msFineAnalysis AIのグループ分析機能を用いた接着剤中のオフフレーバー成分の抽出
MSTips No.419
はじめに
ライブラリーデータベース(DB)未登録の化合物に対するノンターゲット定性分析では、分子イオンやプロトン付加分子を与えやすいソフトなイオン化法と精密質量測定が可能な飛行時間質量分析計(TOFMS)の組み合わせが有用である。電界イオン化(FI)法などのソフトイオン化法にて分子イオンを観測し、更に精密質量に対して組成推定を行うことでDB未登録の未知化合物であってもその分子式を決定できる。弊社ではEI法とソフトイオン化法で得た2つのマススペクトルを用いて分子式を一意に決定する解析手法1)を“統合解析”と呼称している。さらに、GC-MSデータを用いた手動構造解析の困難さの課題解決として、深層学習によるマススペクトル予測を組み込んだ網羅的な構造解析手法2)(AI構造解析)を開発し、この統合解析とAI構造解析が可能なソフトウェアmsFineAnalysis AIを2022年にリリースした。
msFineAnalysis AIは特定化合物を容易に抽出することが可能なグループ分析機能を有しており、MSTips No. 417においてグループ分析の概要と酢酸ビニル樹脂への適応例を紹介した。グループ分析機能では、MSTips No. 417で紹介したような特徴的なフラグメントイオンやニュートラルロスが登録された化合物リストのほか、主要な添加剤およびオフフレーバー成分が登録された”添加剤リスト”、”オフフレーバーリスト”も内包している。本MSTipsではグループ分析機能を用いた接着剤中オフフレーバー成分の解析例について紹介する。
実験

msFineAnalysis AI
試料には市販の接着剤を用いた。試料の前処理装置として熱分解装置を使用し、熱分解GC-MS法にて測定を実施した。イオン源はEI/FI共用イオン源を使用し、イオン化法はEI法およびFI法を使用した。得られたデータはmsFineAnalysis AI(日本電子製)にて解析した。その他の詳細な測定条件をTable 1に示す。
Table 1 Measurement and analysis conditions
結果と考察
グループ分析によるオフフレーバー成分の抽出
Figure 1は、接着剤の熱分解GC-MS測定結果に対して、グループ分析のオフフレーバーリストを適応した解析例である。図中の左のウィンドウ上段がGC/EIデータ(黒の実線がTICC)、下段がソフトイオン化法のデータ(緑の実線がTICC)を示し、図中の右のテーブルは解析データ中で検出されたイオンの一覧表を示す。オフフレーバーリストには33種類のオフフレーバー成分の分子式が登録されており、このリストに登録された組成式が解析データ中に存在する場合、コメント欄にオフフレーバー成分の化合物名、においの種類、CASナンバーが表示される。今回の結果では、オフフレーバー成分の分子式と一致するイオンが複数検出された。今回は、分子式C8H8Oであるアセトフェノン(樹脂臭, CAS No. 98-86-2)と一致するイオンに着目した。
Figure 1の左のクロマトグラムでは青いピークがC8H8Oを統合解析結果に含むデコンボリューション検出ピークである。さらにイオンを指定したまま、GUI右下の「OK」をクリックすると統合解析の主ウィンドウ内に「C8H8O」タブが作成され、 C8H8Oを含むピークのみを全体から抽出することができる。
Figure1 Group analysis result using off-flavor list
Figure 2に統合解析結果中にC8H8O を含むピークを抽出した結果を示す。グループ分析機能では全解析結果を含む「全て」のタブと、Figure 1の精密質量リストで指定したイオンもしくはニュートラルロスのグループを最大で5つまでタブで表示することができる。各タブのIDや統合解析結果は共通している。
今回の解析結果では全部で60成分のピークが観測されており、C8H8Oを含むピークのみを即座に抽出することができた。本成分の詳細な定性分析結果は次項に記載する。
Figure 2 Group analysis result for C8H8O ion
オフフレーバー成分の定性分析
Figure 3にグループ分析で抽出できた成分のマススペクトルを示す。本成分はEI法、FI法ともに分子イオンm/z 120が検出されていたが、FI法では分子イオンのみのシンプルなマススペクトルが得られた。本成分の統合解析結果の上位5候補をTable 2に示す。ライブラリーDB検索の結果、類似度が高い化合物が複数ヒットしていることがわかる。しかし、分子イオンの組成推定の結果から分子式がC8H8Oと算出されたため、本成分は「Acetophenone(Figure 4)」と推定できた。
以上より、前述したアセトフェノン(樹脂臭, CAS No. 98-86-2)と一致する結果が確認できたため、今回測定した市販接着剤からオフフレーバー成分が検出されることを確認できた。熱分解GC-MS分析のような多数のピークが検出される分析においても、オフフレーバー由来のピークを即座に抽出することができた。

Figure 3 Mass spectra

Figure 4 Structual formula of Acetophenone
Table 2 Integrated qualitative analysis result using the msFineAnalysis AI
結論
本MSTipsでは、msFineAnalysis AIのグループ分析機能を用いたノンターゲット分析におけるオフフレーバー成分の抽出例について紹介した。本機能を用いることでノンターゲット分析においてもターゲット分析的にオフフレーバー成分を抽出できるため、より短時間での詳細解析が期待できる。
参考文献
1) M. Ubukata, A. Kubo, K. Nagatomo, T. Hizume, H. Ishioka, A. J. Dane, R. B. Cody, Y. Ueda. Integrated qualitative analysis of polymer sample by pyrolysis–gas chromatography combined with high-resolution mass spectrometry: Using accurate mass measurement results from both electron ionization and soft ionization. Rapid Commun Mass Spectrom. 2020; 34:e8820.
2) A. Kubo , A. Kubota, H. Ishioka, T. Hizume, M. Ubukata, K. Nagatomo, T. Satoh, M. Yoshida, F. Uematsu. Construction of a mass spectrum library containing predicted electron ionization mass spectra prepared using a machine learning model and the development of an efficient search method. Mass Spectrometry. 2023; 12: A0120.