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msFineAnalysis AIを用いた触媒反応生成物の定性分析 ー 廃棄ポリスチレンのアップサイクリング ー

MSTips : No. 456

はじめに

近年、廃棄プラスチック製品から価値の高い化学製品を生産するアップサイクリングが研究されている。触媒反応を用いた化学的なアップサイクリングにおいて経済的に成り立つまでスケールアップするには、反応生成物の正確な把握は欠かせない。ガスクロマトグラフ-質量分析計 (GC-MS) は反応生成物の確認方法として一般的に使用されている。しかしながら、従来のデータベース検索を主としたGC-MS測定では反応生成物を特定できないことがある。

GC-高分解能質量分析計 (GC-HRMS) であるJMS-T2000GCは、1. 精密質量分析、2. 電子イオン化法 (EI) およびソフトイオン化法 (SI) による分子イオンとフラグメントイオン組成式の把握、3. msFineAnalysis AIによる得られたデータの自動解析および化学組成の決定と化学構造の予測を行うことができる。これらの特長により、従来のGC-MSでは解析できなかった成分についても化学構造の予測が行える。

本アプリケーションノートでは、アップサイクリングのひとつとして知られている廃棄ポリスチレンの触媒反応[1]を行い、得られた生成物の定性分析をJMS-T2000GC およびmsFineAnalysis AIにより解析した事例について報告する。

実験

ポリスチレン廃棄物に対してFigure 1に示した2段階の触媒反応を実施した。

[劣化分解プロセス]

ポリスチレン廃棄物 1.0gにベンゼン15 mL (≥99.7%) を加えて溶解した。ポリスチレン/ベンゼン溶液を石英管に移し、溶存酸素をアルゴンガスに置換した。触媒である無水三塩化アルミニウム (≥98%) を1 g加えた後、UVランプ (253.7 nm, 8W) を5時間照射した。反応後溶液の上澄みを1 mL取り、GC-HRMSにより測定した。

[アップサイクリングプロセス]

劣化分解プロセス後溶液にジクロロメタン5 mLを加えて6時間放置した。反応後溶液の上澄みを1 mL取り、GC-HRMSにより測定した。

いずれの反応プロセスも室温下で行った。イオン化法はEI法およびSIとしてPI (Photo-ionization) 法を用い、解析にはmsFineAnalysis AIを用いた。測定条件の詳細をTable 1に示す。

結果と考察

劣化分解プロセス (青色) とアップサイクリングプロセス (赤色) 各溶液のEIおよびPIトータルイオンカレントクロマトグラム (TICCs) をFigure 2に示す。各プロセスにおける主生成物であるベンゼンとジフェニルメタンを含む45成分が検出された。そして分子イオンから推定された組成式とNISTデータベース検索結果の推定化合物が一致しない成分は26成分確認された。
しかしながら、msFineAnalysis AIはNISTデータベースだけでなく化合物構造からAI予測されたEIマススペクトルのデータベース (AIライブラリー) も有している。そのAIライブラリーにより、26成分についても分子イオンから推定された組成式と一致する化合物構造が推測された。その推定化合物をFigure 2中に示した。

Table 1. Measurement and analysis conditions

GC-HRMS
Gas Chromatograph 8890 GC (Agilent Technologies, Inc.)
Mode Split 30:1
Inlet temperature 280°C
Column DB-5MS, 30 m x 0.25 mm, 0.25 μm
(Agilent Technologies, Inc.)
Oven 50°C (1 min) →10°C/min →300°C (3 min)
Carrier gas He, 1.0 mL/min
Injection volume 1 μL
TOFMS JMS-T2000GC (JEOL Ltd.)
Ionization EI+: 70 eV, 300 μA
PI+: D2 lamp
Monitor ion range m/z 10-800
Analysis software msFineAnalysis AI (JEOL Ltd.)
 

Figure 1

Figure 1. Synthetic scheme of both degradation process and upcycling process, and sample photographs.

 

Figure 2

Figure 2. EI and PI TICCs of both solutions of the degradation process and the upcycling process.
Degradation process: Blue, Upcycling process: Red.

 

Figure 2中にで示す、劣化分解プロセス溶液から検出されたリテンションタイム15.81分の成分に着目して、マススペクトルおよび化学構造の予測結果をFigure 3とFigure 4にそれぞれ示す。
Figure 3に示すPIマススペクトル中の分子イオンの精密質量から化学組成はC18H20と推定された。EIマススペクトルのNISTデータベース検索では、類似度700以上を示す化合物は得られなかった。しかしながら、Figure 4に示すAI structural analysisでは、C18H20の化学組成を有しており、かつEIフラグメントイオンパターンがよく一致する化合物として (2-phenylcyclohexyl) benzeneが推定された。

両プロセス溶液に共通して含まれる成分はベンゼンのほか、2-methylbutaneや5-phenylhepta-1,6-dien-3-ylbenzeneなどがFigure 5に示したVolcano plotから確認された。劣化分解プロセス溶液のみで検出された成分には、ベンゼン環を1つ以上有する化合物群および多環芳香族化合物 (PAHs) が確認された。また、アップサイクリングプロセス溶液のみで検出された成分はジフェニルメタンの他に1,4-dibenzylbenzene、トルエン、反応のために添加したジクロロメタンが確認された。

劣化分解プロセスから検出されたベンゼン環を1つ以上有する化合物群およびPAHsは、ポリスチレン/ベンゼン溶液の三塩化アルミニウム触媒反応により、ベンゼンを生成する主反応のほかにPAHsを生成する副反応が進行した結果と考えられる。

 

Figure 3

Figure 3. EI and PI mass spectra of the component at a retention time of 15.81 minutes in the degradation process solution.

 

Figure 4

Figure 4. AI structural analysis results of the component at a retention time of 15.81 minutes in the degradation process solution.

 
Figure 5

Figure 5. Volcano Plot results.
Degradation process: Blue, Upcycling process: Red.

まとめ

msFineAnalysis AIは時間と労力を軽減できるだけでなく、化学組成の推定および化学構造を予測できる高度な定性分析ツールであることを本アプリケーションノートで示した。正確な触媒反応生成物の定性分析は、触媒反応の評価や反応のスケールアップを行う上での有用な知見となる。

さらにVolcano plotによりそれぞれのプロセス溶液で生成された成分の差異が確認でき、主反応生成物に限らない副反応生成物も含めた有用な知見が得られた。

JMS-T2000GCおよびmsFineAnalysis AIは、今回示した反応生成物に限らず未知化合物の定性解析に対しての利用が期待できる。

参考文献

[1] Zhen Xu, Fuping Pan, Mengqi Sun, Jianjun Xu, Nuwayo Eric Munyaneza, Zacary L. Croft, Gangshu (George) Cai, and Guoliang Liu,. PNAS, 2022, Vol. 119,  
No. 34, 1-8. https://doi.org/10.1073/pnas.2203346119

 

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