msFineAnalysis AIを用いた立体規則性の異なるポリプロピレン2種の分析
MSTips No.427
はじめに
ポリプロピレンは高い強度と耐熱性を持ち、加工性にも優れていることから多くの工業製品に利用されている。ポリプロピレンは立体規則性を持つポリマーであり、側鎖のメチル基の配置によりアイソタクチック、シンジオタクチック、アタクチックに分類される。ポリマーの分析法として一般的に使用される熱分解-GC-MS法では、立体規則性を反映した複数の立体異性体が検出される。本MSTipsではアイソタクチックとアタクチック、2種類のポリプロピレンをサンプルに用い、未知物質構造解析ソフトウェアmsFineAnalysis AIによる分析を行ったので紹介する。
Figure 1 Tacticity of polypropylene
実験
サンプルにはポリプロピレンペレット(A)アイソタクチックと(B)アタクチック(=アモルファス)を用い、熱分解-GC-MS法による測定を行った。サンプル量は0.2mgとし、EI法ではn=5回、FI法ではn=1回の測定を行った。msFineAnalysis AIにより熱分解物の定性情報を取得するとともに、差異分析機能により立体異性体を分類した。測定条件および解析条件をTable1に示す。
Table 1 Measurement and analysis conditions
EI測定結果のTICクロマトグラム
Figure 2にEI測定結果のTICクロマトグラムを示す。(A)と(B)で概ね似た形状のクロマトグラムが得られた。全体的に(A)の方がピーク強度が強く、特に高沸点成分で顕著だった。
Figure 2 TIC chromatograms of EI method
差異分析のボルケーノプロット
Figure 3に差異分析におけるボルケーノプロットを示す。それぞれのプロットはクロマトグラム上のピークに対応しており、横軸を強度比、縦軸を統計的有意性(再現性)として差異を視覚的に表現している。今回の分析では最大ピークとの強度比2%までの75ピークを対象とした。全てのピークが両サンプルから検出されたが、強度はサンプル間で異なることが確認できた。
Figure 3 Volcano plot
C15H30立体異性体の分析結果
C15H30立体異性体の3ピーク(ID022~024)について、Figure 4に拡大したTICクロマトグラムを示す。(A)と(B)2つのクロマトグラムが重ね書きされており、ピーク色は差異分析結果を反映している。文献1)によるとこれら立体異性体の溶出順はアイソタクチック→アタクチック→シンジオタクチックであり、今回の実験結果と相関が得られた。
Figure 4 TIC chromatograms of EI method
Figure 5に各ピークのマススペクトルを示す。立体異性体であるためマススペクトルには大きな差異は見られなかった。EIスペクトルはNISTライブラリーには登録されていないが、FIスペクトルで検出される分子イオンからこれらのピークの組成式がC15H30であることが導出された。
Figure 5 Mass spectra of EI / FI method
Figure 6にピークID022のAI構造解析結果を示す。ポリプロピレンに由来する構造式が比較的高いスコアで導出された。
Figure 6 Result of AI structural analysis (ID 022)
リテンションインデックスとユーザーライブラリーによる立体異性体の識別
Table 2 にAI構造解析直後の定性解析結果を示す。AI構造解析は立体異性体を区別できないため、3ピークとも同じ化合物名(構造式)が表示された。
Table 2 Results of qualitative analysis (Only AI structural analysis)
これら立体異性体の識別にはmsFineAnalysis AIのユーザーライブラリーが有効である。Figure 7にmsFineAnalysis AIのユーザーライブラリー登録画面を示す。ユーザーライブラリーには実測マススペクトル、AI構造解析が導出した化合物名と構造式、リテンションインデックス値を登録可能である。登録の際、化合物名に立体異性体名を加えることで、以後の分析で識別が可能となる。
Figure 7 Screenshot of user library registration
Table 3にユーザーライブラリー併用時の定性解析結果を示す。リテンションインデックスにより立体異性体を識別できるようになった。なおここで作成したユーザーライブラリーはNISTフォーマットに準拠しており、対応する他の定性解析ソフトでも利用することが可能である。これにより同様の分析がQMSなどの低分解能MSでも実行可能となる。
Table 3 Results of qualitative analysis (With user library)
結論
JMS-T2000GCとmsFineAnalysis AIによりNISTライブラリー未登録のポリプロピレン熱分解物の構造式を導出することができた。また差異分析機能とユーザーライブラリーにより立体異性体を識別することができた。蓄積したデータはQMSなど低分解能MSへ展開することができ、JMS-T2000GCとmsFineAnalysis AI一式でラボ全体の分析能力向上が期待できる。
参考文献
1) Shin Tsuge, Hajime Ohtani, Chuichi Watanabe (2011), Pyrolysis - GC/MS Data Book of Synthetic Polymers, Elsevier