MALDI-TOFMSとGC-TOFMSを用いたポリメタクリル酸メチルの末端基解析
MSTips No.404
質量分析法を用いた合成高分子分析では、主鎖構造・末端基構造・分子量分布 (平均分子量、多分散度) といった様々な情報を得ることができる。特に末端基の分析は次の点で重要である。
高分子材料は主鎖構造に比べて割合が小さい末端基であってもその違いにより物性が変化する場合がある。
環境変化による末端基の変性について知ることができる。
重合機構を知るうえで、開始反応, 成長反応、停止反応などの履歴が残る。
MALDIはソフトイオン化であるためポリマーの分子を1価イオンで観測できる。高分解能MALDI-TOFMSを用いれば精密質量から末端基の組成推定が可能である。一方で熱分解GC-TOFMSは、ポリマーを瞬間的に加熱して生成する熱分解生成物を解析する。主にモノマー、ダイマーが主成分となるが、末端基の情報を含む熱分解生成物が観測されれば末端基の構造情報を得ることができる。本報告では、MALDI-TOFMSと熱分解GC-TOFMSを相補的に使用することで、ポリメタクリル酸メチルの末端基の構造解析を行った。
実験
サンプルには市販の2種類のPMMA (Mw 7 kDa, 10 kDa) を用いた。それぞれを10mg / mLの濃度でTHFに溶解した。MALDI-TOFMSの測定ではマトリックスにDCTBを、カチオン化剤にトリフルオロ酢酸ナトリウムを用いた。マススペクトルの取得は、JMS-S3000 (日本電子製) のSpiral正イオンモードで行った。熱分解GC-TOFMSの測定には、パイロライザー EGA/PY-3030D (フロンティア・ラボ社製) を装着したガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計 JMS-T2000GC (日本電子製) を使用した。サンプル溶液を10 uLをエコカップに入れ乾燥させた。得られたデータは、msFineAnalysis AI (日本電子製) を用いて差異分析を行った。
JMS-S3000
JMS-T2000GC
Table 1 Py-GC-TOFMS measurement and analysis conditions
Pyrolysis conditions | |
Pyrolyzer | EGA/PY-3030D (Frontier Lab) |
Pyrolysis Temperature | 600°C |
GC conditions | |
Column | DB-5MS UI (Agilent Technologies) |
30 m x 0.25 mm, 0.25 μm | |
Oven Temperature | 40°C (2 min) - 20°C / min |
- 320°C (10 min) | |
Injection Mode | Split mode (100:1) |
Carrier flow | He: 1.0 mL / min |
MS conditions | |
Spectrometer | JMS-T2000GC (JEOL Ltd.) |
Ion Source | EI/FI combination ion source |
Ionization | EI+:70 eV, 300 μA |
FI+:-10 kV | |
Mass Range | m/z 29 - 800 |
MALDI-TOFMSの測定結果
Figure 1にPMMA 7 kDaおよび10 kDaを混合して測定したマススペクトルを示す。マススペクトルには分子量2,000~13,000にかけて2つの分布が観測された。m/z 7350~7850 を拡大してみると両者 (Mw 7 kDaが▼、Mw 10 kDaが▼) はPMMAのモノマーであるC5H8O2間隔でピークが観測されている一方、末端基構造が異なる分だけ質量差が生じている。ただし、マススペクトルから各ピークの重合度を決めることができないため、両者の末端基の違いによる質量差には繰り返し単位分 (C5H8O2) の不確定さが生じる。そのため、両末端基の合計の候補としては, 136.110, 236.156, 336.206uなどが考えられる。これらの質量差から組成推定した結果をTable 2に示した。なお、PMMA 7 kDaの末端基は、低分子領域の末端基の組成推定結果からH/Hであることが分かっているので、Table2に+2HをしたものがPMMA 10 kDaの両末端基合計の組成と推定される。
Figure 1. Mass spectrum of sample mixture of PMMA 7 kDa and 10 kDa
Table 2. Elemental composition analysis of mass difference of PMMA 7 kDa and 10 kDa
熱分解GC-TOFMSの測定結果
次にPMMA 7 kDa、10 kDaの差異分析の結果を示す。Figure2 (a) は EIのTICCであり、モノマーが主成分として観測されている。次にFigure 2 (b) に10~12.5 minを拡大したもの示した。赤色のピークはPMMA 10 kDaに特徴的なピークであり、 3つの成分ID:050, 056, 057が観測された。この3成分の統合解析の結果をTable 3に、構造式をFigure 3に示す。MALDI-TOFMSの結果と総合して、PMMA 10 kDaの末端基構造を C18H21/Hと考えるとID:056 (ID:057) とMALDI-TOFMSの236u差、#1の結果 (Table 2) はよい一致を示す。ID:050はID:056の部分構造であるため、 こちらも矛盾が生じない。 すなわち、PMMA 10 kDaは1,1-ジフェニルヘキシルリチウムを開始剤としたアニオン重合により生成していると考えられる。
Figure 2. Difference of TICC of EI data between PMMA 7 kDa and 10 kDa
Table 3. Integrated qualitative analysis result of PMMA 7 kDa and 10 kDa
Figure 3. Structure of pyrolysis product observed only in PMMA 10 kDa
まとめ
MALDI-TOFMSと熱分解GC-TOFMSを相補的に使用し、PMMAの末端基解析を行った。 MALDI-TOFMSは分子量分布を観測でき、分子量10,000程度までは高質量精度から両末端基合計の組成式を得ることができる。しかし、精密質量からは重合度を確定できないため不確定さが生じる。一方で熱分解GC-TOFMSの結果からは、主に主鎖構造の情報が得られるが、微量成分の中で末端基情報を含む熱分解生成物を特定することでその構造情報を得ることができる。このようにポリマーの末端基解析においてMALDI-TOFMSと熱分解GC-TOFMSを相補的に使用することは非常に有効であるといえる。