC-QMS) は、揮発性化合物の定性 / 定量分析装置として幅広く活用されている。GC-QMSによる定性分析は、電子イオン化 (Electron Ionization, EI) 法の測定データを用いたライブラリーデータベース (DB) 検索が一般的である。ただし、ライブラリースペクトルとの類似度のみを指標に定性解析を行うと、化合物によっては複数の有意な候補が得られる場合や、誤った候補が同定結果として選択される場合がある。このような場合、光イオン化 (Photoionization, PI) 法をはじめとするソフトイオン化 (SI) 法による分子イオンの確認が有効となる。
この場合、ひとつの試料に対して、EI法とPI法の2つの測定データが得られるため、データ解析がより複雑になることから、2つのデータを迅速かつ自動で解析することが可能な統合定性解析ソフトが望まれる。そこで弊社では、EI法, SI法の解析結果を自動で組み合わせる統合定性解析ソフトウェア "msFineAnalysis iQ" を開発した。また、msFineAnalysis iQは、昨今材料分析分野で多用される2検体比較(差異分析)機能も搭載している。
そこで、既報MSTips No. 395では、水性インク中の主要構成成分の組成分析を目的として、msFineAnalysis iQによる統合定性解析の一例を報告したが、さらに本報では、色相の異なる2種類の水性インク製品における差異分析例について報告する。
測定条件
試料には、インクジェットプリンター用水性インクのマゼンダとシアンの2色を用いた。測定にはGC-QMS (JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta, 日本電子製) を用いた。試料は、原液のまま、GC注入口に1μL注入し、GC/MSによる分離分析を行った。イオン化法はEI法および、ソフトイオン化法としてはPI法を用いた。GC/MS測定の詳細条件をTable 1に示す。測定で得られたデータはGC-QMS専用統合定性解析ソフトウェアmsFineAnalysis iQ (日本電子製) の2検体比較 (差異分析) 機能を用いて解析した。
JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta
Table 1 Measurement condition
GC | |
---|---|
カラム | VF-5MS(Agilent Technologies社製) 30 m×0.25 mm I.D., df=0.25 µm |
注入口温度 | 320°C |
オーブン昇温条件 | 40°C (1 min) → 10°C / min → 320℃°C (3 min) |
注入モード | Split 200:1 |
キャリアガス | He, 1.0 ml / min (Constant Flow) |
MS | |
---|---|
イオン源温度 | 250°C |
インターフェース温度 | 280°C |
イオン源 | EI/PI共用イオン源 |
イオン化法 | EI法 (70 eV, 50 µA), PI法 (約8~10 eV) |
測定モード | Scan (m/z 15 - 600) |
結果と考察
水性インクのマゼンダとシアンそれぞれのGC/MS測定結果を、Figure 1に示した。上段がマゼンダ、下段がシアンのトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) である。両水性インク共に、溶出時間の最も早いピークは、溶剤としての水、すぐ後に検出されるピークは、浸透剤としてのイソプロピルアルコール (IPA) であった。また、保持時間9分前後に検出されたブロードなピークは、乾燥防止剤のグリセリンであり、さらに、溶剤の1-(2-butoxyethoxy)-Ethanolや水性インクにおける湿潤・浸透、起泡・消泡などの機能を目的とした界面活性剤の一種である「Surfynol 104」も同様に検出された。
Figure 1 Total ion current chromatograms
次に、msFineAnalysis iQの差異分析機能によって得られた保持時間5分から13分までのTICC拡大図とボルケーノプロットをFigure 2に示した。保持時間9分前後のグリセリンのブロードなピークと重なって微小なピークがいくつ検出されている。また、統合解析結果リスト をTable2に示した。この結果より、両試料を通して11種類の成分が定性された。
ボルケーノプロットは、サンプル間に特徴的な成分を可視化できる散布図で、横軸にサンプル間における強度比 (Log2(B/A)) を、縦軸に統計的再現性 (-Log10(p-value)) を示す。 今回の結果では、ボルケーノプロットの左領域がシアン、そして右領域がマゼンダに特異的に含まれている成分である。中央の水やイソプロピルアルコールなどの共通成分と比べると量的には少ないが、マゼンダに特異的に含まれているカプロラクタムに対して、シアンでは、 [ID:005]の「 Ethanol, 2,2‘-oxybis- (ジエチレングリコール)」や[ID:007]などの4成分が特異的に含まれる結果となった。
[ID:007] のピークに関しては、マススペクトルをFigure 3に示した。 EI法、PI法のどちらのマススペクトル上においても分子イオンと推定されるm/z 121のイオンを検出することができ、PI法では分子イオンがベースピークとなるマススペクトルが得られた。また、msFineAnalysis iQによる統合解析結果リスト (上位5候補) をTable3に示した。この結果より、ピーク [ID:007] の成分は、「Benzenamine, N-ethyl- 」と推定され、類似度962と優位な数値を示し、さらにリテンションインデックスにおけるΔRI値も8iu、そして同位体マッチングも0.97とほぼ一致する結果となった。本成分は、水性インクに含まれる溶剤の一種と推定された。
Figure 2 Volcano plot of variance component analysis result
Table 2 Integrated qualitative analysis result of peak
Figure 3 Mass spectra of peak [007]
Table 3 Integrated qualitative analysis result of peak [007]
まとめ
本報告では、異なる色相(シアンとマゼンダ)の水性インク中の主要構成成分に関して、msFineAnalysis iQによる差異分析の一例を報告した。
msFineAnalysis iQによる統合解析機能によって、ライブラリーDB検索のみではなく、リテンションインデックスや同位体マッチングなどの複数の同定機能を使用することにより確度の高い定性解析が行える上に、今回の差異分析機能により、サンプル間の差異成分と共通成分を容易に抽出することが可能であった。本ソフトウェアを用いることで、GC-QMSを用いた定性解析の定性確度向上や効率的な解析作業が期待される。