漢方薬原料に含まれる化学成分の定性分析
MSTips No.433
はじめに
漢方薬は複数の有効成分を有しており、その体系的な調査は西洋医薬品に比べて容易ではない。漢方薬の有効成分を調べる初期ステップは、原料に含まれる化学成分の定性分析であり、その用途にガスクロマトグラフ-質量分析計(GC-MS)はよく使用されている。しかしながら、従来のデータベース検索を主としたGC-MS測定では化学成分を十分に特定できないことがある。
一方、GC-高分解能質量分析計(GC-HRMS)であるJMS-T2000GCは、1. 精密質量分析、2. 電子イオン化法(EI)およびソフトイオン化法(SI)による分子イオンとフラグメントイオンの把握、3. msFineAnalysis AIによる得られたデータの自動解析および化学組成の決定と化学構造の予測を行うことができる。本アプリケーションノートでは、JMS-T2000GC およびmsFineAnalysis AIを用いた漢方薬原料に含まれる化学成分の定性分析事例について報告する。
実験
乾燥した野菊花(Flos Chrysanthemi Indici)の市販品をサンプルとした。Figure 1 に示す実験手順に従って、1.1 g のサンプルを 10 mL の エタノール(≥99.5%,上海阿拉丁生化科技股份有限公司) に浸し、室温で 30 分間超音波抽出した。
抽出液の上澄みをとり、無水硫酸ナトリウムを加えた後、30分間静置した抽出液をGC-HRTOFMS に注入した。 GC-HRTOFMS測定のイオン化法はEI法およびSIとしてFI(Field Ionization)法を用い、解析にはmsFineAnalysis AIを用いた。測定における測定条件の詳細をTable 1に示す。
結果と考察
EIおよびFIのトータルイオンカレントクロマトグラム(TICCs)をFigure 2に示す。 図中●で示すeucalyptol, camphor, borneol, bornyl acetateを含む141成分が検出された。これら4化合物は活性成分と報告されている(1)。
分子イオンから推定された組成式とNISTデータベース検索結果の推定化合物が一致しない成分は81成分確認された。
しかしながら、msFineAnalysis AIはNISTデータベースだけではなく化合物構造からAI予測されたEIマススペクトルのデータベースも有している。
そのAIデータベースにより、81成分についてもフラグメントイオンパターンがよく一致し、かつ分子イオンから推定された組成式を有する化合物を解析結果に示した。
その結果、各ピークは主にテルペン、テルペノイド、脂肪酸、アルカン、ステロールに帰属され、化合物群と検出された領域を図中に示した。
Table 1. Measurement and analysis conditions
Figure 1. Experimental process
Figure 2. EI and FI TICCs of Flos Chrysanthemi Indici ethanol extract.
Figure2中▼で示すリテンションタイム21.96分に検出されたピークに着目して、マススペクトルおよび化学構造の予測結果をFigure 3とFigure 4にそれぞれ示す。
Figure 3のFIマススペクトルから確認された分子イオンの精密質量により化学組成はC17H18O5と推定された。EIマススペクトルをNISTデータベース検索した結果、類似度700以上を示す化合物は得られなかった。
一方、Figure 4に示すmsFineAnalysis AIのStructural Analysis結果では(2R)-4,7-dimethyl-1-propan-2-yl-1,2,3,5,6,8a-hexahydronaphthalen-2-olのAI予測されたマススペクトルと実測マススペクトルは高いAIスコアとAI probabilityを示しており 、有用な化学構造情報が得られた。
Figure 3. EI and FI mass spectra of retention time 21.96 minutes component
in Flos Chrysanthemi Indici ethanol extract.
Figure 4. Structural Analysis results of retention time 21.96 minutes component by msFineAnlaysis AI
まとめ
msFineAnalysis AIは時間と労力を軽減できるだけでなく、化学組成の推定および化学構造を予測できる高度な定性分析ツールであることを本アプリケーションノートで示した。漢方薬成分の正確な定性分析は、漢方薬の創薬や品質管理において有用な知見となる。今回示した漢方薬原料に限らず天然物に含まれる化学成分など幅広い定性分析に対して、本システムの運用が期待できる。
参考文献
[1] Jiesheng Ye,. Chemical Papers, 2009, 63, 5, 506-511. DOI: 10.2478/s11696-009-0056-0